息を詰め、声を詰め、縺れ合いながら、一心に愛を交わし合って……不意に。

甲太郎は、ぬるりとした生暖かいモノが、己達の間を伝うのに気付いた。

それに、愛欲が齎しているとは思えぬ何かを感じ、九龍の腿を撫で上げてみたら、指先に鮮血が乗った。

「おいっ、九──

──……そんな、の……気にしな……くて、いい、から……っ」

『確かに生きている証』、その為に、乱暴な抱かれ方を敢えて望んだ九龍の最奥への入口が、血を滴らせる程裂けてしまっていると気付いて、彼は慌てて躰を離そうとしたが、九龍はそれを許さなかった。

甲太郎の背に廻した腕に必死の力を籠めて、蠢きに揺すられるままだった脚を甲太郎に絡めて、深い接吻くちづけを求めた。

「甲ちゃん……っ。甲ちゃん……っっ」

「九龍……」

「……甲……ちゃん、が、してくれない……んなら……、押し倒……して、自分で……頑張ってやる……かんな……っ!」

「…………出来るかどうか怪しいことを、勢いで言ってんな、馬鹿」

腕に応え、接吻に応え、虚勢に呆れを返し、でも。

求められるまま、九龍の快楽を抉るように強く蠢きながらも甲太郎は、胸が締め付けられるような想いに駆られ、己の目の前が、淡い涙で霞んでゆくのを知った。

──己は一体、あの刹那、どれ程九龍を嘆かせたのだろう。どれ程苦しめたのだろう。そして、どれ程怯えさせたのだろう……、と、改めて振り返らずにはいられなくて。

己の愚かさと罪深さを、心底思い知らされて。

…………なのに……、嘆き苦しんで、怯えただろうに、どうしようもなく愚かで罪深い己を、九龍は『お手軽』に許してくれて、家族のような存在なのだと言って退けてくれて、求めてもくれて。

『確かに生きている証』を寄越せと言う。自身を傷付けてまでも。

「……九龍……っっ」

だから、甲太郎には、九龍が求める通りに彼を抱くことしか出来なかった。

それ以外に術はなかった。

啼く彼を、涙滲ませつつ抱いて、快楽を引き摺り出して、快楽の淵に叩き落として、彼を果てさせてやることしか。

きくつきつく、抱き締めながら。

「甲ちゃん……っ。……あっ……っっ」

「……俺、は……、生きてる、だろう……? 傍に、いる……だろう……?」

「うん……っ! 甲ちゃ……、俺……も、駄目……っ……」

「…………ああ」

「……イって……いい……?」

「……ああ。お前の思う通りに……。何だって……、何だって、お前の望むモノを、望む通りにくれてやるから……っっ」

────九龍が求めているモノを、本当に与えてやれているのか、甲太郎は不安で仕方無かったけれど。

やがて、九龍は限界を訴えて来た。

眦に浮かぶ涙の粒へと伸ばして来た彼の手を取った甲太郎が、微かに微笑んでやれば。

「甲……ちゃん…………」

酷く穏やかに、花のような笑みを浮かべて、共に達した甲太郎の熱をその身の内に受け止めながら、九龍はゆっくりと、幸せそうに瞼を閉じた。

相変わらず辺りは静かで、ぼんやりと目は覚めたものの、今が一体何時なのか、朝なのか昼なのか夜なのか、さっぱり九龍には判らなかった。

唯、知らぬ間に眠ってしまったか、意識を飛ばしてしまったかした己を、しっかりと抱き締めたまま眠っている甲太郎の面が、直ぐそこにある、というのが判るだけで。

「……そうだ、終業式…………。折角だから、間に合うなら、出なきゃ……」

安らかに、静かな寝息を立てて眠る甲太郎の顔を眺め、幸せだな……、と小さく笑ってから、カーテンの隙間より洩れる光を見遣った九龍は、未だ午前中かも知れないと、もそもそ、恋人の腕の中から抜け出そうとした。

「………………ん……。九ちゃん……? もう少し寝てろ……」

存外に強い力で絡んでいる甲太郎の腕を、何とかして剥がそうと、少々乱暴に体を捻った所為か、甲太郎も目を覚まし、何処へ行く、と抜け出し掛けた九龍の腰に手を滑らせ。

「おはよー、甲ちゃん。起きようよ。終業式に…………──。……!!!」

ペイ、と色気のあり過ぎる動きをした彼の掌を振り払い、勢い良く起き上がった九龍は、途端、シーツに轟沈した。

「おい? 九ちゃん?」

「………………こ……こ……甲、ちゃ、ん…………っ!」

「何だよ。どうしたんだよ」

「……痛い……! 痛い! すんげー痛い! 泣きそうなくらい痛いっ!!」

「痛い? 何処……。…………ああ……。だが、痛い、と言われてもな…………。……九ちゃん、どうしたい?」

ベショリと布地の上に沈むや否や、ジタバタ、器用に上半身のみで暴れて、ぴーぎゃー、痛いの何のと訴え出した九龍の言わんとすることを察し、だからと言って……、と甲太郎は、少々無慈悲に告げる。

「どうしたい、って……?」

「だから。少ないなりに、取れる選択は幾つかある。恥を忍んでカウンセラーに相談するか、やっぱり恥を忍んで京一さん達に相談するか、何処までも恥を忍んで桜ヶ丘中央病院とやらに行くか。……九ちゃん、お前はどれがいい?」

「………………どれもヤだ……」

「……治らないぞ? 便所にも難儀するぞ? お前、快食快便だろう?」

「でもヤだ! そんな恥、俺は掻きたくないーーーー!!」

「…………却下だ。──流石にお前も、女相手に事情説明をするのは嫌だろうから? 選択肢は一つだな。……ほら、九ちゃん。何とか頑張れ。警備員マンションまで行くぞ」

「………………甲ちゃんの、鬼ーーーーーーっ!!!!」

あっさりと、誰かに何とかして貰うしか術はないと、受け止めたくない現実を突き付けられ、九龍は泣きべそを掻いたが、訴えの一切を無視し、甲太郎は手付きだけは慎重に、恋人の躰を労りながらも、情け容赦無くベッドから引き摺り下ろした。

「うぇぇぇぇぇ…………。夕べの自分を、心の底から呪いたい……。後先考えるんだった……」

「後悔しても知らないと、俺は言った」

「言われなくったって、覚えてるやい……。ちくしょー……」

コロリと床に転がされ、何とか辿り着いたクローゼットから予備の制服を引き摺り出して、ひいひい言いながら着込み、自室にて支度を整えて来た甲太郎に付き添われつつ、普段の三分の一程度のスピードで、九龍は、京一と龍麻の部屋を目指し出した。

男子寮の正面玄関ロビーに掲げられていた時計が指していた、午前十時半過ぎ、との時刻が示す通り、東西の中央歩道にも、南北の中央歩道にも、彼等二人以外に人影はなく。

朝まで降り続いたらしいイヴの夜の雪に、その殆どを白く塗り替えられた学内を這々の態で九龍は進んで、何とか辿り着いた警備員用マンション三階にある、例の一室のドア前に立った……が。

「……やっぱりさ、止めない?」

「駄目だ」

往生際悪く、引き返そう、と九龍は甲太郎を上目遣いで見て、でも。

そんな訴えに貸す耳はない、と甲太郎は無情にも、眼前の扉のインターフォンを押した。