「あーーー、もーーーーっ!」
或る者は黙々と、或る者はブツブツ独り言を零しながら、与えられた仕事をこなして行くしかない、例えるなら、某かの〆切り直前のような雰囲気の中。
捌き切れぬ程の仕事と雑用を抱えさせられた夷澤が、プチっとキレて、雄叫びを上げ出した。
「何なの、夷澤。うるさいわよ。喚いてる暇があるんだったら、手でも動かしなさい」
「双樹さんの言う通りですよ。叫んでいる暇があるんだったら、この発注書の確認でも手伝って下さい」
『修羅場』が始まった日、何とか部屋に詰め込んだ予備の机をバン! と叩きながら叫んだ彼に、咲重と神鳳は、彼を見もせず、無情な一言をくれた。
「違うっすよ! 俺が言いたいのはそういうことじゃないっす! こんっ……なに忙しいってのに、副会長とやらは何処で何してんすかっ! 何で副会長だけサボってられるんすかっ! つか、何処の誰なんすか、副会長ってのは!」
しかし、夷澤は喚き立てることを止めず。
「…………あ、そう言えば……。遺跡が崩壊しても、《生徒会副会長》が誰なのか、結局判らなかったよね」
「そうでしゅねえ……。……でも、今更な気もしましゅよ?」
「副会長殿は、隊長と戦ったんでありマスカ?」
「普通に考えれば、やり合った、と受け取るのが妥当だろうな」
今にも暴れ出しそうな夷澤の喚きに、のほほんと、取手や肥後や墨木や真理野は話し出した。
「九サマは、ご存知なのかしら?」
「さあねえ……。でも、ダーリンなら知ってても不思議じゃないとは思うわ、アタシ」
「我ガ王ニ、聞イテミタイデス、副会長サンノコト」
すれば、リカも朱堂もトトも、確かに、副会長が誰だったのかは気になる、と言い合い出して。
「皆ーー! 差し入れ持って来たよー! お昼だよー!」
「千貫さんと一緒に作ったんですよー。特製サンドイッチとお握りです!」
話半ばで、ドカン! と生徒会室の扉が開け放たれ、明日香と奈々子と、幽花と月魅が、彼等の昼食を差し入れに来た。
「…………お。丁度いいタイミングだったか?」
「夷澤君、何怒ってるの……?」
その後を追うように、何故か窶れた顔色の、夕薙と響もやって来て。
「あ、夕薙クンに、響クン。……どしたの? 二人共、凄く顔色悪いけど」
「それが……。……例の、アルバイト警備員の二人に連れられて、桜ヶ丘中央病院とやらに診察を受けに行って来たんだが……。なあ? 響……」
「…………ええ……。夕薙先輩や、僕の体のこと心配して貰ったのは嬉しいんですけど…………」
「……? 桜ヶ丘中央病院で、何か遭ったの?」
「大したことじゃない。……ああ、大したことじゃないんだ。唯、一寸、院長先生が強烈な人だった、というだけで……」
「強烈、と言うか……。……僕、怖かったです……。食べられるかと思いました…………」
青褪め切っている二人に、明日香は素朴な問いを投げ掛け、桜ヶ丘中央病院での出来事は、出来るなら思い出したくない、と夕薙と響は一層顔を青褪めさせ、霊的治療とやらが出来るらしい病院に行っただけで、何がそんなに、と一同は揃って不思議そうに目を瞬いた。
……尤も。
そんな彼等も、これより数日後、「遺伝子とやらを弄られてるんだから、一度きちんと診て貰え」と、京一や龍麻に追い立てられ、桜ヶ丘中央病院の門を潜る羽目になり、夕薙と響が一体何に怯えたのかを、身を以て知ることとなるのだが。
「そ、それは兎も角。マミーズに行ったら、千貫さんに、こっちで昼食を摂ってくれと言われたんだ。俺達も混ざっていいか? 学内に残ってるのは『関係者』だけだから云々、とも言われて」
「あ、うん! 沢山あるから大丈夫!」
────兎に角、そういう訳で、今は自分達にしか判らない恐怖を思い出しつつの夕薙と響も、生徒会室での昼食に加わることとなり。
「おーーー! 皆、揃ってるねー。忙しい? やっほーー。帝等、元気してるーー?」
「……何だ、この暑苦しい部屋は……」
休憩がてらの昼食を、と人々が手を止めた時、ひょっこり、二日振りに、九龍と甲太郎が彼等の前に姿を見せた。
「お前達か。……済んだのか?」
えっへへー……、と嬉しそうに笑ってみせた九龍と、嫌そうに顔を顰めた甲太郎を、誰が何の騒ぎを始めようとも黙って仕事を進めていた阿門が、ほんの少しだけ表情を崩して出迎えた。
「うん、一通り!」
「……そうか。皆守、お前の方は?」
