「明日香ちゃん?」

「何で、九チャンがそんな風に思っちゃったのか判らないけど、九チャンに迷惑掛けられた覚えなんてないし、少なくともあたしは楽しかったし、冒険とかもさせて貰えたし、思わされたこととか、考えさせられたこととかも、一杯一杯あったんだよ? ……それにね、九チャン」

「……うん」

「九チャンは、自分なんかが、なんて言ったけど、そんな風に言っちゃ駄目だよ。九チャンは、あたし達の宝探し屋なんだから。九チャンは、皆の大切な物を沢山沢山見付けてくれて、あたし達も、この学園も、変えてくれたし救ってくれたんだよ。だから、九チャンが、御免なさい、なんて言う必要無いの! ねえ? 皆だって、そう思ってるよね!」

笑いながら、九龍を嗜める風に告げた明日香は、くるり、仲間達を振り返り。

「そうですよ。九龍君、君は、この学園の真実を見付け出して、僕達皆を、救ってくれたんです」

「《墓》──遺跡まで解放したってのに、随分と、小心なこと言うんすね、先輩」

「貴方の望んだ通り、『想いの墓場』は、只の遺跡に戻ったじゃない。貴方のお陰で」

かつて、カッコ付きの生徒会役員だった三人は、彼女の弁に、深く頷いた。

「明日香ちゃん……。皆……。……えっと……。えっと! その……っ!」

明日香や、元・役員達だけでなく、他の者達にも様々、似たようなことを言われ、パッと、黙りを通していた甲太郎へ向き直ると、九龍は、くしゃり、と顔を歪め、途端、ダッと走り出して、一面雪に覆われた校庭の直中に、一人しゃがみ込んでしまった。

「…………? 皆守君? はっちゃんは……」

「……照れてんだろ。っとに……」

彼の、思い掛けない突然の行動に、何事? と取手は目を瞬かせ、「馬鹿な奴……」と溜息付き付き、甲太郎は一人、踞ってしまった彼の傍らへ寄った。

「九ちゃん。……だから、言ったろ?」

片膝付いてしゃがみ、目を高さを合わせ、覗き込んだ九龍の面は泣きべそを掻いていて。

「うぇぇぇぇぇ……。甲ちゃんーーーーーっ。……俺って、果報者? いいのかなあ……。皆に、あんな風に言って貰っちゃって、いいのかな……」

「八千穂だって、他の連中だって、思ってることを言ってるだけだ。言わせとけ」

足許より掬い上げた雪の塊を、甲太郎は、ベフっと、泣きべそ顔に思い切り押し付けてやった。

「ブッ! な……何すんだ、甲ちゃんっ!」

グリグリと、抉るように顔面に擦り付けられた冷たい雪を、ぎゃあすか喚きながら払って九龍は立ち上がり、甲太郎へと握り拳を固め。

「お前が言い出したことだろ? 積もる程、本当の雪が降ったら、雪合戦するんだ、って。……鬱陶しく踞って照れ隠しして、泣きべそ掻いてるくらいなら、体でも動かして発散したらどうだ? 九ちゃんがそんな風にしてたって、気持ち悪いだけだ」

フン、と甲太郎は、喚き出した彼を鼻で笑った。

「……鬱陶しい……? 気持ち悪い……? …………こんっの……、感動の嵐に打ち震えてる俺のこの姿を、鬱陶しいと気持ち悪いの二言で切って捨てるか、甲ちゃんの馬鹿ーーーーっ! 雪塗れにしてくれるっ!」

「当てられるもんなら当ててみろよ。お前のへなちょこ玉に捕まる程、俺はトロくないぜ?」

──傍目には、『苛め』としか見えない甲太郎の態度であり言葉だったけれど。

彼なりの、酷く捻くれた慰めであり励ましであるそれを、九龍は喚きながら受けて立って、手早く握り固めた雪玉を、ひょいっと立ち上がった甲太郎目掛けてぶん投げ、が、余裕綽々の顔付きで、甲太郎はそれを避けてみせた。

