「むあ」
「…………むあ?」
戯れ言のような、可愛らしいキスから始めたのに、間抜け且つ意味不明な声を洩らされて、勢い、僅か九龍から身を離し、甲太郎は訝し気な顔を作った。
「湿布臭い、と思ってさー」
「……誰の所為だ」
「甲ちゃんの所為」
「盛大且つご丁寧に、二発もぶん殴ったのはお前の方だろうが」
「原因作ったのは甲ちゃん」
「それは……まあ、そうだが……。…………よく、歯が折れずに済んだもんだ……」
「俺じゃ、幾ら何でも、素手でそこまでは。兄さん達にぶん殴られたんなら、歯ぐらい楽勝っつーか、歯じゃ済まないと思うけどさ」
「身の毛がよだつようなことを言うな……。只でさえ俺は、京一さんに刀の切っ先突き付けられて、説教喰らったんだ」
「ほーーーお。……じゃあ、後は龍麻さんだなー」
「だから…………。……言うなっつってんだろ。冗談じゃない、あんな強烈な一発、喰らって堪るか。……まあ、お前の一発も、強烈だったけどな。魂まで揺さぶられるような……。………………って、おい、九ちゃん。何で、この姿勢になってまで、こんな話をしてるんだ、俺達は」
「さあ? …………あー、そりゃそうと、こーたろさん。ベッド行かない? 床だと背中が痛い」
抱き合って、キスまで交わしたのに、九龍の『馬鹿』の所為で、彼等は又、今語らずともいいだろう? なことを暫し喋り合って、はたっと我に返った甲太郎は、渋々立ち上がると、手を引き九龍を起こし、抱き抱え、ゼロ距離の位置のベッドに叩き落とした。
「……愛が無いです、甲太郎さん…………」
「お前に色気が無さ過ぎるからだ」
「色気が無いのなんか、お互い様じゃんか。俺だけの所為じゃないっ! ……大体さー、色気なんて、どうやったら生まれるんだよ……。俺、判んないよ」
「そうか、判らないか。じゃあ、教えてやる。お前から色気が生まれるようになる、最も手っ取り早い方法は、黙ることだ。理解出来たんなら従え」
弾む程の勢いで落とされ、バウンドするベッドの上で、九龍はヨヨヨ……、と恒例の泣き真似を始め、フン、と呆れながら鼻を鳴らした甲太郎は、そこに愛情が存在しているとは到底思えぬ手付きで、ムンズ、と九龍の短パンを下着毎剥ぎ取った。
「うわっっ! こーたろさん、何をご無体なーー!」
「だからっ! 黙れっつってんだろうが、この底無し馬鹿っ!」
そのまま彼は、尚もうるさい九龍を一喝すると、又、無理矢理膝の上に抱き上げて、強引に唇を重ねた。
声も、息も、全て奪い取ってしまえば、少なくともこいつは黙る……、などという、艶のないことを思いながら。
確かに、今、こうしたいのだし、とも思いながら。
膝の上で、拘束せんばかりに、九龍の背が撓る程きつく抱き締め、ぴちゃぴちゃと音させながら舌を絡め合い、唇を吸い上げれば、ぎゃんぎゃんと騒ぎ続けた割には九龍も素直に求め始めて、甲太郎の首に左腕を絡めつつ、右手で、お前も脱げ、と催促しているように、スウェットを引っ張り出した。
けれども甲太郎は、布地を引く手を掬い上げ、己が背に廻させ、酷く急く風に九龍を愛し始める。
傾けた九龍の躰を支えて、ひたすらに、沢山……本当に沢山、愛した痕を残し、縋って来る彼の指が、もどかしそうに、何かに耐えているように、己の癖の強い焦げ茶の髪を掻き回す感触に少しばかり身を震わせながら、やっと洩れ始めた艶の乗った声に、うっとりと、甲太郎は耳を貸した。
「……甲ちゃん……も、脱げ……。馬鹿……っ」
「後でな」
「…………ヤ、だ。……今、脱げ……っ!」
「……はいはい」
だが、直ぐにも啼き始めると思えた声は、命令口調の言葉になって。
まあ、こういうのもこいつか、と苦笑しつつ、ひと度、ぽい、と九龍を布団の上に転がして、甲太郎はこれ見よがしに、恋人と同じ、一糸纏わぬ姿になった。
「あ、のさ……甲ちゃ……ん……」
