「…………………………判った。俺は判ったよ、甲ちゃん」
じーーー……っと、ガチンコで暫し睨み合い、息詰める程の沈黙も続けて、やがて。
のそり、九龍は起き上がり、甲太郎の真正面に、ドカリと座り込んだ。
「判ったって、何が?」
「……俺はさ、甲ちゃんに謝りたい訳だ。正直、未だ謝り足りないって思ってるから。でも、甲ちゃんは、もうこれ以上、俺に謝られたくないんっしょ?」
「そうだ。もう、お前の『御免』を聞くのは、それこそ御免だな」
「で、甲ちゃんも、本音では、俺に謝りたいって思ってるっしょ? 俺と同じで、謝り足りないって思ってるから。でも、俺だってこれ以上、甲ちゃんの、すまない、とか、許してくれ、とかは聞きたくない訳で」
「……そうだな」
「だからさ、甲ちゃん。もう少し、建設的に行きましょーや。建設的に、『未来』の話をしましょう、こーたろーさん」
「………………『未来』? 何で又、一足飛びにそこへ行く?」
「お互い、どうしても謝り倒したいってことは、お互い、許して貰って、『その先』を……、って思ってるってことでないかい? 謝って謝って、『ああ、許して貰えたんだ』って確証が、自分の中に生まれるまで謝って、『許して貰えたんだ』って本当に思えた『その先』を求めてるってことでない? ……だから、『未来』の話。──という訳で。俺は、疾っくの昔に、甲ちゃんのこと許してるよ。つか、許すも何も。全部が終わったら、全て寛大に水に流してやるって、俺、二度も言ったじゃん」
判った、と。
大袈裟に言えば、悟りを開いたような顔付きで、甲太郎へと向き直り、九龍は捲し立て。
「…………。……俺の主張は変わらない。お前は何も悪くない。許すも許さないもない」
ふい……っと無意識に動かした指先で、無意識に何かを探し掛け、チ、と軽い舌打ちをした甲太郎は、髪を掻き毟る風にしながら、『絶対の主張』を繰り返した。
「OKOK。……じゃ、この際だから、その部分に関しては、互い、せーの、で切り捨てましょうや。延々、御免だの、許して欲しいだの言い合ったって、多分、埒が明かないんだよ。そんなことばっかしてたら、さっきみたいに、自分で自分に痛恨の一撃喰らわすようなこと、俺達は又繰り返しちゃうんだと思う。──甲ちゃん。俺は甲ちゃんに、甲ちゃんは俺に、『許して貰えた』って確証ゲットするには、きっと、謝り倒すんじゃなくて、この先の自分の行いで勝ち取るしかないんだよ。……と、俺は思うので。一先ず、今だけでも、お前は何も悪くないって言ってくれる甲ちゃんの科白、信じることにするからさ。…………甲ちゃん。甲太郎。全部全部、水に流して、今まで通り、甲ちゃんと一緒にいてもいいですか?」
「お前…………。それは、俺の科白だろ……」
『主張』に、肩を竦める仕草を返し、ピッと、甲太郎の鼻先に人差し指突き付けた九龍が、何かを吹っ切った風に勢い込めて言い出し、窺うように小首を傾げたので。
甲太郎は、己のくせ毛を掻き乱していた左手で、目許を覆った。
「……俺は、どうしたって、お前みたいな頭の切り替えは出来ないし、今だけだったとしても、許してくれるってお前の言葉を、お義理レベルでしか受け入れられないんだと思うが……、俺も、訊いていいか? 全部全部、水に流して過去のことにして……、今まで通り、お前と一緒にいてもいいか……?」
「…………うん。一緒にいようよ。……そうだよ。俺はきっと、こういう話がしたかったんだ。所謂、仕切り直し。けじめ付け。お互い、色んなことに蓋しながら付き合い出しちゃって、ド修羅場迎えた挙げ句、結局、自分で自分のこと、二人揃ってぜーんぶ白状しちゃって、御免なさい合戦するしかなくなっちゃってさ。御免なさいって言い合って、許して下さいって言い合って、俺は甲ちゃんが、甲ちゃんは俺が、いてくれればそれでいい、なんてベタベタな科白ぶつけ合ってみたけど。それだけじゃ足りなかったんだ。過去のことに区切りが付いただけでさ。何とか彼んとか、水に流せそうなだけでさ。俺達、明日からのこと、何にも話し合ってなかったじゃんか。明日からも、今までみたいに一緒にいていいのかな、って思ってたくせに」
「…………言われてみれば、そんな気がしないでもない……が」
