「何……で……?」

「何故だ、どうして…………?」

知らぬ間に立ち尽くしていたその大地にて、甲太郎と阿門は、呆然と呟くしか出来なかった。

「地……上…………?」

九龍はその場にヘタリとしゃがみ込んで、幽花も、無言のまま踞った。

「…………おい。黄龍」

「……では、さらばだ、『京一』。又、何時か」

天叢雲を鞘に収め、阿修羅も腰へと戻した京一は、黄金色の光を褪せさせ始めた黄龍を振り返り、龍は、再び眠ると言った。

「……好き放題やりやがって」

「五年前、其方達には伝えた筈だ。我は、定めに従い『こう』在るだけ。運命さだめに導かれしまま、我が成すべきことは、器に力を与え、宿星を従え、宿星に護られ、器の命の灯火尽きるまで、今生に在ること。我とて、人の世の出来事に、我のみの意志で関わることは叶わない。それをしてしまえば理を違える。その先に、暁に照らされる未来があろうと、終焉の闇があろうと、人の世の向かう先を定められるのは、人のみ」

「待てよ。俺は、そんな話がしたいんじゃねえよ。俺にとっちゃどうでもいい理屈が聞きてぇ訳でもねえ。──この三ヶ月続いて来たことの、全てが終わった。だから俺も、ここのことに多少なりとも関わったお陰で見えて来たこと、思わされたことに、決着付けなきゃなんねえ。でも多分、それは、お前にとっては。お前は龍麻で、龍麻はお前で、龍麻の想うことはお前の想うことで、お前の想うことは龍麻の想うことになるって、そう言うお前にとっては、きっと…………。……お前なら、俺の言いたいこと解んだろ?」

「……………………ああ、解る。余り解りたくはないが、解る。でもそれが、其方の想いだ。……そうであろう? 『京一』」

「そうだ。……けど。せめて。『こうすること』は、お前にゃ腹立たしいことかも知んねえけど。──せめて……って。そう想うから。──黄龍」

人の世と自身との在り方を語る黄龍に、興味の欠片も持てないと、京一は首を振り、抱き寄せんばかりに近付くと、少しばかり、『様々な意味で後ろめたい』、そんな顔をしながら、彼は本当に、龍麻の身に宿る黄龍を腕に抱いた。

……柔らかく抱いて。そしてそっと、唇に唇を寄せて。

龍麻ではない『彼』に、京一は接吻くちづけをする。

「……そうだな。確かに、腹立たしい」

「悪いと思ってる。……でも、これが。ここまでが。俺が『お前』にしてやれる、精一杯だ。…………すまねえ」

「其方が詫びる必要などない。我は龍麻で、龍麻は我だ。少なくとも、我の中では。────お休み、『京一』。又、何時の日か…………──

接吻を終え、睨み付けるような上目遣いを京一へ送って、刹那、微かに微笑むと、龍は眠った。

黄金色の光は褪せて、瞳の金は消えて、ずるりと龍麻の体は弛緩し、崩れ落ちそうになった体を京一は支えた。

「……ひーちゃん? 龍麻?」

「京一…………? えっと……?」

「大丈夫か?」

「……あの双子が、最後の使命だって《力》を使った処までは、黄龍と一緒に見てたんだけど……そっから先……。あれ……? あ、外に出られたんだ……?」

「ああ、出られたぜ。あの双子のお陰でな。皆、無事だ。九龍も甲太郎も阿門も白岐も。……だから、心配するこたぁねえよ」

「そっか……。良かった…………」

皆、揃って無事だ、と教えられ、やっと、黄龍の影から意識を浮上させられた龍麻は、もう大丈夫、と京一の腕から抜け出し、辺りを見回して、地面にへたり込んだままの九龍へと、少しばかり近付いた。

「葉佩君……? 大丈夫? 葉佩君?」

「あ、えっと…………。ああ、龍麻さん…………。……大丈夫、ですよ……」

呼び掛けられて、茫然自失していた九龍は、はっと面を持ち上げ、幾度か瞬きをしてから立ち上がった。

覚束ぬ風に立ち、ふらりふらりと視線を彷徨わせた彼は、直ぐそこに立ち尽くし、微動だにせず崩壊した遺跡を見詰めていた甲太郎と阿門へ歩み寄る。

「…………甲ちゃん。帝等……」

「……あ…………。九ちゃん……」

「葉佩…………」

やって来た彼に、甲太郎も阿門も、漸く我を取り戻して。

「……………………甲ちゃんなんか……甲ちゃんなんかーーーーっ!!」

叫ぶや否や、九龍は、己へ視線を流した甲太郎を、力一杯殴り倒した。

「つっ…………っ」

殴られるのだろうと勘付きはしたが、敢えて、飛んで来た拳を頬で受けた甲太郎は、地面に倒れ込み。

「帝等っ! お前もだっ!」

────くっ……」

続けざま九龍は、阿門も殴り跳ばして。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 大馬鹿野郎のこんこんちきーーーーっ!!」

