「京一の決着って……何の? 京一に、付けなくちゃならない決着って、あったっけ?」
告げられたことが上手く飲み込めず、その時、龍麻は心から首を傾げた。
「……ひーちゃんって、ホントに時々天然だよな……。『その手のこと』に、ビミョーに鈍チンでよー。二十三にもなってよー……」
「悪かったな、二十三にもなって天然で鈍チンでっ! 判り易く言わない京一が悪いんだろうっ?」
「へーへー。俺の所為ですとも。……だからよー、何つーか……」
俺は俺で途方もない馬鹿だけど、こいつもこいつでどうしようもない馬鹿だ。──その瞬間、心の底から呆れ、はあ……、と大きな溜息を零してから、京一はガシガシと赤茶の髪を掻き毟り、バツが悪そうに、人差し指の爪でポリポリと頬も掻きながら、決着を付けさせてくれ、と言い出したのは自分のくせに、ブツブツゴニョゴニョ、小声で言い始めた。
「何?」
「…………あーーー、その。だーかーらー……」
「だから?」
「えっと、だな……」
「……あーもーーーっ! 男ならはっきり言え、はっきりっ! 人のこと、天然とか鈍チンとか言い切ったんだからっ! 大体、そんな風に言い淀むなんて、京一らしくないだろうっ!?」
だが、何時まで経っても京一のブツブツは『ブツブツ』のままで、プチっと音立てて、龍麻はこめかみに青筋を浮かべ。
「……悪りぃ…………。……そのー、よ。昔っから何度も言ってっけど、俺にとってお前は、『龍麻』なんだ。『緋勇龍麻』。それが、俺にとってのお前で、お前がお前でいてくれれば俺はそれで良くって、大事な親友で、唯一無二の相棒で、血の繋がった家族よりも、オネーチャンよりも掛け替えのない戦友で、だから俺は、他のことなんかどうでも良かったんだ」
ギュっと、龍麻の肩に乗せた指先に力を籠めて、らしくない声を京一は絞った。
「……? うん。だから? 俺だって、俺にとっての京一は『京一』で、『蓬莱寺京一』以外の何者でもなくて、大事な親友で、唯一無二の相棒で、掛け替えのない戦友だけど? 京一がそんな風に在ってくれるみたいに、俺だってそうだけど? それが、どうかした?」
「あーー、だから。そういう風に在りながら、それでもお前は、俺のこと、好きって言ってくれてるだろ? 俺のこと、愛してるって、言ってくれてるだろ? …………でも、俺は正直、お前が『龍麻』なら本当にそれで良かった。それだけで良かった。お前は、親友で、相棒で、戦友で、誰よりも、何よりも大事な奴だって想いは何が遭っても変わらなくて、今でもそうで。俺はお前に惚れてんだろうなー、とか、『好き』なんだろうなー、って気付いても、俺の中では、『それがどうした』、だった。お前に対する俺自身の想いに付く名前が、友情だろうが愛情だろうが、どうでも良かった」
やっと、一応はまともと言えることを京一が語り出したら、龍麻は呆気無く怒りを引っ込めて、何処までも不思議そうに京一の顔を眺め始め、見詰めて来る眼差しから、京一は少しばかり及び腰で視線を逸らし。
この約二年、言葉にすることなかった、けれど京一と龍麻の間では『暗黙の了解』だったことを、はっきりと白状し始める。
「……京一?」
「そういう訳で……。俺は、その……頭良くねえから、自分の中の、お前に対するLoveとかLikeとかの境目っつーか……落とし所っつーか、そういうのが判らなくなっちまって。『好き』は『好き』だから、惚れてるから、お前が言ってくれる、好き、って言葉に『好き』とは返せたけど、愛してるなんて言えなかった。てめえの酷くいい加減な想いを、愛してるって一言だけに押し付けちまっていいのかどうかも判んなかったし……。中坊の頃も、コーコーの頃も、愛してるとか好きとかが無くったってSEXなんて幾らだって出来るって『生活』ばっか、俺はしてたから、お前のこと抱きたいって気持ちが、その……、誰よりも、何よりも大事なお前相手だから、愛してなくても抱けちまう、ってトコから来てんのか、誰よりも、何よりも大事なお前のこと、そういう意味でも愛してっから、お前だけを抱きたいと思う、ってトコから来てんのか、そんなことすら判んなくってよ……。てめえのことなのに…………」
──俺は何で、こんなに小っ恥ずかしいことを言ってやがんだ。……とボソボソボソボソ洩らしながら、赤茶色の前髪をぐしゃぐしゃに握り締めつつ、京一は、辿々しく言い募って、一層、龍麻から視線を外して。
「……………………うん。……知ってた。京一は、この二年近く、ずっと、そんな風に想って来たんだろうなあ……って、知ってたんだ、俺も……」