「そんな気がしないでもない、じゃなくて、そんな気になって。つーか、なれ。──だからさ、甲ちゃん。けじめ付けて仕切り直して、今度はもう、未来の話をしよう。この先、俺達はどうしようかってこと、話そうよ。今までちゃんと出来なかった分、約束をしようよ。明日のことでもいい、明後日のことでもいい、遠い未来のことでも何でもいいから。最初っからやり直すつもりで、未来の約束をしよう。明日からも、一緒にいよう。……一緒にいさせてくれよ。…………ほんで以て」
「何だよ」
「俺は、この先の現実とか、仔細諸々、今だけは盛大に目を瞑る気満々なんで。細かいこととか具体的に決めなきゃならないこととか、ぜーんぶ、一旦こっち置いといて。──甲ちゃん。俺に、甲ちゃんの『未来』を下さいな」
何で、お前はそうなんだ……、と、顔を覆いながらぶつぶつ呟く甲太郎を尻目に、酷く畏まった九龍は、ひたすら、あーだこーだ捲し立て、『未来』を乞い出した。
「未来……、な。俺の未来なんか、貰って嬉しいのか?」
「うん。俺は嬉しいけど。……駄目? それは、欲張り?」
「そうじゃない。逆だ。そんなもんでいいのか? 未来でも人生でも何でも、俺が持ってるモノで良ければ、好きなだけ持ってけ。お前が欲しいなら、幾らでもくれてやる。……その代わり。お前の未来や人生を、俺に寄越せ。対等でいいだろう?」
だから、唇の端を歪める風に笑って、何処か素っ気なく、甲太郎は等しいものを要求した。
「あっはー……。生意気な言い方。でも、甲ちゃんはそうでないと甲ちゃんじゃないかも。……俺の未来や人生なんか、幾らだって差し出すよ。それで甲ちゃんが手に入るなら、安いもんさね。うん、Get treasure! って感じ?」
その言い種に、ケラケラと九龍は笑い出し。
「あ、でも。こーたろさん、一つだけ条件があるんですが」
封を切ったまま放り出しておいた治療道具の中から湿布を取り出すと、適当な大きさに切って、ペン! と勢い付けて、自分がぶん殴った甲太郎の頬に押し付けた。
「……痛い」
「……自業自得」
「そりゃ……まあな……。…………で? 条件ってのは何だ?」
「マジで許してるんだけどさ。それも込みで、ジャー、と水に流してるんだけどさ。寛大に許したる! ってのと、むかっ腹立ってます、ってのは、俺の中ではちょーっと次元が違うんで。ちょっくら、もう二度と、あんな馬鹿な真似はしません、って誓ってくんない? 正直、あれだけは、あんまりだろ! って思うんだよねー。だからさ。もう二度と、絶対、何が遭っても、あんな馬鹿な真似はしません、誓います、って言ってくんない?」
「…………ああ。もう、あんな馬鹿な真似はしない。ちゃんと、誓う」
「そーでなくて。『もう二度と、絶対、何が遭っても、あんな馬鹿な真似はしません。誓います』。……はい、復唱」
「………………もう二度と、絶対、何が遭っても、あんな馬鹿な真似はしません。誓います。……これでいいのか?」
「うむ。宜しい。……あー、すっきりした」
うりうりと意地悪く、湿布を貼付けてやったそこを指先で弄くり倒して、甲太郎は不本意だろう言い回しで誓いを立てさせ、ん! と九龍は威張り腐る。
「ほんっきで、俺が言うのは何だが、お前……随分とお手軽じゃないか?」
「まーねー。確かにお手軽かなー、って思わなくもないんだけどさ。俺の方が悪かったんだよなー、って、どうしても俺は感じちゃう部分とか差し引きしても、あれだけは、もーーー……っれつに腹立って、あの瞬間は、許さねえ! とかも思っちゃったりしたんだけどさ。何だ彼
「……それに?」
「あの時に比べれば、俺も大分落ち着いて来たからなのかな。……ふと、思ったんだ。俺が一杯一杯だったみたいに、甲ちゃんだって帝等だって、一杯一杯だったんだろうな、って。俺達、未だ高校生ってこと考えれば、きっとあれが、誰もの限界だったんだろう、って。どうしても避けて通れない道だったにしても、甲ちゃんと戦うのは嫌だって、俺が心の何処かで思ってみたいに、甲ちゃんだって、帝等だって、きっと、心の何処かではそんな風に思ってて、俺が辛かったように、皆、辛かったんだろう、って。……甲ちゃんも……辛くて、一杯一杯で、もう限界、な中、それでも自分に出来ると思ったことを選んだだけで、それは、物凄く間違ってた選択だったけど、一杯一杯で、限界だったんなら、大目に見てあげなきゃな、と。生きてるんだし。結果オーライだし。反省してないようなら、それこそ、又心中騒ぎだけど、反省してるしさ、甲ちゃん。……だから俺は、お手軽にすっきり出来てます、はい」
胸を張って威張り腐る九龍に、甲太郎が呆れの眼差しをくれれば、だって……、とお手軽な彼は、お手軽に許せる理由を語り、ふわり、と笑った。