──2005年 01月──
年が明けた、二〇〇五年 一月一日 土曜日 元旦。
新年最初の日は、阿門と千貫の招きを遠慮なく受け、九龍はバディ達と共に、阿門邸にて新年を祝った。
仮の、ではあるが、九龍の誕生日祝いもその席は兼ねていたので、九龍は、「誕生日パーティー!」と一人舞い上がっていたし、例え仮でしかなくとも、九龍が己で定めた折角の誕生日を、二人だけで祝いたいと思っていた目論見を見事潰された甲太郎の機嫌は最悪だったが、何処までも宴は賑やかだった。
二日は、甲太郎や明日香や幽花や京一や龍麻達数名と、花園神社へ初詣へと繰り出して、午後、道場開き代わりに立ち合いを! と迫って来た真理野の押しに負けた京一と、願ったり叶ったりのそれに嬉々として挑んだ真理野との模擬戦を観戦して──因みに、結果は京一の完勝だった──、三日、四日は、大晦日から数日滞ってしまった、遺跡絡みの後始末の手伝いに奔走して。
五日は、午前と午後一杯、後始末の手伝いを続け、そろそろ宵の口が終わる、という頃、招きに従い、北区・王子の如月骨董品店を、甲太郎と瑞麗の三人で訪れ、約束の麻雀大会に参加して、参加者一同が結託した為、京一が一人負けを喫し、龍麻もブービー賞で、ギャンブラーの面目躍如とばかりに村雨が馬鹿勝ちする、という結果に終わった麻雀を朝まで楽しみ。
六日、七日、八日……と、瞬く間に残りを少なくして行く冬休みを、忙しく、楽しく九龍は過ごし。
────九日 日曜。
明日には、三学期が始まる、という日の夜半。
そろそろ寝るか、と言い出した甲太郎を制し、ちんまり、と九龍は、甲太郎の部屋のベッドの隅に正座した。
「九ちゃん? どうしたんだよ」
「……あのさ、甲ちゃん。話があるんだ」
改まって正座などしてみせた彼を甲太郎は訝しみ、が、九龍は構わず、ばふばふと掛け布団を叩いて、座れ、と促し。
「何なんだ、っとに……」
「これ、読んで」
面倒臭そうに、対面に甲太郎が胡座を掻くのを待って、大晦日の夜届いたロゼッタよりのメールを開いた『H.A.N.T』の画面を、彼は、恋人の眼前に突き出した。
「探索要請…………?」
ずいっと突き出された『H.A.N.T』の液晶に目を走らせ、さっと、甲太郎は顔色を変える。
「……うん」
「…………行くのか……?」
「うん。……色々、俺なりに考えたんだけどさ。行こうと思う」
「ロゼッタと、手を切るつもりはないのか? お前、宝探し屋を続ける気か? ロゼッタが、お前をどういう風に扱ってたのか、知ったってのに?」
「……正直なこと言っていいなら、今でもショックはショックだよ。ロゼッタのこととか、俺の昔の話とか、色々、色んな意味でね。でも……でも、それでも。もう少し考えてみたいんだ。どうするのが一番いいのか。やっぱり、思うことってのがあるし。──京一さんや龍麻さんから、例の話教えて貰ったあの日は、もう、宝探し屋なんか辞めて、ロゼッタも退会しようって決め掛けてた。俺は、どうしても宝探し屋になりたくてなった訳じゃない。あの遺跡を解放するまでは、絶対ハンター辞めないって誓ってたけど、今はそうじゃない。何時辞めたって構わないって、こうしてる今でも思ってる。けど……」
「……けど?」
「いざ、トレジャー・ハンターってコトや、トレジャー・ハンターってモノと改めて向き合ってみたら、俺自身が思ってたよりも遥かに、宝探し屋ってコトやモノは、俺の中で大きかったんだ。宝探し屋の俺だったから出来たこととか、掴めたこととか、宝探し屋の俺だったから、甲ちゃんや皆に手渡せたこととかモノとか、皆との繋がりとか。そういうの振り返ったら、俺は、本当に宝探し屋を辞められるのかなって、自分問答しないでいられなくなっちゃったんだ。……でも、どうしても、ロゼッタや過去とかへの『引っ掛かり』は頭の隅から消えないから、宝探し屋なんか辞めてやる! って踏ん切りも、やっぱり続ける! って踏ん切りも、きっちりとは付かなくってさ……。……但。辞めるのは何時でも出来るから。辞めた! 退会する! って、ロゼッタに退会届叩き付ければ、それで終わるから。つーか、辞める時は、それだけで終わらせてみせるつもりだからさ。もう一度だけ、新しい《遺跡》で、ハンターとして、《秘宝》を探してみようかって思ったんだ」
あからさまに甲太郎の顔色が変わったことに、気付かない訳がなかったが。
僅か目線を下向かせ、九龍は、想いを正直に打ち明けた。
「そう、か……」
「うん。…………本当言うとさ、甲ちゃんにも何も打ち明けないで、黙って明日の朝までに、ここを出て行こうかとも思ったんだ。新しい所に行くってことは、少なくともそこの探索が終わるまでは、甲ちゃんの前から消えるってことだから……。宝探し屋を続けるか続けないか、悩んでみる為に甲ちゃんの前や天香から消えるって……、一寸、いい加減っぽくって申し訳ないなあ……、なんて思ったりしちゃってさ。だから……いい加減っぽい悩みの所為で、しかも黙って消えて、それで甲ちゃんに愛想尽かされたら、俺って奴も、そこまでの奴だって諦めるしかないかな、とかも思ったりして……」
打ち明け序でに、一層のぶっちゃけ話を、九龍はボソボソと洩らし。
