好きで好きで大好きで、愛している人に、やっと……やっと求めていた言葉を貰え、感極まって泣きそうになって、実際泣いて、けれど、この約二年、散々悩まされた挙げ句に呆気無く幸せに『突き落されて』泣かされるなど、悔しい事この上無く、直ぐそこに中央歩道が通っている礼拝堂の入口前で、何時まで人のことを押し倒しているんだと、照れ隠しと八つ当たりで、容赦無く京一の鳩尾を蹴り上げた龍麻は、不意打ちに腹を抱えて踞った京一を見捨て、自分達の部屋目指し、目一杯駆けた。

玄関を開けて飛び込んだ三和土に、息切らしてしゃがみ込むしかなくなるくらい目一杯。

崩壊してしまった遺跡の中で、決して少なくない黄龍の力を使い、『諸悪の根源』の言葉や態度に頭の中をぐちゃぐちゃに掻き回された直後の全力疾走だったから、そうなっても無理はないし、体力不足とか、修行不足とか、そういうことではないのだけれど……、それは決して、『利口』な行いではなかった。

「お前よー、ひーちゃん。『龍星脚』叩き込んで逃げるこたぁねえんじゃねえ? ……っとに、やってくれる……」

……そう、『利口』な行いではなかったから。

かまされた『技』の衝撃から直ぐさま立ち直ってみせた京一に龍麻は追い付かれ、捕まった。

底意地の悪そー……な笑みを、満面に浮かべた彼に。

「う…………」

先程のように、又肩を掴まれ、恐る恐る振り返った途端飛び込んで来たその笑みに、龍麻は喉を引き攣らせた。

「う、って何だ、う、って」

「そ……そりゃ、思わず龍星脚で蹴り上げたのは、ほんの少ーーーしだけ反省してるけどさ……。流石に、京一でも痛かったかなー? ……なんて。ハ、ハハ……。……で、でもっ! でも、俺は悪くないっ。悪いのは京一っ。全部全部、京一が悪いっ!」

ご丁寧に唇の端をわざとらしく歪めて、ニタリ……と、さも悪役っぽく笑いながら顔を近付けて来る京一に、彼が必死に訴えれば。

「………………ま、それは認めてやるよ。確かに俺が悪い。……御免な。本当に、色々御免な……」

肩を竦め、囁くような声で京一は殊勝に詫びを告げ──でも。

浮かべた笑みは、引っ込めなかった。

「京一?」

ぺたりとしゃがみ込んだままの彼の両の二の腕を掴み、立たせ、「何?」と目を丸くした彼の両手を、躰を、縫い止める風に玄関のドアに押し付け、京一は、漸く、晴れて、恋人、と言えるようになった、愛している彼の唇を貪り始める。

「ちょ……。一寸待とうよ、京一……」

先程よりも更に激しい、『性の始まり』を知らしめるキスを仕掛けられて、そのまま閉じてしまいそうになる瞼を理性のみで抉じ開け、押さえ込まれた躰を龍麻は捩った。

「……何で。気持ちを確かめ合ったら、次にするこたぁ躰の方確かめ合うことだって、さっき言ったろ?」

「そういうことを言ってるんじゃなくてっ! 三十秒と掛からないトコに寝室があるのに、何でこんな所でって、俺はそれが言いたいんだよっ。……せめてさ、ベッド行かない……?」

「ヤだ」

しかし、暴れられても睨まれても、京一は『悪人ヅラ』を引っ込めず、誠に軽く、且つあっさり拒否すると、んふー、と笑みを深めた。

「きょーいちー…………」

「我慢出来ねえからヤだ」

「我慢出来ないって、三十秒だろ、三十秒っ!」

「それでも、ヤなものはヤなんだよ。あのまま、礼拝堂ん中にシケ込んでも俺は良かったんだぜ?」

「……何を、人の道に外れたことを…………。このド阿呆っ。寝室行かないんなら断固拒否! 徹底抗戦っ!」

「別にいいぜー? こういうことで、お前が俺に勝てたためしはねえかんなー。──そーゆー訳で。……ひーちゃん。そろそろ黙っとけ」

ぎゃんぎゃんとうるさい龍麻の抗議を全て一蹴し、一層深めた笑みを刻む面をヌッと近付けた彼は、深い深いキスをした。

唇を舐め上げて、舌を差し込んで、逃げてゆく龍麻のそれを、追い掛け、追い詰め、絡め取る態まで心底楽しんで、玄関のドアに押し付けてやった背が、耐え切れなくなったように、ズ……と滑り始めるまで、延々。

