「………………本当に、お前は……」
『お手軽』になれる理由を聞かされ、笑みを見せられて、甲太郎は、苦虫を噛み潰したような表情を拵えると、眼前の九龍へと両腕を伸ばし、強引に、膝の上に抱き抱えた。
「お? 甲ちゃん?」
「……未来永劫、例え天地が引っ繰り返っても、俺は、お前には勝てない気がする……」
抱き上げ、きゅっと抱き締めた九龍の髪に顔を埋め、ボソボソと、溜息付きで彼は零す。
「なして?」
「何ででも。っとに…………」
「つか、何の勝ち負け?」
「色々」
「色々……? …………何となく、それは、勝ち負け云々ではないよーな気がするんですが、そこん処、如何でしょうか、こーたろーさん」
「気にするな。深く考えるな。兎に角、そういうことだと思っとけ、お子様。『お手軽』なお前が悪い。……何で、お前はそんな風に思えるんだよ。何で、そんなに『お手軽』に…………」
「しょーがないっしょ、許せるものは許せるんだし。……………………実を言うとさあ、甲ちゃん」
呆れの溜息を幾度となく吐きながら、ブツブツブツブツ、己が髪に頬を押し付けつつ零す甲太郎の言葉の意味が、今一つ飲み込めなかったけれど、九龍は、その時若干、在らぬ所へ目線を泳がせた。
「……何だよ」
「そのーーー、さ。俺、空っぽな俺のことを、沢山のことで満たしてくれる人が欲しくて、宝探し屋になったって言ったやん?」
「…………ああ」
「昔のことが知りたくって、そんな俺のこと支えてくれる人が欲しくって、世界を巡ってればそんなことやそんな人も、何時かは……、なんて思って、宝探し屋なんてヤクザな商売に足突っ込んじゃうくらい、それって、俺にとっては切実な願いだった訳ですよ。俺には、『葉佩九龍』になってから過ごした、独りぼっちの『一年半』しかなかったから、例えて言うなら、京一さんにとっての龍麻さんみたいな、龍麻さんにとっての京一さんみたいな、『魂の還る場所』が欲しいー! みたいなこと、心底願った訳ですよ」
「それで?」
「で、まあ……その、何つーか。とどのつまり、俺が欲しいと思ってた、俺を支えてくれる人ってぇか、『魂の還る場所』みたいな人ってぇかは、俺の中では、『家族』って言葉に該当するんですな、これが。…………俺は、そういう意味でも、甲ちゃんが欲しかった訳。親友で、相棒で、恋人で、家族な甲ちゃん。……只の親友が、只の相棒が、只の恋人が、勢い余って仕出かしたことだったら、俺だって、こんな風には許せなかったかも知れない。お手軽にはなれなかったかも知れない。でも、甲ちゃんは、俺の中ではもう、家族みたいな人だから? 家族みたいに、生涯共にいたい人だから? 親友で相棒で恋人で『家族』だから? …………『家族』が仕出かしたことだもん、許せるに決まってるっしょ?」
何処となーーく気拙そうに、ははー……と目線を漂わせつつ、照れながら九龍は言い。
「………………破壊力抜群の告白だな。……あーー、クソっ。絶対、俺はお前には勝てない……」
がばりと身を起こした甲太郎は、九龍を抱く腕に、渾身以上の力を籠めて、天井を仰いだ。
「だからさ。俺と甲ちゃんの間で、勝つも負けるもない気がするんだけど。…………ま、兎に角、そーゆー訳だから! 深く悩むな、甲ちゃん!」
歯噛みする彼を、ちょっぴりだけ頬を赤く染めながら眺め上げると、九龍は明るい声を張り上げ、甲太郎の膝の上から下りようとしたが。
「……何処行く気だ?」
逃げて行く腰に、甲太郎は腕を絡めた。
「へ? 別に、何処も?」
「なら、このままでいればいいだろ?」
「…………や、そーゆー訳にも」
「何で」
「……重たいんでないかい?」
「いいや、全然」
