ほんの少しばかり目許に疲れを乗せながら眠る龍麻の面が、目覚めた京一の瞳の中に、最初に飛び込んで来た。

「……ひーちゃん」

来月には二人揃って、同じ日に、そろそろ落ち着き始めてもいい頃、な年齢である二十四になるというのに、夕べは張り切り過ぎたかも、と若干苦笑しつつ、彼は、恋人、と言える関係に漸く辿り着けた龍麻の名を呼びながら、改めて、その腕に抱いた。

「んー……。京一……?」

「おう。おはようさん」

「…………おはよう、じゃないって……。夕べの恨み、俺が忘れたなんて思ってないよね?」

「恨み? そんなん、俺には心当たりねえぞ? 愛のひと時、なら覚えあるけどなー」

呼ぶ声と腕に応えて、ゆっくりと瞼を開き、にこり、幸せそうに微笑んだ直後、龍麻は眦を吊り上げながら、言葉で以て京一に噛み付き出し、が、当の京一は、どうしようもなく不敵に笑いながら、しれっと言い放った。

「お前ね……」

「何だよ。ひーちゃんだって、盛り上がってたじゃん」

「……そりゃ、まあ…………。否定はしないけどさ……。けどさ! 限度ってものがあるだろうがぁぁっ!」

「ねえよ、んなもの。愛の前に限度なんざねえ」

「………………京一。起き抜けだけど、殴っていい?」

「お・こ・と・わ・り」

これっぽっちも悪びれぬ態度に、龍麻は、にこーー……と笑みつつ握り拳を固め。

京一も、にこーー……と笑い返しながら、暴力的な手を取って、思い切り抱き締め。

「反省する気、ないんだ?」

「何で、反省なんかしなくちゃならねえんだよ。夕べは、この間みたいに、つい調子こいたんじゃなくって、判ってて調子こいたんだ」

「ふーん……。……判った、じゃあ、実力行使で話を付けようか」

「それも、断る。──…………ひーちゃん。……龍麻」

この馬鹿は、生半可なことでは反省の欠片も見せないと、改めて龍麻は京一をぶん殴ろうとしたが、彼を抱く京一の腕には、益々力が籠められた。

「あのね……」

「……龍麻。俺、お前のことが好きだ。すっげー好き。何で、もっと早く気付けなかったんだって、自分で自分をぶん殴りてぇよ。…………良かった……」

「……京一?」

「お前のことが好きだって、愛してるんだって、気付けて良かった……。……御免な? 本当に、本当に……随分と待たせて、泣かせて、御免な……?」

「京一…………」

「もう、泣かせねえから。俺はこれからも、お前のこと困らせたり、怒らせたりって、しちまうんだろうけどよ。でも、これまでみたいなことでは、絶対に泣かせねえから。……今までが今までだから、今直ぐ信じてくれなんて、調子のいいことは言えねえけど……でも、本当にそう思ってっから。ずっとずっと、一緒にいような、ひーちゃん……」

「………………うん。ずっとずっと、一緒にいよう、京一」

呆れさせることばかりを言っていた筈なのに、何時の間にか、京一の声にも言葉にも、真剣味と真実味が増し始めて、え……? と龍麻が首を傾げる間に、それは誓いの声と言葉になって、だから龍麻は、覚えていた怒りも呆れも静かに消し、抱き締めて来る彼の背に、両腕を廻した。

好きだと、愛していると、ずっと一緒にいようと、そんな風に言葉を紡ぐ京一が、泣いているように思えて。

泣く程の想いで、この約二年を後悔し、泣く程の想いで、愛していると言ってくれているような気がして。

「……ひーちゃん」

抱擁に抱擁を返せば、伏せ目がちだった京一の瞳が、優しく、嬉しそうに細められ、夕べも交わした、『始まり』の如くなキスが降って来たけれど、龍麻は何も言わず、このまま己が何処に流されて行くのか判っていて、キスを受け入れ。

「ん……、京一…………」

「龍麻……」

彼等の、絡み付く腕も、キスも、深さを増して行ったけれど。

「………………ん?」

「………………あ」

「……鳴ってる……か?」

「……鳴ってる、ね」

その時、計ったように玄関のチャイムが鳴り響き、苦笑するしかないタイミングだと、苦笑いしながら彼等はベッドより抜け出し。

「悩み多き若造共のご登場か」

「ぼやかない、ぼやかない。青少年の悩みに答えるのも、年上の役目」

京一は、シャツに袖を通しながら玄関へ、龍麻も、着替えながらキッチンへ、それぞれ向かった。

「おはよーございまーす……」

「悪い、邪魔する」

予想と、玄関に向かいながら探った氣が示した通り、『ひと時』を中断させてくれた訪問者は、九龍と甲太郎だった。

「よう。どうした?」

実際大騒ぎだったし、彼等二人の関係の上でも大騒ぎだったろう夜を越えても、九龍と甲太郎が仲良く訪れたことに笑みつつ、京一は彼等を出迎えた。

「いやー、そのー……。あーーのですね……。お疲れの処、午前中から、ほんとーーーーー……に、御免なさいって思うんですがー……」

「気にすんな、んなこと。お前等の方が疲れてんじゃねえの? ……で? 何の用だ? 何か遭ったのか?」

「……あー……。遭った、と言うかー。遭ったと言えば遭ったんですがー。なかったと言えばなかったようなー……」

「……はあ?」

「…………九ちゃん。もういいから、お前は一寸黙ってろ。──京一さん。頼みがあるんだ」

上がれ、と言われたのに、三和土の隅の方に立ち尽くし、ぶつぶつごにょごにょ、俯いたまま九龍は意味の通らぬことを言って、ひたすらに往生際の悪い彼と、眉間に皺を寄せた京一とを見比べ、埒が明かないと、甲太郎はさっさと話を進めた。

「頼み?」

「おはよう、二人共。昨日はお疲れ様。……処で、頼みって?」

すれば、京一も、向かったダイニングでコーヒーを淹れつつ彼等を出迎えた龍麻も、きょとん、と首を傾げ。

「九ちゃんが、怪我をしてるんだ。一寸、きわどい場所に拵えたらしくて、カウンセラーには診せたくないと言って聞かないから、すまないんだが、治癒してやって貰えないかと思って」

最も穏便と思える言い回しで、甲太郎は事情を説明した。

「ああ、そうなんだ。いいよ。そんなこと、お安い御用。一寸待ってて、魯班尺取って来るから。俺、あれないと自分以外に治癒罹らないんだよねー」

それを受け、言葉通りに解釈した龍麻は、何だ、と笑いながら寝室へと向かい。

何を察したのか京一は、無言のまま、ニタァ……と、甲太郎だけに、腰掛けた椅子より視線を送った。