そろそろ頃合いだから、序でに昼飯を食って行け、と青年達に引き止められるまま、相変わらずの、男所帯そのものな食事に相伴して、『明日の約束』を有無を言わさず取り付けられ、阿門への伝言も押し付けられ、とした九龍と甲太郎が、京一と龍麻の部屋を後にしたのは、午後一時を少しばかり過ぎた頃だった。

「ちゃんとお礼言えたし、甲ちゃんも、龍麻さんに、たっ……ぷし小言喰らったし」

「…………言うな。思い出したくもない」

「あはははー。……いやー、きつかったやねえ、龍麻さんのお小言。京一さんが言ってたみたいに、ホントに怒ると怖いの、龍麻さんの方だったんだなあ。一寸意外」

「だから、言うなっつってんだろうが。……口は悪いは、手は出るは……」

「いいじゃんか。それだけで終わったんだしさ。二人共、もうこれ以上は言わない、って言ってたし。何も彼も元通りって奴だよ、甲ちゃん。有り難いと思わなきゃ」

「……まあな」

昨日までよりは遥かに暖かい冬の陽射しに覆われた午前中を過ぎても、しっかりと残っている校庭の雪を眺めながら、結局、自分達はサボる形になってしまった終業式とホームルームを終え、校舎から出て来た生徒達が、勇むように寮へと戻って行くのを遠目に見送りつつ、のんびり、九龍と甲太郎は歩を進めた。

「明日からは冬休み、か……。……皆、どうするのかな」

「皆?」

「バディの皆。明日香ちゃんとか鎌治とかさ。休みに入る前に、あそこの決着付いちゃったから、実家帰るかも知れないっしょ? …………皆が家に戻るんだったら、その前に、せめて、御免なさいくらいは言わなきゃな……」

波の如く、寮を目指して進む黒い制服の一団へ、ひたすら視線を送り、ぽつっと九龍は言い出して。

「あのな、九ちゃん」

又始まった、と呆れ顔で甲太郎は肩を竦めた。

「何?」

「止めとけ」

「……何でさ。…………そりゃ、御免なさいくらい言わないと、ってのも、俺の自己満足かも知れないけどさ……」

「…………お前な──

──あーーーーっ!! こんな所にいたっ! こーーーのサボり魔ーーーっ!! 終業式くらい出なきゃ駄目じゃないかーーーっ!」

少しばかり思い詰めた顔で、皆に……、と言う九龍を諭してみようかと、甲太郎が何やら言い掛けたら、中庭の方から、物凄い勢いで駆け寄って来た女子──明日香に、彼の声は遮られ、二人が何かを言う前に、彼女の説教は始まる。

「あ、明日香ちゃん」

「んもー! 駄目だよ、九チャンも皆守クンも! 二人共夕べは大変だったよねー、って思って、疲れて寝てるならサボりも仕方無いかなー、とか思ってたのに! 何でこんな所にいるのよっ。あれでしょっ。警備員のお兄さん達の所で遊んでたんでしょっ! 遊んでる暇と元気があるのに、何で出ないの、終業式っ!」

「え? いや、その。別に遊んでたっていう訳でもー……」

「じゃあ、何してたのっ!」

「……何だっていいだろうが、うるせぇ女だな」

「どうして、そういう言い方ばっかりするの、皆守クンはっ! サボった方が悪いんでしょっ! ひな先生だって皆だって、心配してたんだからねっ!」

「まあまあ、八千穂さん。終業式は終わってしまったんですから、言ってみても。お二人が元気だって判っただけでも、良かったじゃないですか」

「そうね。言ってみても、疲れるだけよ?」

「九サマがお元気なら、リカはそれだけでいいですのぉ」

駆け付けるや否や、ぎゃあぎゃあと始まった明日香の説教に、九龍は誤摩化し笑いを浮かべ、甲太郎は顔を顰め、うるさい、と明後日の方を向き。

何、その態度! と更に彼女がエキサイトした処に、月魅や咲重やリカもやって来た。

「お、皆。やっほー」

「……又、うるさいのが……」

居並んだ女子の一団に、へらっと九龍は手を振り、甲太郎は逃走を計ろうとしたが。

「あっ! ダーリンーーーーーーっ!」

「師匠!」

「良かったぁ……。元気そうだね、はっちゃんも、皆守君も」

「二人共、夕べはどうしてたんでしゅか?」

少女達の向かう先に、葉佩九龍の影あり、と思ったらしい、朱堂や真理野や取手や肥後も駆け寄って来たので、甲太郎の逃走は阻まれ。

「九龍さん。皆守さん。夕べは、その…………」

「何だ。お前達、こんな所で油を売ってたのか?」

「揃って、雪中訓練でありマスカ?」

「雪、眩シイデス。目ニ痛イデス」

「冬に、きちんと雪が降るというのは、風情ですねえ」

「双樹さんっ。神鳳さんっ! 阿門さんが呼んでるってのに、あんた等、こんな所で何やってるんすかっ! 俺の手間、増やさないで下さいよっ!」

「い、夷澤君……っ。そんな、先輩に向かって怒鳴っちゃ駄目だよ……」

チッ……っと、逃走に失敗した彼が盛大な舌打ちをした処に、ひょっこり、幽花、夕薙、墨木、トト、神鳳、夷澤、響、も顔を出した。

「ありゃま。殆ど皆、揃っちゃった。………………もしかして、俺と甲ちゃんが終業式に出なかったの、皆にすんごく心配掛けた……?」

阿門と瑞麗と奈々子を除く、よく知る者達にずらりと囲まれて、ひょっとして、と九龍は思案気な顔になり。

「決まってるじゃない! 双樹サンが《力》使ってくれたから、あたし達以外夕べのこと知らないけど、昨日はあんなに大変なことがあったんだよっ!」

再び、明日香は声を張り上げた。

「うわああ……。御免っ! 一寸、抜き差しならない用があって! わざとサボった訳じゃないんだ、勘弁して、明日香ちゃんっ! 心から反省してるからっ! ──って、ああ、そりゃそうと」

「何? 九チャン」

「未だ、一応でしかなくって、俺は未だ未だ、しなくちゃならないこと沢山あるんだけど。一応、夕べのアレで、遺跡の方の片は付いたんで。……えっと、その……、皆、今までどうも有り難うっ! それから、それから、うんと…………あー…………、色々、御免……」

だから、騒ぎ立てる彼女に慌てて九龍は言い訳をして、「甲ちゃんは気に喰わないだろうけど、これだけは皆に言わなきゃ」と、ぺこり、彼は仲間達へ向かって頭を下げた。

「へっ? 何で?」

「何で、九龍さんが?」

「どうして、ダーリンが謝るの?」

「そうでしゅよ。九龍くんは、そんなこと言わなくてもいいんでしゅ」

────だが。

皆は口々に、『有り難う』は兎も角、『御免』の意味が判らない、と言った。

「ええっと、その……。だから、何て言うか………………。皆のこと、振り回しちゃったりしたし……、迷惑とか掛けちゃったりもしたと思うし、俺なんかと関わった所為で、色々、大変だったかな、とか……」

「うわっ! 九チャンってば、そんなこと気にしてたのっ!?」

故に、九龍の風情は少々俯き加減となって、声音も、落ち込み気味になったけれど。

仲間達の気持ちを代弁するように、明日香は高く叫んで、明るい笑い声を立てた。