十二月三十一日 金曜。

大晦日。

二十八、二十九、三十と、宣言していた通り、芸能人をしている友人達のコンサートやライブや、仲間内の忘年会参加、と飛び回っていた龍麻と京一を九龍と甲太郎が捕まえられたのは、二〇〇四年が終わる日の、午後早くだった。

どうせ、徹夜で呑んでいたのだろうと踏んだ通り、昼食を摂ってから青年達の部屋へ少年達が押し掛ければ、少々げっそりした顔色で、酒の残り香をプンプンさせながら、ヨロヨロしつつ青年達は出迎えてくれて。

「二日酔いですか?」

「そういう訳じゃねえんだけどよ…………」

ゾンビのよーだ、と率直過ぎる感想は一応胸に秘め、具合を尋ねた九龍に、京一は、ダイニングテーブルに上半身を預けながら、ブチブチ言い始める。

「一寸ねー……。吊るし上げられてねぇぇぇ……」

パジャマ姿のまま、屍と化す京一の傍らで、やはりパジャマ姿の龍麻も、水以外飲みたくもないし見たくもないと、ペットボトルを抱えながら、酷く遠い目をした。

「吊るし上げ? 二人して、何かやらかしたのか?」

ぐいっと龍麻に押し付けられた、コーヒーメーカーや豆の入った缶やカップを、そのまま九龍の方へとスライドさせ、甲太郎は首を傾げる。

「劉──弦月のヤローが、連中に口割ってやがったんだよ、ひーちゃんの『龍脈アレルギー』のこと……。連中、素知らぬ顔して、手ぐすね引いて待ってやがったんだ……」

「だから、何で今まで二年近くも、そのこと黙ってたんだって、女性陣が帰った後、ムサい男共に囲まれて、延々説教喰らっちゃって……。……ああーー、思い出したくないーー。悪夢だぁぁぁ……」

「それは、又……。御愁傷様でした……。ハハハハハ……」

あ、俺に淹れろと仰る? ──と、スライドして来た道具でコーヒーの支度をしつつ、聞かされた事情に、九龍は乾いた笑いを浮かべた。

「そりゃーよー、黙り決め込んでた俺等が悪いのかも知んねえけどよー……。水臭いと言われようがどうしようが、連中には迷惑掛けたくなくてよー……。だから黙ってたってのに、弦月のヤロー……」

「有り難いんだけどさー。有り難い説教で、お小言だって、判ってるんだけど……。皆には感謝してるんだけど……。……強烈だったんだ、うん……。凄まじかったんだ…………」

「醍醐には頭引っ叩かれて、紫暮には延々正座させられて。諸羽は泣き落としに掛かりやがるし……。御門にも如月にも壬生にも村雨にも、一晩中嫌味垂れられたしよー……」

「弦月は知らんぷり決め込むし、紅井や黒崎にはひたすら熱い漢の道とかに付いて聞かされたし、雨紋やアランはサラウンドで怒鳴るし……。……悪夢だった。ホントーー……に、悪夢だった……」

「…………自業自得だな。有り難い、熱い友情に基づく説教だと判っちゃいるんだ、大人しく受け止めたらどうなんだ? 往生際の悪い」

それでも、『ゾンビ』二名の愚痴垂れは続いて、鬱陶しい、と甲太郎は切って捨てた。

「るせーな。判ってるってのっ! ──そりゃそうと、お前等はどうしたんだ? 大晦日に、雁首揃えて」

反論の余地のない年下の言葉に、ガァっと京一は噛み付き、龍麻が抱えていたミネラルウォーターのペットボトルを引ったくってラッパ飲みしてから、漸く、淹れ立てのコーヒーをのほほんと啜り出した少年達へ向き直った。

「あ、ああ。…………えーーーとですね。実はー、そのー……」

「何だよ、歯切れが悪りぃじゃねえか。何か遭ったのか?」

「………………えっと。……やっぱり、気にするの、止められなかったんです。だから、教えて下さい。前に喪部が俺に向かって言った、『材料にすらなれなかった、出来損ない以下』って言葉の意味を。《墓》の全てを解放して、何も彼も終えて、その時になっても未だ、気にするの止められなかったら、話してくれるって、京一さん、約束してくれましたよね……?」