「…………九チャンも皆守クンも、いきなり、何始めたんだろ? 雪合戦かな?」

「何を、子供のようなことを……。大方、葉佩を慰めようとして、碌でもないことを甲太郎が言ったんだろうが……」

「……いいんじゃないかしら。二人共楽しそうだし、ああしていれば、九龍さんが元気になるなら……」

自分達より少しばかり離れた所で、唐突に、どう見ても雪合戦、なことを始めた二人を眺め、三年C組に在籍する三人は、あーらら……、と苦笑し。

「うん、白岐サンの言う通り、楽しそうだよね。……楽しそうだから、あたし達も混ざろう、白岐サン! 夕薙クンも! ──九チャン! あたしもやる! 標的、皆守クンなんでしょ?」

二人共が楽しそうにしているし、九龍が元気を取り戻したならそれでいいかと、「えっ?」と躊躇う幽花の腕を引っ掴んで、『戦い』の場に、明日香は勇んで突っ込んで行った。

幽花を責っ付きながら、九龍と一緒になって、何とか甲太郎に雪玉をヒットさせようと目論む彼女に倣い、何が何やら、とは思うけれど、取り敢えずは混ざっておくかと、他の者達も、雪玉を握り固め始め。

「覚悟しろ、甲ちゃん! 皆、俺の味方だかんなっ!」

「……お前等な……。…………ま、総出で挑んでみた処で、結果は同じだと思うぞ?」

「くっわーー! 可愛くないっ! さっきみたいに、殊勝に『御免なさい』って言うまで、ぜーーーったい止めてやらないっ!」

「その代わり、一発も当てられなかったら、マミーズでカレー奢れよ」

「おうっ! 受けて立っちゃるっ! じゃあ、俺が一発でも当てたら、甲ちゃんのカレーにプリントッピングしてやるっ。野望達成っ!」

「はあ? ふざけるなっ! プリンのトッピングは、カレーに対する冒涜だと何度言えば判るんだ、馬鹿九龍っ!」

────それより暫し。

楽しく罵り合いつつの、雪合戦は続いた。

クリスマスの日の午後、校庭にて繰り広げられた雪合戦の勝者が一体誰だったのかは……まあ、兎も角。

二日後の、十二月二十七日、午前。

生徒会長の彼と、副会長補佐の彼、会計の彼、書記の彼女、それに、元・生徒会執行委員の少年少女達全員が、生徒会室に詰めていた。

二学期が終わり、冬期休暇となっても、彼等は学園に残り、一般生徒も、一般教職員達も知る由のない、遺跡絡みの後始末に追われていた。

龍麻と京一と、彼等の『お声掛かり』の者達の『お節介』があった為、永きに亘り覆い隠されて来た『天香学園の秘密』は、歴史の内側にそっと仕舞われることとなって、が、あの夜、龍麻が阿門に突き付けたように、何一つ知らぬまま学園に集った者達の未来の為、《生徒会》に名を連ねていた彼等がやらなくてはならないことは、山のようにあった。

桜ヶ丘中央病院に今は収容されている、墓地に埋められていた『宝探し屋』達とは『話』を付けなくてはならないし。

三学期が始まるまでには、崩壊してしまった遺跡の後始末の目処も立てなくてはならないし。

その為の調査や工事の手配も山積みになっているし。

一般生徒達や教職員達への『穏便』な事情説明の手配、ガラリと変えざるを得ない生徒会の在り方、それに伴う校則の変更その他。

沢山の……本当に沢山のことの目処、若しくは見通しを、冬休みが終わるまでに、彼等は整えなくてはならなかった。

学内に、教師として、又は職員として職を得ているかつての《生徒会》OB達にはそれなりの通達もされ、それぞれがそれぞれの立場と想いと義務に基づき、『現役』達に協力したが、その程度の人出で、『現役』達の仕事が軽くなる筈も無く。

生徒達が自宅へと帰省して行った二十五日の午後遅くから、生徒会室は、延々、殺気立った修羅場と化していて。