「この揺れは……」

「目的を失った《墓》が、崩壊しようとしているのだ」

足許より床が抜けて行くような、正しく崩壊の音を立て始めた玄室を甲太郎が見回せば、阿門は徐に天井を見上げ、淡々と言った。

「この《墓》がなくなれば、俺の《墓守》としての役目も終わる。これで、漸くこの学園も解放されるだろう。忌まわしき古代の呪縛から」

抑揚無かった彼の声は、少しずつ、晴れ晴れとしたそれに代わり。

「そんなこと、暢気に言ってる場合じゃないって! 逃げなきゃ! 脱出しよう、皆っ」

「葉佩……。俺は、勘違いをしていたのかも知れない。《宝探し屋》とは奪い取るだけでなく、与えることもするのだな。この学園の多くの者達が、お前に出逢い、何かを与えられた。俺も──お前に大切なものを。自由という……掛け替えのないものを……。……最後に、お前に逢えて良かった……」

悠長に話している場合じゃないと、声張り上げる九龍へ、彼はゆるりと首を振る。

「最後とか何とか、訳判んないこと言ってんなっ! 逃げるんだってばっ! 早くっ!」

「もう……後戻りは出来ないのだ。その気持ちだけ受け取ろう。──俺のことはいい。行け。直に、この玄室も崩れる。俺は、この《墓》に残り、呪われた歴史に終止符を打つつもりだ」

だから、益々九龍の声は高くなり、が、阿門は、そうすることが、己に残された最後の使命だと、九龍達より数歩遠退いた。

「この…………っ……」

共には行けぬと、玄室の中央に向かって行く阿門に、九龍は怒りで頬を染め、そんな彼の脇をすり抜け、アロマを銜え直しながら、阿門へと甲太郎は進む。

「……皆守?」

「会長が残るって言うのに、副会長が残らない訳にはいかないだろう?」

「はぁぁぁっ!? 甲ちゃんまで、何言っちゃってんのっ!? 冗談きついぞ、二人共っ!!」

「皆守、お前…………」

「黄泉路への旅も、一人より二人の方が退屈しないだろ? 元々、一人で逝くつもりだったが、お前もそのつもりだってなら、折角だ、一緒に逝くとしようぜ」

阿門の眼前に立った甲太郎は、ゆるりと微笑み掛け、その笑みを湛えたまま、九龍へと──最愛の人へと振り返った。

「甲ちゃん……。本気…………?」

「ここで、お別れだ。…………じゃあな」

「……甲ちゃん。…………甲太郎」

「馬鹿。泣くな……。そんな顔するなよ……。初めから……決めてたんだ。『その時』が来たら、こうしよう、って。《墓守》とは何かを知ったあの夜、こうするのが正しいって、判ったんだ……」

安堵の色しか窺えぬ、優しい笑みを湛える彼に、憤りの声を洩らしながらも、九龍は頬に涙を伝わせ始めて、甲太郎は微か、眉を顰めた。

「俺達は《墓守》として、多くの者達を傷付けて来た。これが、犯して来た罪への償いなのさ。全ては────地中に消える。忌まわしき遺産も、呪われし運命も。……九ちゃん。付き合える所は、お前と共に行ける所は、本当に、ここまでだ。もう……守ってはやれない。……付き合える所までは、行ける所までは。そういう、約束……だったから。……けど、お前なら。誓ってくれた通り、『想いの墓場』を只の遺跡に戻して、全てを解放してくれたお前なら、もう、『守ってやる』なんて俺の『身勝手』は、必要無いだろ……? ……お前のことは忘れない。永遠に。逝った先でも。『忘れること』を忘れて産まれ落ちた俺だが、お前のことだけは忘れたくない。……でも、お前は忘れちまえ。俺のことなんか忘れて、前だけを向いて、明日へ……未来へ行け。眩しいくらいの光の中が、お前には似合ってる」

咄嗟に頬に翳ませた、苦し気な表情を振り払い、甲太郎はもう一度微笑みを浮かべ、九龍へと語り掛け。

「………………言いたいことは、それだけかよ」

止まらぬ涙を拭いもせず、九龍は低い声を絞った。

「…………俺が何の為に、『想いの墓場』を只の遺跡にしてみせるって、誓ったと思ってんだよ……。甲ちゃんの為だろ……。甲ちゃんの為だ……。俺と甲ちゃんの……っ。……知ってたから。甲ちゃんが《墓守》だって、《副会長》だって知ってたから! 甲ちゃんに、この《墓》の呪いや呪縛から救われて欲しかったからっ! 俺の大事な大事な人に、本当に大事な人に、幸せになって欲しかったからっ!! 俺の手を取って、俺と一緒に、未来に行って欲しかったからだっ!!」

