「………………そっか……」
「……信じられないよ。信じられる訳ないじゃんか、馬鹿京一。俺……夢見てるんじゃないかな、って……。自分に都合のいい夢見てるんじゃないかって、疑わずにいられない……。夢じゃないなんて……現実だなんて、信じられない……」
これまでに過ぎた約二年の日々に犯した己の所業を思えば、信じられない、と龍麻が言うのも道理かと、京一は溜息を零し掛けたが。
彼の言う『信じられない』は、京一の言葉ではなく、『今』という現実の方だった。
己だけに都合の良い、夢としか思えない、と。
「……………………ひーちゃん?」
「うん、夢だ……。こんなの、夢に決まってる…………」
「……あのー、よ。ひーちゃん? ……ひーちゃん? 龍麻? たーつーまー? 緋勇龍麻くーん?」
「何でしょうか、蓬莱寺京一君。……だいじょぶ、これが夢でも幻でも、言われてることに返事くらいは出来る。……うん。それくらいは……」
「じゃあ、夢幻にしか思えなかろうが、俺の言ってること、理解は出来てんな? ──お前は夢見てる訳でも、幻と喋ってる訳でもねえぞ?」
「そんなことない。……夢だって。夢だってば。…………夢、だろう……?」
これは夢だ、夢なんだと、幾度も幾度も繰り返す彼を、京一は言い聞かせ始めたけれど、『今』は夢でも幻でもないのだと諭されても、龍麻は頑として受け入れようとしなかった。
「あー…………。……ま、いっか。取り敢えず、話進めんぞ。──なあ、ひーちゃん。お前は、『今』、俺のこと、どう想ってる?」
だから、様々な意味での遠い目をして、ガリっと、一度頭を掻いた京一は、龍麻を置き去りに、勝手に話を進め出した。
「どう……って……。……今更、改めてそんなこと言わせてどうする気なんだよ、ド阿呆。何で京一は、俺の夢の中でもそんなに馬鹿なんだよ。俺は、京一のことが好きだよ。愛してるよ。でも……、でも、さ」
「…………おう」
「俺は、京一の親友兼相棒兼戦友でいたくって。誰よりも、何よりも京一が大事で。けど……京一が好きだって気付いちゃったから、親友や、相棒や、戦友でもいたいけど、恋人にもなりたくって、けど今まで京一はそうじゃなくて、だから、愛してるって言って欲しかったけど、そんなこと求められないって思ってて……」
「……うん。そんで?」
「京一が、俺のこと『好き』って言ってくれるのは、俺が、京一のこと好きだからなんだろうって思ってて……。俺の好きはLoveだけど、京一の好きはLikeなんだろうって……。一生、傍にいてくれたとしても、京一は一生、愛してる、なんて言ってくれないって思ってて……。でも、京一が良ければそれでいいか、とか思ったりして……。けど、京一…………。………………ああ、もうっ。判んないっ! 何が何だか判んないっ! 夢だってばっ。これは夢なんだってばっ!」
混乱するばかりの己の気持ちを見捨てて、さっさと話を押し進める京一に言葉を返しつつも、どうしても『今』を現実とは思えず、とうとう龍麻は両手で頭を抱えた。
「……………………ひーちゃん」
そんな彼の名を京一はそっと呼び、礼拝堂の入口前の、冷たいコンクリートの床へと、トン……、と音立てて押し倒した。
「京一?」
「ありがとな、龍麻。今でも俺のこと、好きだって、愛してるって言ってくれて。俺も、お前のことが好きだ。愛してる。……夢じゃねえよ。幻でもねえよ。嘘でも冗談でも洒落でもない。だからそろそろ、目、醒してくんねぇ?」
本当に、何処からが夢で何処からが現実なのか判らなくなった目をして、茫洋と見詰めて来た龍麻に、京一は、キスを落としてみた。
「…………ええと……。………………夢じゃ、ない?」
「ああ。夢なんかじゃない」
「物凄く俺にとって都合のいい幻の京一を拵えちゃってる、とかでも……ない……?」
「『俺』が、お前が勝手に拵えた幻だってなら、もうちっと、『穏やか』な所でキスすると思わねえ?」
わざと、酷く生々しい、『性』の始まりそのもののようなキスを長く与えてみたら、龍麻は、唇の感触を確かめるように、濡れる赤い舌でぺろりとそこを舐めて、どうしたって飲み込めないモノを、それでも咀嚼する風に辿々しく問い始め、京一は、根気良くそれに付き合った。
「けど……、これが夢でも幻でもないなら、一寸、今までとは別の意味での申し訳なさが募って来るって言うか…………」
「は? 申し訳なさ? 何がだ?」
「……ずっとずっと、京一には、俺と同じ意味で好きって言って欲しかったけど、愛してるって言って欲しかったけど、本当にそう言ってくれた京一と、俺が一緒に居続けるのはさ……。黄龍の封印、駄目駄目なままなのにさ……」
──『今』は夢ではない、『京一』は幻ではない、と思い始めはしたものの、『疑い』始めはしたものの、やはり龍麻は未だに夢現のようで、ブツブツと、常に己で己に問い掛け続けていたのだろう繰り言を言い始め。
「それの何処が申し訳ないんだよ。言えるもんなら言ってみな?」
内心、これは相当根深い、と嘆息しながらも、その責任は己にあるのだからと、京一は笑みだけを湛えた。
「え? だって…………」
「お前は、俺のことが好きなんだろ? 愛してんだろ? 俺も、お前のことが好きだろ? 愛してるって言ったろ?」
「……うん…………」
「ってことは、俺等は相思相愛、ラブラブっつーことだよな?」
「た、ぶん……」
「ラブラブなモン同士、ずーーーっと一緒にいるのは、別に不思議なことじゃないだろ?」
「それは、うん……。まあ、不思議なことじゃないけど……」
「なら、一緒にいればいいだろ? それだけのことだろ? 封印がどーたらとか、『龍脈アレルギー』がこーたらとか、んなん二の次じゃんよ。一緒にいる為には、そういうことも頑張らなきゃなんねーか? って程度の話だろ? 違うか? つーか、ひーちゃんは、俺と一緒にいたいのか、いたくねえのか、どっちなんだよ」
「…………一緒にいたい」
「だったら、そうすればいいだろ? 一緒にいればいいだけだ。俺だって、お前と一緒にいたい。だから、ひーちゃんが気に病んでるようなことだって、一緒に頑張ればいいだろ? な? これから一緒に頑張ってきゃいいじゃねえかよ。それっぽっちのことなんだぜ? 違うか? ……どうだ? ひーちゃん。──龍麻。目、醒めたか?」
にっこりと、極力爽やかに笑ってやって、小さな子供に言い聞かせるように京一は言葉を重ね、コンクリートの床に、押し倒したままだった龍麻を抱き抱え、コロンと転がった。
「……夢、じゃない?」
「ああ」
「幻でもなければ、嘘でも冗談でも洒落でもない?」
「勿論」
「京一は、俺のことが好きなんだ? 愛してくれるんだ?」
「さっきから、何度も言ってんじゃんよ。……好きだ。愛してる。お前だけだ」
「……………………全部……全部全部、本当のことなんだ……。京一が、俺のこと好きでいてくれるんだ……。愛してくれてるんだ……。ずっと、一緒にいられるんだ…………」
目の前に迫った、京一の、コートの中に見え隠れしている胸許をじっと見詰め、長い押し問答の果て、漸く、『目の醒めた』龍麻は。
この上もなく嬉しそうに微笑んで、目許を潤ませながら、京一の胸に面を押し付けた。