「………………あー……。……この体勢、俺が落ち着かないしさ」
「どうして?」
「どうして、って……。甲ちゃんとこうしてるの、好きだけどさ。俺だって、延々抱っこされてたい程、お子様でもないしさ」
「俺だって別に、延々お前を抱っこしてたい訳じゃないが。……正確には、抱っこ『だけ』してたい訳じゃないが?」
膝の上でジタバタと九龍は暴れながら、暴れる彼を甲太郎はホールドしながら、何時しか彼等は、押し問答を始める。
「……………………こーたろーさん、何ですか? その不穏な発言。……じゃあ、治療の続きをしたいからっつー理由でどうでしょうか。お互い、あっちこっち痣だらけの擦り傷だらけで、のくせ、上半身裸で何時までもこうしてるのって、結構間抜けな気が」
「この程度、放っといてもその内治るだろ。上半身裸が間抜けなら、いっそ全裸にでもなってみるか?」
「だからさ。何でそっちの方に行くんだよ」
「抱きたくなったから」
「やーー……、ストレートにそんなこと言われてもー……」
「じゃあ、どう言えばいいんだよ。ヤらせろ、とか言ったらもっと露骨だぞ。『お手軽』に俺を許して、破壊力抜群の告白なんかしてみせた、お前が悪い」
「一寸待て。したいとかしたくないとか、そーゆーことは一寸こっち置いといてさ。俺達、アレに、血反吐吐く程何度もぶっ飛ばされたんだから、骨に皹とか入ってるかも知れないじゃんか。んなんで致したらヤバいっしょ」
「こうしてたって痛まないんだから、多分平気だ。お前だって、それだけ暴れてられるんだから、平気だろ?」
「………………こ、こーたろーさん。自分にも、俺にも、愛が無いです……」
押し問答は徐々に雲行きが『妖しく』なり、九龍の科白の数々に、少し前から『火を灯されて』いたらしい甲太郎は、いきなり情け容赦無く立ち上がって、ドコリと九龍を床の上に落とすと、「尾てい骨ー!」と喚き出した彼に、白々しいまでに優しく柔らかく伸し掛かった。
「……本気?」
「……本気だ」
「明日の夜に持ち越そう、とかいう気にはならない?」
「明日の夜まで傾れ込む、なら有り得るな」
「その張り切り具合、有り得なくありやせんかい?」
「そうか? 未来も人生も欲しいと思うお前相手だ、それくらいで丁度いいんじゃないか?」
「俺的には、過剰過ぎる気合いな気がするんですが」
「気合い不足よりはいいだろ?」
「……………………有り得ない。こんな甲ちゃん、有り得ない……。甲ちゃんはもっと、怠惰さんだった筈なのに……」
「後ろ向きなこと言ったら、ぶん殴るっつったのはお前だぞ」
「や、やー……。俺が言った後ろ向きとか前向きってぇのは、そういう意味でなくてー。……………………そりゃ、さ。そりゃ、本音言っちゃえば、俺だってしたいわい。あんな戦いしてさ、それでも何とかこうして生きててさ、甲ちゃんと未来の話まで出来ててさ、そっちにも傾れ込めたらハッピーだ! とか思うわい! 俺だって、健全健康な高校男児だっ!」
「だってなら、何処にも問題は無いだろう? ────……ったく、どうしてこういうことになると、お前の口は何時もの倍廻って、ぎゃあすか喚きやがるんだ? 異存ないなら、そろそろ、その喧しい口を塞げ」
「…………塞げと言うなら塞ぎましょうぞ。……ああ、塞いだる! 望み通りにしたる! 挑んで来いっ!」
「…………………………お前、本当に、馬鹿だ……。……お前がその気なら、きっっっっっ……ちり、挑んでやる」
伸し掛かり、伸し掛かられ、とした後も、押し問答は長々と続き。
はあ……、と心底げんなりしている風な溜息を零しつつも、甲太郎は、くい……っと九龍の頤に指を引っ掛け、弾くように持ち上げて、言葉通り、挑む風に、噛み付く風に、キスをした。