────少しでも触れ合っていたい、との想いの表れなのか、押し潰す程の勢いで伸し掛かられ、脚を絡められ、そうされた途端ぶつかり合った、己の、呆気無く擡げてしまったモノと、彼の擡げたモノを一纏めに握り込まれ、カッと、性急に躰の芯に火を灯してしまった九龍は、酷く切羽詰まった声で、甲太郎を呼んだ。
「ん?」
「………………そ、の……っ。……………………です」
「……お前……、今、何つった……?」
「だから……っ。……っっ、甲ちゃんが欲しいですっ。何度も言わせんな、アホーー……っ」
「そんなこと言ったって、お前……未だ慣──」
「──いいっての! いいからっ! 兎に角そうして欲しいんだってばっっ」
「…………知らないぞ、後悔しても」
何がどうなろうと構わないから、今直ぐ欲しい。──と、叫ぶようにねだって来た彼へ、甲太郎は眉間に少しばかり皺寄せ、困惑しつつ彼を見下ろしたけれど、彼の願いは変わらなくて。
ちらりと床へと目を走らせ、身を乗り出し腕を伸ばし、散らばる治療道具の中から傷手当の為の軟膏を拾い上げると、少々荒っぽく最奥へと続くそこへ塗り付け、九龍の髪を幾度も幾度も撫でてやりながら、甲太郎は、一息に彼を貫いた。
けれど、十日程前に初めて身を繋げたきりの、解されてもいないそこは酷くきつくて、まるで、破瓜の時のようで。
「い……ったい……っ! 痛……っ」
「…………っ……っっ。……だから、言っ──」
「──でも……いいんだってば……っ。止め……ようとすんな、馬鹿……っ」
痛みと衝撃に九龍は悲鳴を上げ、甲太郎も余りの狭さに息を詰め、だと言うのに、生理的な涙を零しながらも、止まってしまった蠢きに、九龍は悪態を吐いた。
「お前……っ。……本当に、どうなっても知らねえぞ……っ」
何故、痛みに耐えてまで、こんな風に……、と思わなくはなかったものの、泣き顔と、切羽詰まった声とに加虐心を煽られ、甲太郎は、九龍の腰を掬い上げ、勢い良く抱き抱えた。
そうしてやれば、飲み込み切れなかった『欲』の全てを、自身の身の重みの所為で、九龍は飲み込まざるを得なくなって。
「う、あ、あああああっ!」
一際高い悲鳴が、彼の喉から迸った。
悲鳴と共に伸ばされた腕は、甲太郎の背に強く爪を立て、耐えようと、唯ひたすらに耐えようと、肌を掻き毟る風に爪先は足掻き。
「九龍……? 何で……」
甘美な心地しか齎さない痛みに、ゾクリと背筋を震わせながら、甲太郎は訝し気に眉根を寄せた。
「……っ……だって……さっ……。だってっっ。甲ちゃんが……生きてるって思えるんだよ……っ!」
「…………九龍……。お前……」
「生きてる……。甲ちゃん、が……ちゃんと……生きてて……、生きて……俺のこと……っ! 甲ちゃん……。甲ちゃん……っっ」
────思わず、の問いに返されたのは、どれだけ言葉を重ね合っても、未来を語り合っても、九龍の中から消え去らなかった『傷』で、他の誰でもない、己が、それを彼の中に残してしまったのだと思い知らされた甲太郎は、そうっと、柔らかく、けれどきつく、彼を抱き締めた。
「……九龍…………。すまなかった。許してくれ……。もう、二度と、絶対に、あんな馬鹿なことはしないから……」
「…………甲ちゃん……の御免、なんか……、もう、聞きたくないって……言った……っっ」
「………………。……九龍? 俺は……、俺はちゃんと、生きてるだろう? ちゃんと、お前の傍にいるだろう? もう、大丈夫だから……」
「うん……。うん……っっ。……判ってる……けど……っ。判ってるんだけど……っ! ……でも、確かめたいん、だよ……っ。甲ちゃんが、生きてる、って……っっ。だから……甲ちゃ……。動い……っ。んんんっっ!」
抱き締められても、宥められても、『確かに生きている証を寄越せ』と、九龍は甲太郎に泣いて縋って、自ら腰を蠢かせた。
「……ああ。望み通り、嫌って程、判らせてやる」
ひたすらに縋って来る彼の両肩を強く掴んで、嫌々と首を振る躰を無理矢理引き剥がし、身を結び合ったまま乱暴に背を横たえ、甲太郎は、優しく彼の耳許で囁くと、残酷なまでの荒々しさで、彼の奥を、幾度も幾度も、貫いて。