呼吸の一欠片までも奪い尽くした。

「…………京一……。お願いだから、さ……。寝室……」

キスだけで砕けそうになった躰を支えられ、互いの間に渡った糸を、ぺろりと京一が舐め取るのをボンヤリ眺めながら、龍麻は、困ったように、哀願するように。

「い・や・だ」

「……何でなんだよ……。……大体、京一は……こんな所でこんな風に仕掛けて来るようなこと、したことないじゃん……。羽目外すみたいな抱き方したのだって、この間が初めてでさ……」

「んなん、決まってんだろうが。猫被ってたって奴? ……俺達は、好きだの愛してるだのって確かめ合う前に、躰の方が離れられなくなっちまったろ? だから……申し訳ないっつーか、何つーか……。それこそ、お前だからこそ滅茶苦茶にしても抱きたい、みたいなやり方、どうしても出来なくってさ。どっか、遠慮してたっつーか……。……でも、もうそうじゃねえから。お前の気持ちも、俺自身の気持も判ったし、お前だけが抱きたいんだってのも、お前だけが欲しいんだってのも、やっと、掴めたからさ。我慢したくねえし、出来ねえし、場所なんかどうだっていいし。お前のこと啼かせてみたいっつーか、兎に角抱きたい」

…………でも……震える声での哀願に、京一はそう言って退けて、龍麻が纏っていたコートもセーターもシャツも、瞬く間に剥ぎ取り三和土に捨てた。

「きょうい、ち……っ。……んっ。…………んあ……っ」

真夜中、冷えきった部屋の玄関で上半身を暴かれて、ふるりと寒さに震えた彼は、肌に絡み付いて来た京一の手の熱さに、躰を辿り出した舌先に、今度は快楽故の震えを与えられる。

「……いい反応」

ほろっと洩れた、飲み込み掛けの喘ぎに、くすりと京一は忍び笑った。

「…………京一……っ。頼むから……っ。お願いだから……っ。ここじゃ、ヤだ……っ」

「俺は、ここじゃなきゃヤだって言ったろ?」

「だって……っ! もしも誰か通ったら……っっ」

「あーー、聞こえちまうかもなー」

「だから…………っ」

「……頑張れ?」

「頑張れって、何──。……京一っ! ……ああっ……」

どうしても飲み込み切れない己が声に唇を噛み締め、縋るように京一の背へと伸ばそうとしていた無意識の手を龍麻は握り込んで、無体過ぎる言い分に何とか制裁をくれてやろうとしたが、彼が暴れるよりも早く、京一は、くるりと彼の躰を裏返すと、ドアに両手を付かせ、背中から抱き込み、白くて薄い肌を舐め上げながら、胸許を指で弄り。

「はあ……っ…………。んくっ……」

時折爪を立てながらの、軽い痛みを伴う愛撫に、龍麻の声は、甘味を増した。

「我慢出来ないか? でも、我慢しなきゃ聞かれちまうかも知んねえぜ?」

「そん……なの、無理…………っっ」

「何で? 聞かれたくないんだろ? だったら我慢しなきゃな。…………ああ、でも無理かもなぁ。もう、ココ、こんなだもんな。……こーゆーやり方、結構好み?」

その甘さに、京一は嬉しそうに目を細め、膝で龍麻の脚を割り開かせ、そのまま、持ち上げた膝頭で、何時の間にか明らかな形を取った龍麻の『そこ』を、厚い布地の上から嬲るように。

「好みな訳……ない……っ。……何で、そういうことばっかり……っ。……あ…………ああ……あ……」

ぐいっと、デニム地越しでもきついと感じた膝の嬲りに、文句を吐き出そうとして。

……が、胸許を弄っていた指を、開いた唇に含ませられ、左手にはゆっくりとジーパンの前を寛げられ、下着毎引き摺り下ろされ露になった双丘を、これ見よがしに撫でられて、閉じることも出来なくなった口許から、龍麻は唯、声だけを零した。