「…………お前が、連中にそう言われる度、心苦しそうな顔をしてるのには気付いてた……。でも……何故……?」
「結局、俺は、俺だけが欲しいと思うモノの為に、遺跡の奥を目指してたから……。甲ちゃんが欲しくて欲しくて、甲ちゃんに、甲ちゃんのモノを分けて欲しくて、それを叶える為だけに、俺は進んでたから……。酷いエゴだと思う……。…………本当に本当のこと言うと、俺、転校初日から、甲ちゃんは《生徒会関係者》なんじゃないかって疑ってた。甲ちゃんが欲しいと思いながら、甲ちゃんのこと疑って、もしも本当に甲ちゃんが《生徒会関係者》なら、遺跡を進み続けたら、甲ちゃんも救えるんじゃないかって、一寸だけ思った。でも……俺の中に遺ってるたった一つの昔の記憶が、ずーっとずーっと俺の奥底では叫んでて、死にたくないって叫びは今でも切実に聞こえて、『俺』自身も死にたくないって叫んでた筈で、だから俺は……死にたくなんかない、死ぬのが怖い俺は、死にたくないから、生徒会の皆に銃も向けられて、なのに皆、俺に救われたって言ってくれて、だけど、俺がそうしてたのは甲ちゃんが欲しかったからで、死にたくなかったからで…………っ」
歪めた面に、又、涙を伝わせて、九龍は、苦く唇を噛み締める。
「九ちゃん、そんなこと…………」
「……本当は。この三ヶ月、ずっと。俺の中はぐちゃぐちゃだった。甲ちゃんが欲しいから遺跡の奥に進むんだって思いながら、皆と戦いたくないとも思った。甲ちゃんとも戦いたくなかった。甲ちゃんとは、一番戦いたくなかった。こんな俺に、誰も救える訳ない。甲ちゃんだって。俺なんかが、誰かを救ったりしちゃいけないんだと思った。皆や甲ちゃんと戦いたくないくせに、甲ちゃんが欲しくて、甲ちゃんが好きだって気付いて、だから遺跡の奥には進みたくて、もう……本当にどうしたらいいのか判らなかった…………。何も無い、空っぽな俺が、大切な想い出に、悲しい想い出に、苛まされてる皆を救ったりしちゃいけない、とかも思ったし……。……ここの正体に気付いた時、振り切りはしたけどさ……。俺がしようとしてることが誰の為にもならなくても、『想いの墓場』だって思ったあそこを、只の遺跡に戻そうって。……でも、それだって。皆の為に、そう思ったのは本当だけど、結局は、甲ちゃんの為だった。甲ちゃんが欲しくて堪らない、俺の為だけだった…………。こうなった今でも、俺、自分の中の何がどうなってるのか、何がホントの想いなのか、ぐちゃぐちゃ過ぎて判んないんだ……。多分、俺が今話してることも、矛盾ばっかで、訳判んないよな……。俺にだって、訳判んないもん……」
「……九ちゃん。だが、俺は──」
「──でも。一つだけ判ってる。謝らなきゃならないのは俺の方なんだ……。許してくれって、そう言わなきゃならないのは。救える筈なかったのに……。俺なんかに、甲ちゃんや皆が救える筈なかったのに……。……御免な、甲ちゃん……。偉そうなこと、俺は言っちゃいけなかった。甲ちゃんと帝等が、あそこに残るって言い出した時にぶつけた言葉は、確かに俺が思ったことだけどね……。甲ちゃんに、死んで欲しくなかったから。生きてて欲しかったから。俺の手を、ずっとずっと掴んでて欲しかったから……っ」
「おい……九ちゃん……。聞けよ。九ちゃん……っ」
「…………甲ちゃんと一緒に、未来に行きたかったんだ。甲ちゃんと一緒の明日が欲しかったんだ。甲ちゃんに、空っぽな俺の中を一杯にして欲しかったんだ……。救われたって言われることが申し訳なくて、後ろめたくて、負い目だったくせに、甲ちゃんだけは救いたかった。あんな場所に囚われてて欲しくなかった。俺だけのモノになって欲しかった……っ! ……俺の想いは我が儘で、身勝手で、どうしようもなく欲深で、皆のこと振り回して、なのに甲ちゃんは救えなくて……。……俺なんかが、そんなこと想っちゃいけなかった。俺なんかには、大事な人すら救えない……。甲ちゃんのことが大事だって気持ちだって、全部全部、俺の我が儘や欲深から来てて、全部全部、俺自身の為で…………っっ」
