宙に双子の精霊の姿が湧いた瞬間、玄室を揺るがしていた酷い揺れは、ぴたりと止まった。
『有り難う、皆さん』
「小夜子ちゃん……、真夕子ちゃん……」
「温室で、長髄彦の念にやられて消滅したんじゃなかったのか?」
唐突に出現した二人を、九龍と甲太郎は見上げた。
『はい。未だ、少しだけ時間があるようです。────これで漸く、私達も解放されます。……葉佩。貴方のお陰です。有り難う……。心から感謝しています』
「……ううん。何時かも言ったみたいに、俺は、自分の為にしたようなもので……」
『いいえ。いいえ。有り難う。本当に、有り難う……』
「何をしに出て来た? 崩れる《墓》を見物しにか?」
手と手を繋ぎ、寄り添いながら宙に浮かぶ双子は、幾度も幾度も九龍へと想いを告げ、阿門は、不審そうに双子へ問い掛ける。
『私達の最後の使命を果たす為に──』
「最後の使命?」
『そうです。長髄彦と共に、天へと還る為に。────さあ、長髄彦。私達と還りましょう。あの懐かしき夢の中へ──』
「待て。この《墓》から、長髄彦を連れ出すことなどさせはしない。今ここで、全ての呪いに終止符を打つ為にな」
『《墓守》達よ。私達は、長髄彦を連れ出そうとしているのではありません。私達の役目は、長髄彦と貴方達を救い出すこと──。私達は、長髄彦と共に眠りに着きます。安らかなる永遠の眠りに……。ですが、長髄彦や私達が眠りに着こうとも、貴方達の役目が終わった訳ではありません。この学園には、これから貴方達の《力》が必要となるでしょう。《墓守》としての貴方達ではなく、学園の護人としての貴方達の《力》が』
懐かしき夢の中へ共に還ろう。──玄室の片隅で、封印の巫女と寄り添いつつ、ひっそりと在る長髄彦へと、そう語り掛ける双子の精霊に、はっ、と阿門は立ち塞がろうとしたが、自分達は唯、安らかなる永遠の眠りに向かうだけだと精霊達は微笑み、けれど貴方達には未だ使命があると、厳かに伝えた。
『これより向かう永遠の眠りより、私達が目醒めることはありません。二度と。それは永久に安らかな、あの懐かしき夢の日々だから。…………そうですね? 永遠の龍。大地の化身、聖獣の長よ。黄泉をも治める、黄龍よ──』
そうして彼女達は、『龍麻』へと、眼差しを注ぐ。
「黄龍……? えっ!? 龍麻さんっ!?」
「ひーちゃんっ! 龍麻っ!」
彼へ、黄龍と呼び掛けた双子に釣られ、九龍と京一が彼を見れば、もう、既に。何時の間にか。
彼は『龍麻』ではなく、黄龍としてそこに在った。
彼の中の龍が、静かに目覚めていた。
「……安らかに眠るが良い。永遠に。我が領分で。地の泉の畔で。懐かしき、幸せだったあの頃の夢を、其方達に約束しよう。…………一七〇〇年、この地に繋がれて来た其方達を、一七〇〇年、我も見て来た。我が領分である『地』にて起こりしことは、全て我の手の中にある。我が手の中に在った、この呪わしき地にて、長髄彦は、我が『力』に縋りて眠り続けて来た者。其方達は、我が『力』を知る者。永く、我が領分にて息衝きし其方達への情けとして、久遠の夢への道行を、我自身が照らしてみせよう。全ての世界を遍
双子の精霊を見詰め、長髄彦を見詰め、黄龍は低く告げると、掌を強く輝かせ、中空に光を生んだ。
「………………黄龍。てめぇ……。お前、ここのことを、一七〇〇年前からずっと知ってたのか……?」
「そのようなこと、言うまでもなかろう? たった今、双子に告げた通りだ。大地の上で、地の中で、即ち我が領分で成されることに、我が目の届かぬ筈も無い。……そうであろう? 『京一』?」
「このヤロー……。全てに片が付くまで、知らんぷり決め込みやがったな? …………って、まさか……。どうにも九龍のことが気になるからって、天香に乗り込むよう、ひーちゃんのこと突き動かしやがったのは、お前か?」
「…………そうだ、とも言えるし。そうではない、とも言える。『龍麻』が想うことが、我の想うこととなるように、『封印』の緩みが続く限り、我の想うことは、『龍麻』が想うこととなるから。その答えは、正しくもあり、誤りでもある。……『京一』。其方は、細かいことなど気にしない性分ではなかったか?」
「んなん、時と場合だ、馬鹿野郎っ!」
「良いではないか。全ては終わったのだ。全ては、正しき道へと還るのだから」
『そうです。全ては……全ては終わりました。全ては、「還る」のです。……感謝します、龍の長よ』
標
『私達の、最後の使命を果たしましょう。最後の《力》を捧げましょう。螺旋の刻の中で築かれた古の文明に宿る、夜明けという銀色の光で、貴方達の未来を照らしてあげましょう────』
────『光の先』を見上げながら。
最後の使命をと、最後の《力》をと、凛と響く声で双子は言い、結び合っていた両腕を広げ、陽光を浴びるが如く、天へと差し伸べた。
その声に、仕草に応えたかのように、玄室の全てを、淡く輝く勿忘草色の光が染め上げた。
やがて光は、太い柱のように集い、貫く風に天へと伸びて。
『穏やか』な名残りを漂わせつつ、長髄彦が、封印の巫女が、『褪せて』いく中。
その場の誰もが、古の呪いが、呪縛が、ゆっくりと解かれてゆくのを肌で感じた。
────《荒吐神》の玄室に留まっていた彼等の前より光が褪せた時。
彼等は、墓地の入口に立っていた。
九龍も、甲太郎も、阿門も、幽花も、一体何が起きたのかと、声もなく、唖然と辺りを見回して。
瞳見開いた彼等の目の前で、『想いの墓場』だった遺跡は、轟音と共に崩れ落ちた。