「京一、本当に皆守君のこと気に入ってるねえ……」

「まあな。あいつのこと、マジで、弟みたいに思えちまってるからよ」

「判る判る。────さて、阿門君?」

結局の処、甲太郎を思い遣る言葉ばかりを吐き出し続けた京一を、くすりと笑った龍麻は、九龍に殴られた頬を押さえつつ、墓地の入口の片隅に立って、京一と甲太郎を見守っていた阿門に近付いた。

「正直、俺も盛大に、君のこと殴りたいんだけど。君をぶん殴るのは俺の役目じゃないから。代わりに、君達の『罪』の話をしよう」

「俺達の『罪』、か…………」

──『罪』を語ろう。

眼前に近付いて来た彼にそう言われ、阿門は苦く唇を歪める。

「詳しく話すと長くなるから今は省くけど。一寸、伝を頼って、今夜、この学園と遺跡の両方に、結界を築いて貰ってあるんだ。だから今ここは、『異界』の中にあるようなもので、外からは誰も入って来られないし、遺跡が崩壊したことも、外には伝わってない。生徒や教職員達は、双樹さんに頼んで眠らせて貰ってあって、生徒会の皆が掘り返した、墓地に埋められていた人達は、知り合いの、霊的治療の専門医に面倒見て貰えるようにしてある。……今夜ここで起きたことは、生徒会の皆や、俺や京一や、俺達が呼び寄せた者しか知らない。外部に洩れることはないよ。学園の結界の方は今夜中に解いて貰うけど、遺跡の結界の方は、冬休みが始まるまで残しておいた方がいいと思うんだけど、どうかな?」

「ちょ……一寸待て。緋勇。お前は、『罪』の話を始めるのではなかったのか……? その話の、一体何が『罪』だ……?」

我が目でも確かめた、恐ろしい『力』──黄龍を内包しているという彼は、どんな言葉を突き付けて来るのだろうと身構えたのに、ポンポンと、報告めいたことを捲し立てられ、阿門は戸惑いを隠せなかった。

「してるって。俺がしてるのは、確かに『罪』の話だよ。──俺達には、少しだけ『珍しい』コネがあるから、ちょーっと、それをフルに使って、今夜、ここで起こるだろうって踏んだことの全て、外に洩れないようにしたんだ。……葉佩君の為にね。葉佩君や、皆守君や、君達の為に」

「だから、それが──

──全てのことが公になってしまったら、きっと、この学園は潰れる。決して良いことだとは俺自身思わないけど、何も彼も、歴史の裏側に収めた方がいい。そうすれば、君達の誰の未来も閉ざされないし、学園も潰れずに済むし。……この墓に埋められていた人達は全て、九龍の秘宝を求めてここに乗り込んで来た宝探し屋なんだろう?」

「そうだ。それに、間違いはない。一般の学生は、墓地に深入りする前に処罰される」

「椎名さんの時みたいに、だろう? そうだろうと思ったんだ。葉佩君──宝探し屋への《生徒会》の関わり方と、一般生徒への《生徒会》の関わり方は、結構違ってたから。この読みに間違いがなかったんなら、墓地の人達は大丈夫だね。向こうも臑に傷持つ身だから、騒ぎ立てはしないだろうし、記憶の帳尻合わせも何とかなるだろうし。ま、保障問題とか出て来るかもだけど。……うん。なら、本当に後は、『後始末』だけか。丸く収まりそうだなー。良かった」

「…………おい」

「……………………でも」

気楽な調子で、一握りの者以外は誰も知らぬまま、秘かに、『物事』に蓋が閉められそうだ、と龍麻は満足気に息を洩らし、酷く顔を顰めた阿門へと向き直って、一転、声を潜めた。