「……ああ。したぜ。確かに、そう約束した。だから、お前がどうしてもそれを気にするのを止められねえなら、話してやる。……だが、何でだ? 九龍、何でお前はそのこと、気にせずにいられない? 何も彼も終わったんだ、喪部の奴の捨て台詞なんざ、気にしなくてもいいじゃねえか」

──暖かい想いと暖かい想いがぶつかった結果、喰らうことになった説教に対する、ゾンビ達の愚痴垂れが終わるのを待って、居住まいを正した九龍が、あの日の約束を守って欲しいと言い出せば、京一も又、屍と化すのを止め、ダイニングの椅子に座り直し、真っ直ぐ九龍を見詰めた。

「一昨々日の話なんですけど。ロゼッタから、メールが届いたんです。それで……────

鳶色の眼差しは、約束を守らせようとする明確な理由を問うていて、故に九龍は、先ずそれに応えることから始め。

二十七日深夜の出来事を、余すことなく青年達へ語った。

「成程な……」

「……そう」

ロゼッタに所属する宝探し屋から、当のロゼッタの摩訶不思議な行動と、それより導き出されることを聞かされ、一言ずつ呟くと、京一と龍麻は視線を交わし、某かを確かめるように頷き合う。

「…………判った。だってなら、『約束』、守ってやるよ。──九龍。これから話すことは、お前の『過去』に関する話だ。お前の過去の話で、ロゼッタの糞っ垂れの話で、少しばかり、俺達の昔話だ。正直な処を言っちまえば、俺はお前に、この話は聞かせたくねえ。でも、お前が知りたいってんなら」

「葉佩君には、辛い話になるかも知れないけど……、いいね?」

「……はい」

彼の意思がそこにあるなら。──そんな風な顔付きで、最後にもう一度だけ念押しし、九龍の返事を待って、京一と龍麻は話し出した。

五年前、この新宿の片隅で起こった出来事に端を発する、九龍が知りたがったことを。

──五年前。

一九九八年 晩秋 東京都新宿区西新宿。

その日、その時、ロゼッタ協会に所属する一人のトレジャー・ハンターが、西新宿の片隅を歩いていた。

恙無く日々を送る一般市民は知る由もない、日本最大の龍脈──黄龍の力を巡る陰陽の戦いが、新宿を、東京を舞台に繰り広げられていることを、そのハンターは知っていた。

そもそもからして、『そういう裏の世界』にも精通していなければ、食い扶持にあり付けないのが宝探し屋という業界だし、東京の地下に眠る龍脈のことや、龍脈の化身たる黄龍にまつわる逸話や、一九八一年当時、中国福建省の封龍の里にて起こった龍脈の力を巡る戦いの噂等は、『そういう裏の世界』に詳しい者達には有名な話で、ロゼッタ協会も、そのご多分に洩れなかった。

故に、その年、新宿や東京を舞台に織り成されている陰陽の戦いを調査すべく、日本国籍を有するが故、ロゼッタより要請を受けたそのハンターは、西新宿の裏通りを辿っていて、そこで。

行き倒れとしか言えない、一人の少年を見付けた。

何処かの高校の物らしい、ボロボロになってしまっていた制服を引っ掛けていた少年は、酷いショック状態にあり、言葉を話すことも出来なかったし、自ら立ち上がれる状態にもなかった。

──ハンターが、そんな少年を見付けたのは、新宿区西新宿にある、一九九九年三月には廃校となることが決まっている、天龍院高校に程近い場所だった。

……恐らく。

少年を見付けたのが『そこ』でなかったら、ハンターは、放っておいたら死ぬだろう彼を、あっさりと見捨てただろう。

だが、幸か不幸か、『そこ』は、天龍院高校の傍だった。

陰陽の戦いに深い関わりがあるらしい何者かが纏っている緋色のそれを、制服、と定めている、明治時代より続く高校。

だから。

その事実を思い出したハンターは、万に一つの可能性でしかないが、この少年も又、陰陽の戦いに関わりがあるならばと、少年を『拾った』。