二十七日、深夜。

九龍は、上機嫌だった。

世話になった大人達への『お礼参り』も片付き、この先の現実に関わる細かいことも大凡の目処が立ち、遺跡の調査と『封印』には、瑞麗や、『兄さん達』の友人の壬生紅葉という退魔師や、正体は結局、M+M機関のエージェントだった『宇宙刑事』が内々で手を貸してくれることにもなって、最後の最後まで謎だった、残り一つの扉の探索も、阿門の案内の下、当の阿門と甲太郎という、元・《生徒会》のツートップに付き合わせつつ始めることが出来て。

彼の機嫌が、悪い筈は無かった。

「お疲れ様でーーす!」

──夕べ辺りから、碌に休みもせず、M+M機関独自の調査と『封印』の作業を進めている瑞麗や鴉室や壬生に挨拶をし、正体は、大昔も大昔、遺跡を守る《墓守》達の訓練所もどきとして設えられた部屋だった例の扉の中を調べ、地上へ這い出て来た時も、九龍の足取りは、酷く軽かった。

「浮かれてるな」

「そりゃーもー! ここのことは、ルイ先生達が上手く封印してくれるって太鼓判捺してくれたし、兄さん達も手伝ってくれるみたいだし、訓練所もどきの調査も順調だったし、お宝も沢山だったしさー。甲ちゃんと帝等に付き合って貰えたから、色々ラクチン! だったんだもん、言うことないっしょ」

「俺は……少々、複雑な気分だった。だが……、お前達と、ああいう風に……と言うのも、悪くはなかった。宝探し屋のお前と、肩を並べて遺跡の中を歩く日が来るとは、夢にも思わなかったがな」

「そうっしょ、帝等? ああいうのも悪くないっしょ? なんんだで、二人共燃えてたしー」

「俺は別に、燃えてたって訳じゃない」

「そ? そう言う割には、甲ちゃん、やる気満々だったんでない?」

歩道からの薄明かりが洩れる、墓地の森の小径を、甲太郎を左に、阿門を右に辿りつつ、二人へと、意気揚々、彼は喋り続けて。

「…………っと、あーー。いけね、うっかり忘れてた。ロゼッタに報告書打たなきゃ」

遺跡を解放した日からこっち、ずっとドタバタしていて、一つ、しなくてはならない仕事を忘れていたと、ペロリ舌を出して、九龍は『H.A.N.T』を取り出した。

「忘れるなよ。九ちゃんの本業だろうが」

「うん。そうなんだけどさー。うっかり、って奴。本当は、夕べしようと思ってたんだけど……」

「夕べ、馬鹿な誰かは、出先で買った携帯弄り倒すのに、夢中になってたからな。一緒に買い替えさせた、俺の携帯まで分捕って。……何で、俺まで買い替える羽目になったんだ?」

「いいじゃんか。甲ちゃんとお揃いが良かったんだいっ。──ま、そーゆー訳で。……えーーーっと……。あ、何かメール来てる。…………………………え……?」

端で聞いている阿門は、「惚気か?」と苦笑するしかないやり合いを甲太郎と交わし、丸一日振りに取り出した『H.A.N.T』を歩きながら開いて、届いていたメールに目を通し…………途端、弾んでいた彼の足は、ピタリと止まった。

「何だよ」

「葉佩、どうした?」

「嘘…………。え、そんなことって…………」

「おい? 九ちゃん?」

「葉佩?」

「…………あっ。ああ、御免……。何でもない……。一寸したこと…………」

いきなり、纏っていた雰囲気を塗り替え、立ち止まってしまった彼を、甲太郎も阿門も振り返ったが、九龍は、曖昧な笑みを浮かべるだけで。

「九ちゃん。何か遭ったんだろう? そういう態度を取るなら、きちんと話せ」

こいつは、変な処秘密主義だと、甲太郎は溜息を吐き、白状を促した。

「……そだね。御免……。──報告書送ろうと思ったら、報告書が来ちゃった……」

「報告書? ロゼッタからのか?」

「うん……。天香遺跡の《秘宝》は、無事に奪取された、って……。だからもう、探索は打ち切っていい、って……」

「秘宝……? ここの《秘宝》が? だが、そんな物あそこには──

──俺には見付けられなかったってだけの話なんだよ。俺の知らない他のハンターが、《秘宝》を見付けたってだけのこと。『永遠の命の為の《秘宝》』は、本当にあったってこと。……でも、でも、そんなことは、もう今更どうでも良くって……。……何で? どうして……?」