盛大にしゃくり上げて、ああだった、こうだったと叫ぶ風に語って、謝らなくてはならないのは己の方だ、己こそが許しを乞わなくてはならない、欲に塗れた想いだけに満たされていた自分に大事な人が救える筈も無くて、そもそも、救うなんて思うことすら間違いだった、と繰り言のように九龍は言い出し。
「九ちゃんっ。九龍っ!」
──『こうする』資格も、本当なら己にはない筈、そう感じながらも甲太郎は、再び泣くしか出来なくなった九龍を、乱暴に胸に抱いた。
「甲ちゃ…………」
「俺は……、俺はっ! 俺は、お前に救われたと思ってる。俺みたいな男がって、そう思いながらもお前を想って、お前の手を取ったら、お前は確かに俺を受け止めてくれた。終わらせなきゃいけないと判っていても、俺は幸せだった……っ。最後の最後でお前の手を振り払ったのは俺だけの所為で、お前は何にも悪くないっ。我が儘で、身勝手で、欲深なのは俺の方だ。罪にしか塗れてないのに、お前を欲しがったっ。お前が欲しいのは、お前を想うのは、忘れることを忘れて産まれて来たってことから逃げたいだけなんじゃないかとも思った……っ。……昨日までのまま、何も変わらなければいいと思った……。ずっとずっと、お前だけがいてくれればそれでいい、お前の探索が終わらなけりゃいい、って……。本当は、あのまま世界が終わったって良かった。お前以外要らなかった。お前だけで良かった……」
「……甲ちゃん……なんか…………」
「…………俺なんか、何だってんだよ……。──……でも、全ては変わって、お前の探索
「…………………………甲ちゃん、なんか……」
抱き締められて、言い聞かせる風に告げられて、随分と長い間躊躇った後、九龍は、甲太郎の背を抱き締め返した。
「……だから、何なんだ。しつこい。俺なんかが、何なんだ……」
「…………言えないんだよ……。甲ちゃんなんか、どうしようもない馬鹿で、捻くれ者の臍曲りで、鬼で人でなしでイケズで根性悪で、カレー馬鹿のアロマ馬鹿で、土壇場で俺の手振り払って散々泣かせたくせに、甲ちゃんなんか大嫌いだ……、って。どうしても、言えないんだ…………。大好きなんだ……。甲ちゃんが、大好きなんだよ、今でも……っ」
どうしても、嫌いだなんて言えない。──そう低く洩らして、彼は甲太郎の肩口に目許を押し付け、泣き声を殺した。
「九ちゃん…………」
「大好き……。甲ちゃん、大好きだ、こんちくしょー……」
「俺は……、九ちゃん、俺は、お前のこと、愛してる……」
「俺だって愛してらい! 甲ちゃんの馬鹿太郎っ!」
「……許してくれるのか…………? あんなに酷いことをして、お前をこんなに傷付けて、苦しめてるのに……」
「全部終わったら、寛大に水に流してやるって言ったじゃんか……。俺だって、甲ちゃんがいてくれればそれだけでいい。甲ちゃんが、俺と一緒にいてくれれば、それだけでいいんだ……。いいんだ……。俺も、馬鹿だから……」
「…………そうだな。お前も、俺も、どうしようもない馬鹿だ。馬鹿で馬鹿で、救いようのない馬鹿で……っ。……有り難う、九ちゃん……」
「……じゃあ、甲ちゃんは……俺のこと許してくれる……?」
「許すも許さないも……。お前は何にも悪くないだろ」
「………………。……ありがと……。甲ちゃんにそう言って貰えるなら、それだけでいいや……。──あ、そうだ。甲ちゃん……」
声もなく、肩を震わせながら泣いて、けれど少しずつ少しずつ何時もの彼らしくなって、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げた九龍は、アサルトベストの一番奥のポケットから、色褪せた一枚の写真を引き摺り出した。
そんな所に押し込められていた所為で、皺や折り目の付いてしまった、甲太郎の大切な写真。
「ああ、写真か…………」
怖ず怖ずと差し出されたそれを見詰め、九龍程ではないけれど、充分泣き腫らした目の甲太郎は、何処となく困っているような笑みを浮かべ、写真を受け取り。
暫くじっと眺めた後、制服のポケットからライターを取り出して、躊躇うことなく火を点けた。