「えっ? な、何してんだよ、甲ちゃん……?」

闇の中、ポッと写真に移された赤い火に、九龍は焦り声を上げたけれど。

「もう、この写真に未練なんかないんだ。俺には、もう要らない……」

手の中で、三分の一程が燃えるのを待って、甲太郎は写真を地面に落とした。

「もう未練はない。好きになる前に、愛する前に、あの人は逝ってしまって、好きだったのかも知れない、愛してたのかも知れない、そんな想いだけが、逝ったあの人と俺の間にぶら下がってて、でも、もう…………。忘れられないし、忘れるつもりもないが、あの人を好きだったのかも知れない、愛してたのかも知れないって想いだけは、もう、過去にしたいんだ……」

「……そっか。…………うん、なら…………」

そう言って、ちらちらと燃える炎を甲太郎は見詰め。

風に揺れるそれを、九龍もじっと見詰め。

「………………あ。雪だ……」

天上より落ちて来た、一人の女性を包むラベンダー色の褪せた印画紙を塵として行く炎を、ぽっ……ぽっ……、と消し始めた冷たい白い粒を、九龍は見上げた。

「雪、だな……」

「……ホワイトクリスマスかあ…………。……おおおおお。そう言えば、言ってなかったっけ。──甲ちゃん、Merry X'mas」

──Merry X'mas。……今、こんな時に言い合うのは、間抜けな気もするがな……」

「まあねー……。…………寮に、戻ろうか、甲ちゃん」

「……ああ」

──────緩く抱き合いながら、舞い始めた、白く冷たい雪を仰ぎ、儚いまでに微笑み合って、手に手を取り、二人は立ち上がった。

墓地の入口で騒ぎを続けている少年少女達の声を遠くへと押しやりつつ、龍麻と京一は、仲間達と共に小径を進んだ。

又、呆れるくらいの無茶をしたんじゃないかとか、大丈夫なのかとか、手間が掛かったとか、この貸しは本当に大きいとか、ああでもないの、こうでもないの、口々に告げて来る彼等の愚痴や文句を、笑って受け流しながら歩道へと向かい掛けて、ふ、と。

二人共に、揃って足を止める。

「どうしました?」

「アニキ? 京はん?」

「何か遭ったのかい?」

立ち止まり、墓地の方を振り返った彼等に倣い、御門も劉も如月も立ち止まった。

「ああ、大したことじゃないよ」

「悪りぃが、先に行ってくれ。又、連絡する」

「明日か明後日には電話するからさ。三人共、御免。──今日は、本当に有り難う」

「悪かったな。サンキュー。──ほんじゃ、又な」

「お休み。お疲れ様」

けれど二人は揃って肩を竦め、どうということではないけれど、と彼等を誤摩化し、早口で別れを告げると、森へと戻って行った。

「……なんや? アニキも京はんも。未だ、何かあるんかいな?」

「さあ? ……まあ、もう嫌な気配もしませんから、放っておいても平気でしょう」

「全く……。隠し事の多い二人だ」

「確かに。ですが、今回の大きな貸しはしっかりと返して貰いますし。こき使わせて貰うつもりでもいますから、一先ず、私はそれで良しにします」

「……そやな。いい加減、『龍脈アレルギー』のこととかも白状するやろし」

「ああ、そうだ。年明け早々に、彼等に蔵掃除をさせないと」

さっさと背を向け歩いて行く二人に、やれやれと、劉も御門も如月も苦笑を浮かべ、が、彼等は言われた通り、大人しくその場を去った。

凍える程の寒さになった宵の口から、真夜中を迎えた今まで、秘かに墓地の片隅で息を殺していた『彼』は、遺跡が崩壊し、騒ぎが鎮まり、人々の気配が消えたことを確かめてから、そろっと、闇の中より姿を現した。

「いよ──っと。ふう……、全く脅かしおって。しかし、最下層に辿り着くのに随分と手間取ったようじゃの。わざわざ、儂が墓石の下に隠された穴を見せてやったというのに。ひっひっひっ……っと、こんな所でぼーっとしてる場合じゃないわい。早く見付け出さないと、葉佩共が来てしまう。どれ…………」

ブツブツ言いながら、静けさに包まれた、クレーターのように大きくへこんだ地中の穴を埋め尽くす瓦礫の山へと下りた『彼』は、急いで石塊を掻き分け始める。

「どっこいせ──っと。……肉体労働は堪えるのお。…………ん?」

小石程の小さなそれや、一抱え以上もある大きなそれを、存外な力で掻き分け続けた『彼』はやがて、瓦礫の中から、一枚の石版を拾い上げた。

「おっ。あったあった。これじゃこれじゃ。いっひっひっひっ。これが、この遺跡に隠されていた《秘宝おたから》か。まさか、未だ現代科学でも解明されていない遺伝子情報が、こんな石に刻まれているとは誰も思わんじゃろうて。どれ、では早速、《協会》に連絡するかの」

ヨレヨレのズボンから取り出したペンライトを点け、埃や塵を払った石版の表面を入念に確かめた『彼』は、下卑た感じの笑いを洩らし、懐に手を突っ込んで、『H.A.N.T』を取り出した。

掌に乗せたそれを開き、カタカタと、『彼』の指先はキーを叩く。

ロゼッタ協会遺跡統括情報局への探索報告

日本国東京都新宿区に所在する全寮制天香学園高等学校の地下に眠る遺跡に関する報告。

我、件の遺跡に眠る《秘宝》を入手せり。

至急、本部への移送を求む。

ロゼッタ協会所属ハンター

コードネーム タオ

境 玄道

──指先が叩き上げたのは、そのような報告で、自身の署名までを綴り終えると、『彼』──学園の殆どの者が、『セクハラ校務員』としか看做すことなかった境は、ロゼッタ協会本部へと、メールを送信した。

「これで良し、と……」

送信完了の合図を待ち、『H.A.N.T』を懐に仕舞い、石版を抱え上げ、境は立ち上がる。

「……待てよ、セクハラジジイ」

「…………こんばんは、境さん」

だが、再び闇に紛れようとした彼を、青年達の声が止めた。

「何じゃ。アルバイト警備員の若造共か。只のアルバイト風情が、夜の墓場で何やっとる?」

ちろり、肩越しに振り返った先に立っていた京一と龍麻の姿に、境は嫌そうな顔付きをした。

「それは、俺等の科白だろ。只の校務員風情が、夜の墓場で何やってる?」

「……それ、返して貰えませんか。俺達に、じゃなくて、葉佩君に。まあ、《宝探し屋》な境さんに、返せ、なんて言ったって無駄なのは判ってるんですけど」

あからさまな顔付きになった彼へ、京一も、不機嫌さを隠さずに言い、龍麻も、気に入らなさそうな口振りで、彼へと詰め寄る風になった。

「何で、返してやらなけりゃならんのじゃ? そもそもこれは、あいつの物でも何でもないわい。見付けたのは儂じゃし、ロゼッタからの探索要請を受けたのは、葉佩だけではないぞ? 早い者勝ちじゃ」

「よく言うな。九龍のこと、半ば捨て駒みたいに扱いやがったロゼッタのモンだってのに。……『本当の』探索要請を受けたのはあんたなんだろ? そんで以て九龍は…………」

「だったら何じゃ? だとしたらどうなんじゃ? 言うてみい。『剣聖』。そして、『黄龍の器』」

けれど境は、無理矢理、上衣の中に石版を押し込むと、ふん、と青年二人を鼻で笑った。