「何か、納得出来ないことがあるのか?」

少しばかり厳しい眼差しで見下ろされ、ぽつぽつ、立ち止まったまま九龍は事情を語り、甲太郎は、以前、京一や龍麻から聞かされていた『話』を飲み込みつつ、先を促した。

「………………有り得ないんだよ」

「だから、何が」

「ロゼッタに所属してるハンターが、一組以上、チームも組まずに同じ遺跡の探索に当たらせられるなんて、有り得ないんだ……。甲ちゃんに散々付き合って貰った、クエストとかなら兎も角。そりゃ、全く前例がない訳じゃないけど、自分以外のハンターが、同じ遺跡を探索してるって知らされないなんてこと、有り得ない。有り得る訳、ないっ」

「……例えば……、同じ、ロゼッタのハンター同士ってことを知らずに遺跡で鉢合わせたら、同士討ちの可能性があるから、か?」

「うん。ロゼッタのハンターなんて、掃いて捨てる程いる。ハンター全員の顔と名前を覚えるなんて出来っこない。だから俺は、ここに潜入してたもう一人のハンターのことを、知ってなきゃならなかった。知らされてなきゃならなかった。でも、俺は知らなかった。有り得ないことが起こってた。三ヶ月もここにいたのに、延々手違いが続いたなんてことだって有り得ない。有り得ないこと続きで、一歩間違ったら同士討ちだったのに、俺は、『お仲間』と遺跡で鉢合わせることもなかった。同士討ちになる可能性すらなかった。……ってことは、向こうは俺のこと、知ってたってことで。………………ロゼッタは、故意に隠してたんだ……。でも……何でっ…………」

「……落ち着け、九ちゃん。お前の気持ちは判るが……、冷静になってから判断し直した方がいい」

「…………そうだな。皆守の言う通り、少し落ち着いた方がいい。戸惑いや憤りを覚えたまま、判断を下すのは危険だ」

話と説明が進むに連れ、徐々に九龍の声は上ずって行き、戸惑いのような……怒りのような……複雑な何かが、彼の声にも表情にも表れ始め、顔を見合わせた甲太郎と阿門は彼を宥め、一先ずこの森から出ようと、止まってしまっていた歩みを進めさせた。

「……あー。御免な? 甲ちゃんも、帝等も。気遣わせちゃって……。……うん、今晩一晩、考えてみる。もしかしたら、本当に、単なるどうしようもない行き違いなのかも知れないし。三ヶ月経っても、《秘宝》に関する報告、俺が出来なかったから、最近になって、誰か派遣されたのかも知れないし。だから……、報告とか間に合わなかっただけかもだし……」

揃いも揃って口調は淡々としていたけれど、二人共に、己を宥め、落ち着かせる為の言葉を告げてくれているのだと、九龍は無理矢理、頬に笑みを刷き。

「ああ。ロゼッタも、大概間の抜けてる団体のようだからな。何かの手違いってこともあるだろうさ。──九ちゃん。何か、暖かい物でも飲んでから帰ろう」

「お。賛成ー。流石に、体冷えちゃってさー」

「ならば、厳十朗の所にでも行くか? 望みの物を、振る舞ってくれるだろう。無論、酒以外で」

甲太郎も阿門も、その不器用過ぎる笑みに釣られた振りをして。

三人はそのまま、バー・九龍へと向かった。