「でも?」

「……そう、『でも』。何も彼もが公にならない──出来ないということは。《荒吐神》を《墓》から出さない為にとは言え、君達が犯して来た罪を。多くの者達を傷付けて来たという、その罪を。他人は誰も、どうもしてくれない、ということなんだよ。……君達の罪を裁いてくれる人はいない。君達に、罪の購い方を示してくれる人もいない。陽の当たる世界に『告白』一つ出来ないまま、自分の胸の中だけに罪を抱えて、自分だけで購う方法を探して、それでも生きていかなくちゃならない。けれど。君達は、それをしなくちゃいけない。学園が崩壊してしまったら、ここに通う、何百人もの生徒達の未来が狂い兼ねない。彼等の親兄弟の未来だって、狂うかも知れない。何も知らず、ここで働いて来た人達も。君達は、この学園を運営して来た《生徒会》として、学園に集った人達全てに責任がある。彼等の未来にも。君達は、ここを守らなきゃならない。守りながら、育みながら、己の罪と向き合って、購い方を見付けて、そして、購わなきゃならない」

「未来…………」

「そうだよ。──充分過ぎる程、『罪』の話だったろう……?」

「ああ……。そうだな…………。だが、心遣いは有り難く受け取らせて貰う。確かに、何一つ知らぬまま、この呪われた場所に集い、《生徒会》に怯えて来た者達に、これ以上、謂れなき何かを負わせることは出来ない。その為に、裁かれることないという罰を受けるのも、償いの一つだろう……」

トーンを落とした声で、何も彼もが隠されるということは、隠されぬことより重い、と告げる龍麻に、阿門は静かに、受け止める、と頷いた。

「大変だろうけど、辛いだろうけど、頑張って。事がこう運ぶように仕組んだのは俺と京一だから、出来る限りのことはするし、俺達で相談に乗れることなら乗るし、胡散臭いコネも、可能な限り紹介するから。未だ暫くは、警備員のマンションの方に、居座らせて貰うつもりだしね」

購いの一歩目を踏み出した阿門へ、にこり、龍麻は笑って、「なら、これで話はお終い」と、大きく伸びをした。

「さて、行くか」

「うん。……行こう。阿門君も。白岐さんも」

出来事は終わり、長かった話も終わり、京一と龍麻は少年と少女を促し、墓地の小径を辿り始めた。

二十四時間営業の、マミーズの灯りを目指して彼等が歩き始めて暫し、ふい…………っと、何やら薄い壁を無理矢理に抜けているような感覚が彼等を襲って、パッと、世界の色が、若干変わった。

「あっ! ダーリン達だぁぁぁっ!」

「京一! 龍麻!」

「阿門様!」

「白岐サンッ!」

……そう、彼等は築かれたままの結界を抜けた。

すれば途端、舞子や、如月や、咲重や、明日香や、大勢の者達の声が彼等を襲い。

「阿門様……。ご無事で…………」

「……心配を掛けた」

仲間達の輪を抜け、泣きそうな顔で駆け寄って来た咲重に、阿門は小声で応えた。

「咲重ちゃん。阿門に、一発くれた方がいいぜ?」

「そうそう。引っ叩いた方がいいよ、双樹さん」

胸許近くで握り合わせた両手を、ふるふると震わせる彼女へ、軽ーく、京一と龍麻は言う。

「え……?」

「『船長は、船と運命を共にしようとしました』、って奴だ」

「……ね? 引っ叩いた方がいいだろう?」

何故、そんなことを彼等は言うのだろうと、不思議そうに首を傾げた彼女に、青年達はコソコソっと告げ口をし。

「……………………阿門様」

「……何だ」

「失礼します」

祈りの形に組んでいた手を解き、俯き加減だった面を持ち上げ、うふ、と笑うと咲重は。

手加減なく、阿門の頬を平手打ちした。

「うんうん。阿門君引っ叩くのは、双樹さんの役目だよねー」

「…………ありゃあ相当、男引っ叩き慣れてんな」

平手をくれた咲重と、大人しく叩かれれた阿門とを、少年達も少女達も仰天しつつ見比べる中、告げ口した当人達は、好き勝手なことを言い合い。

「あらっ!? ダーリンと皆守ちゃんはっ!? 何処っ!? アタシのダーリンは何処なのーーーっ!!」

きぃぃぃぃ! とスカーフの裾を噛み引きつつ喚き出した朱堂の雄叫びを無視して、青年達は、自身達の仲間と共に、少年少女達の輪から、そっと抜け出した。