少々聞き取り辛いトーンでの『白状』が、そこまで進んでやっと、京一が何に決着を付けさせて欲しいと言い出したのか理解出来た龍麻は、直ぐそこの、舞い落ちる雪を溶かして行く真っ暗な地面へ目を落とした。
京一が付けようとしている決着が、己にとっては喜ばしくない場所に落ち着いてしまうのではないか、との、悪い想像しか出来なかったから。
「……俺も、知ってた。俺がそんな風にウダウダしてんの、お前にはバレバレだろうって。俺が、お前に『好き』だって言っても、お前は、俺が付き合いで言葉を返してるだけだって思ってる、ってことも。お前が、俺を好きだから。俺は、『お義理』で『好き』って言うんだ、って。……お前、そう思ってたろ……?」
「ま、あね……。……うん、正直……そんなようなこと思ってた……」
「……下向くなよ。悪りぃのは俺なんだから。お前に、そう思い込ませた俺が悪いんだ。気持ちも言葉も態度もいい加減で、どうしようもねえ馬鹿で、そのくせ卑怯者、な俺が悪い」
脳裏を掠めた悪い想像は、益々龍麻を俯かせ、下なんか向いてんな、と京一は、彼の肩を掴む指に、又、力を籠めた。
「京一だけが悪い訳じゃない……、と思うんだ、けどな…………。俺だってさ……──」
「──まあ、いいから聞けよ。どっちが悪いとか悪くないとか、そんな話がしたい訳じゃねえんだ。────……この約二年、な。お前のそういう気持ちとか、俺の所為でお前が嵌まっちまったドツボとか、知ってはいたけど、それでも俺は、てめえの気持ちが何処向いてんのか、てめえの中の何が本当なのか、ずっと判らなかった。……でも、一寸前に、『切っ掛け』貰ったんだ」
「どんな……?」
「『実力行使』で九龍のこと止めようとして、お前に盛大にぶん殴られたことあったろ? お前に悔し泣きさせちまったこと。……あん時、お前が顔洗ってる間に、あの夜の黄龍は、俺を引っ叩く為だけに起きて来たんだろう、みたいな話になって、甲太郎の奴に嫌味ったらしく、お前にも黄龍にもこの上無く愛されてるな、とも言われたんだよ」
「………………? それが……切っ掛け……?」
「そうだ。甲太郎にしてみりゃ、単なる嫌味代わりの一言だったんだろうけどよ。俺にとっては、頭目一杯殴られたみたいに感じた一言だった。…………お前の中には『あいつ』がいて。『あいつ』はお前でお前は『あいつ』で、お前の身に起こること、知ること、感じることの全て、『あいつ』のモノでもあって、お前の躰は『あいつ』の躰で。……でもな、思ったんだ。その全てが揺るぎない真実で、お前が想うのと全く同じ気持ちを『あいつ』が俺に注いでくれてたとしても。甲太郎が言ったみたいに、『あいつ』にもこの上無く愛されてたとしても。躰はお前でも。俺は、お前じゃなきゃ嫌だな……って。お前じゃなきゃ……『龍麻』じゃなきゃ、抱きたくねえな、って」
前髪を握り潰す仕草を続けながら、京一はそう言って、額から、押し付けていた左手を離し、両手で龍麻の肩を掴み直すと、有無を言わせず己へと向き直させた。
「……きょうい……ち…………?」
「そう思ったから。そう思えたから。そこから先は酷く簡単だった。今まで二年近くも、俺は何をウダウダ悩んでやがったって、叫び出したくなった。何をそんなに小難しく考えてやがった、ってな。最初っから、答えなんざ俺の手の中に転がってたってのに。……俺にとってお前は『龍麻』だ。『緋勇龍麻』。お前がお前だから、俺はお前の親友でいたいと思った。俺の生涯の相棒はお前だけだって決めた。お前だから、誰よりも、何よりも大事に想った。……その先も一緒だったんだ。これっぽっちも悩むことなんかなかった。何も彼も、『お前だから』。………………ひーちゃん。……龍麻。随分と長い間、言えなくて御免な? 俺、お前のことが好きなんだ。愛してる」
しっかりと肩を掴んで、龍麻の瞳を捉えて、どうしようもなく真剣な顔をして、京一は、はっきりと想いを伝えた。
「……あ、は…………。……洒落、じゃなくて……?」
真っ直ぐ伝えられた想いに、龍麻は瞳を見開いて、乾いた風な笑いらしき声を零し、泣き笑いの面になった。
「…………何で、今、この場で、こんな話してる時に、洒落なんか言わなきゃなんねえんだよ。……そりゃ、これまでの一年十ヶ月、だらしねえことばっかして来た俺の言うことなんざ、そう簡単には信じられねえかも知んねえけどよ……」
「……うん。信じられない………………」
そんな表情で、疑うように小首を傾げた龍麻に、京一は拗ねた感じで唇を軽く尖らせたけれど、声を震わせながらもきっぱりと、龍麻は、信じられない、と告げた。