倒れたままの甲太郎の胸倉を掴み上げると、もう一度盛大にぶん殴って、泣きながら、何処へと駆け出してしまった。

「……九ちゃ……──。……九ちゃんっ! 九龍っ!!」

咽ぶのを堪え、大粒の涙だけを零し、身を翻して走って行く九龍の名を思わず叫び、慌てて立ち上がった甲太郎は、後を追おうと走り出したが。

「…………っっ!」

ヒュっと空を切って迫った煌めく物に、彼の脚は止まった。

神速の疾さで突き出された煌めきは、抜き去られた京一の刀で、甲太郎の鼻先すれすれを掠めた刀身は、ゆっくり、地面へと向けられていた白刃を横にしながら更に迫り、皮一枚を裂きつつ、彼の喉元に、ぴたり、吸い付く。

「待ちやがれ」

「……京一さん…………」

「俺が、只で済ますと思ってんのか?」

「…………いいや。許されるなんて、最初っから思っちゃいない……」

「甲太郎、てめぇな…………。……マジで、素っ首叩き落とされてえか? お前が仕出かしやがったことの、何に俺が怒ってんのか、解ってんのか?」

「その……。……すまない、心当たりが有り過ぎて……」

「……前に言ったよな。ここで、俺とお前がやり合ったあの夜の後。何も彼も覚悟の上で、九龍を守ろうとしたお前の本気を、俺は買うって。お前がそういう男である限り、最後まで、お前の味方をしてやるとも言った筈だ。だってのに、土壇場で、あいつの目の前で、あんなこと仕出かしやがって。甘ったれのクソガキ野郎が」

本気の殺気が乗った刃を突き付けられ、一歩も動けぬ甲太郎に、京一は、低い憤りの声を吐いた。

「……………………それは……」

「返す言葉もねえか? 言い返す根性もねえのかよ? なら、お前に九龍の後は追わせない。そんなお前じゃ、あいつを悲しませるだけだ。…………盛大に間違ってやがったよ。お前等があそこで死のうとしたのは、これっぽっちも正しかねえよ。だが、それでもあれは、お前の覚悟だったんだろう? あの瞬間のお前の覚悟で、信念で、真実だったんだろうが。だったら、胸を張れ。正しくなくとも、間違いだらけでも、それでもあれは、あの瞬間の自分の覚悟だったと、胸を張ってみせろ。てめえの覚悟と、てめえの過ちを自分自身で認めてみせろ。そうしてから、もう二度と、過ちは犯さねえって誓え」

「京一さん……。あんた…………」

「甲太郎。本当の覚悟を決めろ。本当に、九龍を大切に想ってるなら、二度と、あいつを泣かせるな。過去を償って、罪を償って、九龍にお前が負わせた苦しみと悲しみを償って、生きて、あいつを守り通してみせろ。お前の全てに代えても」

ひたすらに、低い声で憤りを吐き続け、きつい言葉をぶつけ。

京一は、やっと刀を引き、鞘へ収めた。

「まも、る……。守ってやりたい。守りたい……。守り通したい……っ。俺だって……、俺だって、あいつを守り通したい……っ!」

「……甲太郎。付き合える所まで、行ける所まで。お前はあいつを守ったんだ。だったら、これからも守り続ければいい。それだけのことだろ……? 生きてるんだからよ。生きていられるんだからよ。……行けよ、甲太郎。この森の奥だ。丁度、この瓦礫挟んだ真正面に、あいつの氣がある。行ってやれよ」

「………………京一さ──

──言ったろ? 最後まで、お前の味方をしてやるって。……ド修羅場になっても根性見せろ? 負けんな? ……負ける訳ねえよな? お前は、俺が認めた男なんだ」

……刀を引き、姿勢を崩し、穏やかなそれに戻した声で、励ますように、ふざけた言い回しすら添え、京一は甲太郎へと笑い掛け。

「すまない……っ。本当に、本当に、感謝してる…………っ」

彼の笑みに背中を押されながら甲太郎は駆け出し、暗い森の中へと消えた。