「わー…………。京一、ほんっきで、俺と京一って『有名人』?」
「みたいだな。うんざりするぜ。ったく……」
ふふん、と笑う境の言い種に、嫌過ぎる、と龍麻と京一は天を仰いだ。
「『こういう世界』で、曲がりなりにも飯を食って行けておる者達で、お前さん達のことを知らぬ者はおらんと思うぞ? ──兎に角。これは儂が見付けた《秘宝》で、ロゼッタが求める物じゃ。お前さん達には関係なかろうて」
彼にも、自分達の正体がバレていた、と知って、はああ……、と溜息だけを付く二人に、境はそっぽを向いた。
「そういうことを言ってるんじゃねえよ、ジジイ」
「じゃあ、どういうことじゃ。葉佩が《秘宝》を見付けられなかったのは自分の所為じゃ。出し抜かれるあいつが悪いんじゃ。《宝探し屋》でいることよりも、『己』を取ったんじゃから。……こうなるのは、当然の成り行きじゃろう?」
「この野郎……」
「ロゼッタにはロゼッタのやり方があるでな。──『器』や『剣聖』なお前さん達じゃ。余りロゼッタには関わらん方がいいぞ? お前さん達の『力』を、喉から手が出る程欲しいと思っとる連中は、この世に五万とおるでなあ」
「…………脅してるつもりか? それとも、ロゼッタ代表で喧嘩を売ってるつもりか? どっちでもいいが、そっちがそういうつもりなら、幾らでも受けて立つぜ? 九龍のことだけでも気に入らねえからな、ロゼッタなんざ」
「まあまあ、京一。今、ここで境さんとやり合ってもしょうがないし。来るなら来るで、こっちは迎え撃たせて貰うだけなんだしさ」
境の態度にも、言い種にも、カチン、と来て、京一は腰の刀に手を伸ばし掛けたが、すっと、傍らの彼の物騒な手を龍麻は抑えた。
「だけどよ、ひーちゃん」
「言ってみたって無駄。境さんがそういうつもりなら、それはどうしようもないし、宝探し屋には宝探し屋の言い分があるんだろうから、それに、俺達が口出しは出来ないよ。俺達で、今、境さんから宝を力尽くで奪い取るのは、それこそ筋違いだしね。細やかな交渉は決裂。以上。…………尤も。ロゼッタ協会なんかクソ喰らえって、俺も言わせて貰うけど」
柄に掛かった手を引っ込めさせつつ、にーーーーー……っこり、迫力満点の笑みを龍麻は浮かべ、一瞬後に、キッと境を睨み付け、クソ喰らえ、と吐き出し、京一を促すと、もう一人の《宝探し屋》に背を向け、歩き出した。
「……どうしてくれよう、ロゼッタ……。ああもう、腹立つったら……」
舞い戻った墓地より再び離れ、人影一つ見えない歩道を自分達の部屋目指して歩きながら、森の中では沈黙を保っていた龍麻は急に喚き出し、京一も、ぶすっとした表情を露にした。
「っとによー……。三ヶ月、散々苦労して、『あんなん』と戦って、遺跡解放したのは九龍だってのに。目の前で、鳶に油揚攫われちまって……。ぜってぇ、この仕打ちは忘れてやんねえ。覚えてやがれ、境のジジイにロゼッタの野郎共っ」
「…………そうだ、そのロゼッタなんだけどさ、京一」
ガスガスとした足取りで、ブチブチ、愚痴と憤りを二人は吐き合い、ふと、龍麻が表情を塗り替えた。
「ん? ロゼッタの糞っ垂れがどうした?」
「京一も覚えてると思うけど……、ほら、葉佩君の事情。自分が何処の誰なのか知りたくて、そんな自分を支えてくれる人に巡り逢いたくて、それで宝探し屋になったって、あれ」
「ああ。ちゃんと覚えてるぜ。それがどうかしたか?」
「葉佩君にとっては、宝探し屋ってのは望みの為の単なる手段でしかなかったし、皆守君が、自分の馬鹿をちゃんと反省して、二人の仲が元の鞘に収まれば、葉佩君はもう、宝探し屋を辞めるかも知れないけど……、宝探し屋も、ロゼッタに所属することも辞めないって言ったら……どうしようか。何も知らないまま、葉佩君、又、ロゼッタにいいように使われちゃったりしないかな……」