「…………九ちゃん。殴られたいか? それとも蹴られたいか? どっちが好みだ?」
酷く不機嫌そうに、唸るように、低い声で吐き出しながら、甲太郎は、厳し過ぎる眼光を九龍へと向けた。
「へっ? え、えっと……、どっちも遠慮させて下さいまし……。で、でも、何でいきなり暴力行為?」
「何が遭っても、俺はもうお前を手放さないと決めた。だから、愛想を尽かされるとか何とか、俺に喧嘩を売っているとしか思えないことは二度と言うんじゃない。まかり間違って、俺から逃げようなんて考えてみろ? 地の果てまで追ってやるからな。──それから。お前が決めたことなら、どうしてもそうしたいと思うことなら、極力聞くようにするし、話し合いにも応じてやる。だから先ずは、相談から始めろ。相談出来ることも、相談出来ないことも、相談しろ。俺は、お前だけに振り回されるつもりはないし、俺だけがお前を振り回すつもりもない。……一応、だがな」
「……うん」
「だから、黙って俺の前から消えるな。話くらいは……聞いてやる。お前が行きたいなら、送り出してやる。正直……不本意だがな。──但し」
「但し……、何?」
「少なくとも、今は未だ、お前は宝探し屋だ。暫しの別れだとしても、宝探し屋として、ここから、俺の前から去って、新しい、未だ見ぬ《遺跡》と、未だ見ぬ《秘宝》を求めに行くんだ。……だから、必ず、次の《秘宝》を見付け出して、必ず、天香学園
本当に、今にも殴り飛ばすか蹴り飛ばすかしそうな勢いで身を乗り出し、九龍を睨み続けた甲太郎は、ふっ……と強張った面を崩して、柔らかく笑んだ。
「甲ちゃん…………。……有り難う、甲ちゃんっ。俺、絶対に、次の《秘宝》見付け出して、卒業式の日までには必ず、ここに帰って来るからっ。甲ちゃんの処に戻って来るからっ。……有り難うな、甲ちゃん…………。送り出してやるって言ってくれて、有り難う……。どうしよう、すんげー嬉しい…………」
「……親友で、相棒で、恋人で、家族なんだろう……? お前がそうしたいって言うなら、送り出すくらいのことは、俺にだってしてやれる。……待ってるから。お前が戻るのを、待ってるから……」
「うんっ!!」
きゅっと、膝の上に揃えていた両手を握り込み。
内心は、嫌で嫌で堪らないのだろうけれど、それでも優しく笑って、送り出してやる、と言ってくれた甲太郎を、ちょっぴりだけ潤んだ瞳で見上げると、九龍は、「せーの!」と叫びながら抱き着いた。
「甲ちゃん、甲ちゃん、甲ちゃん…………っっ」
「お前、本当に涙脆いな」
「感受性豊かで繊細っつってくんない? ……離れたくないんだけどさ。本当は、一日だって、甲ちゃんと離れてたくないけど、『今』だけじゃなくて、『未来』の為に、何をどうするかきっちり決めて来るっっ。行って来るっっ。で、三月までには、『ここ』に帰って来る……っ!」
「……ああ、そうだな。『今』のこの時間を少しだけ割いて……『未来』の為に、な。──もしもお前が、宝探し屋を辞めるって決めたら……、その時は、本当に、カレー屋でも始めるか?」
タックルと紛う程勢い良く飛び付いて来た九龍を抱き留め、笑いながら、甲太郎は言う。
「…………あは。いいね。宝探し屋に見切りが付いちゃったら、そうしよっか。……でも、じゃあ、宝探し屋を続けるー、って決めたら? 専属バディになってくれる?」
「愚問だな。それ以外の道があるのか?」
「そっか。……なら、無駄になっちゃうかも知れないけど、俺が『単身赴任』してる間、甲ちゃんは、ロゼッタの入会資格審査試験に一発合格出来るくらいの勉強、しとくてくれな? ハンターじゃなくてバディになるなら、そんな試験受けなくってもいいんだけどさ。カレー屋さんの勉強もだかんな? 俺も、カレー屋さんになる為のおべんきょ、しとくから」
「はいはい……。望み通りにしてやるよ。お前の専属バディになっても、カレー屋になっても、恥ずかしくないようにしといてやる。……二ヶ月後、楽しみにしとけ? 吠え面掻くなよ? ────ああ、そうだ、九ちゃん。次の所に潜入しても、無闇矢鱈と愛想を振り撒くなよ。遊びに行くんじゃない、仕事に行くんだ、簡単に、正体不明の他人を信用して懐くなよ。魂の井戸みたいな物があるとは限らないから、極力怪我をしないように気を付けろ。風呂上がりにはちゃんと頭乾かして寝ろよ、風邪引くからな。謎解きに夢中になるとお前は寝なくなるから、最低でも五時間は寝るように──」
「──…………甲ちゃん、ほんとーーー……に、オカンだなあ……」
「………………うるさい。俺に口やかましく言われなきゃならないお前が悪いんだろうが。……それから。何が遭っても、浮気だけはするなよ。只じゃ置かない」
「は? 浮気? ……その科白、そっくり返してやらぁっ!」
「俺が、浮気なんかすると思うか? 馬鹿馬鹿しい」
笑いながら、『今』を甘く過ごすだけではどうしようもない『未来』のことを、甲太郎が自ら言い出したから、九龍はくしゃりと顔を歪めて笑って、存分過ぎる程のオカン属性と、嫉妬大魔神の片鱗を見せ付けて来た恋人の耳許で、浮気なんか、と叫んで。
彼は、甲太郎に縋ったまま、その場に倒れ込んだ。
肌と肌とを触れ合わせられるのも、今暫くはお預けだから、今夜は、と。