「九ちゃん…………」

「許さないっ。絶対にっ! 死ぬなんて許さないっ! 俺は、そんな想い出なんか要らないっ! 甲ちゃんがくれるものでも要らないっ! 甲ちゃんを逝かせる想い出なんか、絶対に絶対に要らないっ! 人が大人しく黙ってりゃ、二人して勝手なこと言いやがって……っ。死んで何になるっ。死んで罪を償って何になるんだよっ!! …………知らないくせに……っ。死が目の前にあるのがどういうことか、知りもしないくせにっ! 甘ったれたこと言ってんなっ! 死にたくないって……死にたくなんかないって、そう叫んで人は死ぬんだっ!! 死にたくなんかなくても、死にたくないって叫びながら人は死ぬんだよっ!! なのに、罪を償う為だけに自分から死を選ぶなんて、絶対に許さないからなっ。絶対にさせないからなっ! 甲ちゃんや帝等が、ここで遺跡と一緒に死ぬって言うなら、二人よりも先に、俺は、自分で自分の頭撃ち抜いてやるからなっ! 死ぬってどういうことなのか、たっぷり見せ付けてやるっ! 目の前で、俺が死ぬの見届けてから死にやがれ、この大馬鹿野郎共っ!!!」

泣きながら、ひたすらに泣き濡れながら、九龍は声を限りに叫び、本当に、Mk.23の銃口を、ゴリっと自身のこめかみに突き付けた。

「……九龍。馬鹿やってんな」

と、何時の間にか九龍の傍らに立っていた京一が、銃身を掴み、無理矢理下げさせ。

「………………いい加減にしとけよ、このクソガキ共」

未だ秋だったあの夜、『怖い』と甲太郎に感じさせた眼光で、彼は、二人の少年を見据えた。

「九龍の言う通りだ。死んで何になる? 死んで罪を償って、何になる? そんなのは、一番簡単で、一番楽な償い方だ。てめぇの罪を償いたいなら。死んで詫びる覚悟があるなら。生きて償え。生きて生きて、苦しくても、悲しくても、辛くても、歯ぁ喰い縛って生きて償え。……ガキのくせに、判ったようなこと言ってんじゃねえぞ。死んで償うなんて覚悟はな、覚悟の内にも入んねえんだよ。てめぇ等がやっちまったこと、傷付けちまった連中の痛み、それを、てめぇの血肉と魂に刻んで生きろ。……やっちまったことの取り返しなんか付かねえ。そんなこと、今更もう、どうしようもない。……でもな。甲太郎。阿門。償う方法は、確かにある」

刀すら構え掛け、射殺しそうなで、京一が二人を貫けば。

「……五年前の、梅雨の頃に」

気配を殺したまま、ふっ……と甲太郎と阿門の眼前に、身を黄金に輝かせたまま、龍麻が立った。

「……うん、そう。梅雨なのに、とても天気のいい日だった。少女が一人、『こうする以外、自分の犯した罪を購う術はない』と、そう言って、俺や京一の目の前で、業火の中に消えた。もっと早く俺に出会えれば良かった……、なんて、そんなこと言い遺して。………………死んだって。そんな風に購ったって。罪は消えない。……皆守君。阿門君。そんな風にしてみたって、罪は償えないんだよ。『罪』で、罪は償えない。罪が重なって行くだけなんだよ。これ以上、君達の大切な人達を、悲しませちゃいけない」

酷く厳しい顔、厳しい声で言いながらも、龍麻は優しく微笑むと、二人へと、手を差し伸べた。

「……甲ちゃん…………。甲ちゃん……っ。甲ちゃんっ!」

そうしてみせた龍麻の隣に九龍は駆けて、縋るように甲太郎へと腕を伸ばし。

「行こう、皆守君。阿門君も」

「これ以上ごねやがったら、力尽くだ。骨の一本や二本、覚悟しとけ。──ひーちゃん。平気か……?」

龍麻に寄り添い、肩を抱きながら、京一はもう一度少年二人を睨み付けて、黄金色が褪せない彼の顔を覗き込んだ。

「うん、平気。平気……なんだけど」

「……けど?」

「……それがさー…………。どういう訳か、収まってくれないんだよね」

「…………何が」

「黄龍の力。何でか、『リミッター』振り切れちゃったかも……」

「………………は?」

「はい……? 龍麻さん、今、何て言いました……?」

すれば龍麻は、困ったように京一を上目遣いで見て、あはー……、と誤摩化し笑いを浮かべつつ、己の今を白状し。

九龍も、泣きながら顔色を変えた。

「ま、その内何とかなるよ。意識はっきりしてるし、別に何処も痛くないし、気分も悪くないし。──だから。帰ろう?」

だが彼は、軽い調子で笑い、帰ろう、と呟き。

『還りましょう、あの頃へ────

彼のその声に被さって、消えた筈の、双子の声がした。