「……ああ、それか。………………そのことを九龍に話すなら、陰の器がどうのこうのってことも話さなきゃならなくなる。少しして落ち着いても、喪部に吹き込まれたこと、あいつが未だ聞きたがったら、その時は話してやるって約束したから……、そうなったら、ロゼッタのことも話してやる方がいいのかも知れねえな……」
「そうだね……。葉佩君が、これから先どうするか、次第かな……。宝探し屋を辞めるなら、知らなくていいことまで教えることもないし」
「落ち着いた頃に、様子見ながら追々、ってことにしようぜ。────って、おー……。ひーちゃん、雪だ」
「え? あ、ホントだ」
遺跡の全てが解放され、何も彼もが終わった今でも、九龍に隠していることを打ち明けるべきか否か、落としたトーンで語った二人は、天上から降り始めた白く冷たい雪に目を奪われ、暗い夜空を仰いだ。
「五年振りに新宿で迎えたクリスマス・イヴが、五年前と同じホワイトクリスマスかあ……」
「凄い偶然だよなー。……五年前のあの時と一緒か……。ツリーの品評会は出来なかったけどな」
「あはは。そう言えばあの時は、京一に、西新宿のあっちこっち、引き摺り回されたっけ。若者らしいことしよう、って。……綺麗だったなあ、あの時見たクリスマスツリー。今年も変わらず綺麗かな……」
「多分な。…………そうだ。折角だから明日辺り、見に行かねえ?」
「西新宿に?」
「おう。でも今は、ツリーはねえから。寒みぃけど、雪でも眺めようぜ、ひーちゃん」
音もなく降り注ぐ雪は、当分は止みそうになく、京一は龍麻の手を引くと、丁度通り掛った礼拝堂の入口の、三段程の短い階段に腰掛けた。
「…………ひーちゃん。メリークリスマス」
「……京一も。メリークリスマス」
「今年は、大変なイヴだったなー」
「ホントにねー」
冷たいそこの上段に、礼拝堂の両開きの扉に凭れ掛かりながら並び座った彼等は雪を見上げつつ、他愛無いことを言い合い、そして笑い合った。
「流石にもう、葉佩君と皆守君のド修羅場、終わったかな」
「多分な。あれから一時間以上は経ってるし、日付も変わったし。案外、上手くやってんじゃねえの?」
「だといいんだけど」
「心配するこたねえよ。九龍が甲太郎を嫌える訳ねえし、甲太郎だってそうだろうし。……あいつも、あれ以上は九龍を泣かせたりしねえだろ」
「とは思うけどー……。……ま、何とかなるか」
「おう。なるようになるさ。大丈夫だ、あいつ等なら。ド修羅場なんか疾っくに終えて、今頃は寮で、しっぽり……かもしんねえし?」
「…………だからさ。人様の、しかも弟みたいな若者達の『そーゆーこと』、想像するの止めろってば」
「いーじゃねえかよ。恋人同士がやることったら、一つしかねえっつってんだろ? 況してや、一山越えた後なら尚更だ、至極当然の成り行きを想像して何が悪いんだよ」
「……そういうことを言ってるんじゃないってば。馬鹿京一。ホントに、もー……。……でも、自然の成り行きって言えば自然の成り行きか……」
「そーゆーこった。……何も彼もに決着付けて、ド修羅場迎えて、心の方確かめ合えたら、次は、体の方確かめ合わねえとな」
忍び笑ったり、呆れたりしながら、深々と降り続く雪を眺め、二人は与太話ばかりを続けて。
「………………なあ、ひーちゃん」
全ての音を吸い取って行く雪の中、龍麻の肩に腕を伸ばし、抱き寄せ、京一はふと、声音と表情を変えた。
「何? 京一」
「全てに決着付けたガキ共に倣って、俺達も決着…………──いや、俺の。……俺の決着、付けさせてくんねえ……?」
声を潜め、真摯な顔付きで、京一は何を言うつもりなのだと、抱き寄せてくれた彼を龍麻が見上げれば。
京一は、この夜、自分達にも決着を、と静かに言った。