「まあ、何とか、な。事情を知ってる連中共には、散々嫌味を言われたが、多分、それなりには」
「判った。ご苦労だったな」
「本当の『ご苦労』は、これからだぜ、阿門」
「……そうだな」
『こっちは終わった』と、生徒会室に集った者達の大半に理解出来ない一言を九龍は阿門へと告げ、甲太郎は甲太郎で、二人の関係を知らない少年少女達は首を傾げるしかないやり取りを、『生徒会長』と始め。
「え、ちょ……。一寸。皆守ちゃん……?」
「何で、阿門クンと皆守クンが、そんな風に会話してんの?」
朱堂と明日香が、仲間達の疑問を代弁したけれど。
「神鳳。あの、嫌味ったらしい陰陽師の秘書から、あそこの埋め立て工事の見積書を預かって来た。ボラれてないか計算し直してみてくれ。それと、こっちが守銭奴な骨董品屋からの、遺跡の結界を維持する為の呪物の請求書で、これが、桜ヶ丘中央病院からの書類。……後のは、双樹だな。……双樹、そっちの束は、工事その他の計画書だから、まあ、適当に頼む」
身に突き刺さる視線も掛けられた声も綺麗に無視して、甲太郎は、手にしていた大量の書類入り封筒を、とっとと、神鳳と咲重に振り分けた。
「判りました。……又、随分とありますねえ……」
「仕方無いわ。こういうことも、あたし達の義務なんだから。──夷澤。一寸あんた、手伝いなさい」
渡された封筒の束を、会計殿と書記殿は、極ナチュラルに受け取り。
「何やってんだよ、お前等。とっととしろよ」
「出来れば、急いで貰えるー? 予定詰まってるから」
何で? どうして? これは何? と混乱頻りの彼等を更に置き去りにする風に、全くの部外者である筈の京一と龍麻が、部屋に乗り込んで来た。
「あっ。今行きまーーす!」
「悪い、一寸、渡さなけりゃならない物があって」
「すまないな。そちらには、本当に手間を掛けさせる」
……だのに。
部外者二人が乗り込んで来たのを、九龍も甲太郎も阿門さえも、至極当然のことと受け止め言葉を交わし。
「気にすんなよ、そんなん。──急ぐぞ。俺等、明日の夕方から明々後日までは付き合えねえからな」
「お? 何かあるんですか?」
「うん、芸能人やってる友達の、ライブとコンサートがあるんだ。折角日本にいるんだから顔出せって、チケット送って貰っちゃったから。それと忘年会」
「……あんた達の仲間内は、本当に謎だな……。芸能人までいるのか?」
「おう。そこそこ有名だと思うぜ? CROWってバンドでギタリストやってる雨紋雷人ってのと、舞園さやかちゃんと。モデルやってんのもいるぜー? 藤咲亜里沙っつってなー」
「はあ? 舞園さやか? 嘘だろう?」
「本当だってば。……あ、一寸『変わり種』もいるよ? 来月から番組始まる『コスモレンジャー』の三人とか」
「……………………!! 龍麻さん、それマジですかっ!? サササ、サイン! サイン下さい、サインーーーー! コスモレンジャー!」
「……皆守。コスモレンジャーとは何だ?」
「…………俺に説明させるなよ、そんなこと…………」
「あ、それはそうとさ、帝等。今夜にでももう一遍、遺跡に行ってみようって甲ちゃんと話してたんだ。一つ、最後まで開かなかった扉があったっしょ? あそこら辺の一角、崩れ落ちずに残ったから、折角だから調べてみようかと。付き合ってよ」
「判った。多分、潜れると思うから、俺で良ければ付き合おう」
「って、あー! 遅れるっ! 行くぞ、お前等っ!」
「うわっ。急がないと、御門の機嫌損ねるっ!」
世間話も織り交ぜて、ひと時語らった五人は、少々焦ったような足取りで、生徒会室を出て行った。
「………………ああ、そうでしたね」
──と、何も言わず行ってしまった彼等を、唖然……、と見送るしかなかった少年少女達へ、徐に、神鳳が言った。
「皆さん、知らなかったんですよね。生徒会副会長は、皆守甲太郎君なんですよ。阿門様と皆守君は、友人同士でしてね」
「手が離せなかった阿門様の代理で、手を貸してくれた警備員さん達の知り合いに、挨拶周りしてたのよ。で、今日は阿門様も一緒に、お礼行脚と打ち合わせに行ったの。……判った?」
さらっと、副会長の正体を告げた神鳳の言葉を引き継いで、咲重も又、さらさらっと事情を語り。
「えええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーー!?」
直後。
衝撃の事実を知らされた一同の悲鳴と雄叫びが、生徒会室を揺るがした。