「俺は、思ったことを言っただけだ。別に、あんたをボケさせる為に突っ込んだんじゃない」

「へーへー……。──まあ、冗談は兎も角よ」

「俺は、冗談を言ったつもりはない」

「黙って聞けっ! この若造っ!」

「……で? 冗談は兎も角? 何なんだ、ご老体?」

「…………可愛くねえな……。──あー、だから。冗談は兎も角。お前と俺がやり合って、お前に勝ち目があるのは口先だけっての。それは、違うと思うぜ?」

ガァっと怒鳴ってから、一息に酒を煽ったグラスに残った氷を、カラカラと鳴らせながら京一は言った。

「何が?」

下らない言い合いをしていたのに、不意に、表情から色を失くした京一が言い出したことが、甲太郎にはピンと来ず、首を傾げながら、彼は淡々とグラスを傾けた。

「だから。口先以外にも、お前が俺に勝てることはあんだろ? って話だっての」

「頭の出来とか、そういうことか?」

「そーじゃねえだろっ! 俺が、頭の出来のことで勝てねえのは、何もお前に限った──じゃなくて!」

「……うるさい。怒鳴らないでくれ。要するに、何が言いたいんだ?」

「あー……、だから、何つーか。……てか、そもそもお前、何で、口先以外では俺に勝てない、なんて言うんだ?」

「…………………………」

「おい? 甲太郎?」

「…………言いたくないし、認めたくないんだが。本気で、言いたくもないし認めたくもないが。どう鑑みても、あんたには、男として敵わない部分が大だと思えるからだ」

話の雰囲気が、馬鹿より一歩進んで、若干の真剣味を帯び始めても、長らく二人はボケと突っ込みを続け、けれど、舐める風に飲み進めていたグラスの中の琥珀色に視線を落としながら、甲太郎はポソっと、秋の盛りだった頃より京一に対して抱えていた、想いの一つを吐いた。

「あんただけじゃなくて、龍麻さんも。……あんた達は、純粋に、強いし。辿ってる道から逸れることもない。計画性って言葉を知らなくて、行き当たりばったりで、時々、どうしようもなく体育会系なのは正直どうかと思うが、大抵のことで、周りを納得させるだけのモノをちゃんと持ってる。二人が俺にくれた言葉も、俺や九ちゃんへの態度も、九ちゃんのそれとは別次元で俺の中に溜ったし、響きもした。……京一さん。あんたのことを、心底『怖い』と思ったこともあったし、心底敵わないと思ったこともあった。…………だから」

「…………へぇ。随分と、褒めんだな。……買い被ってんじゃねえか?」

「……俺は、思った通りに言ってるだけだ」

「………………そうかよ。──そりゃまあ、確かに俺等は、お前よりゃ強えぇよ。戦うってことに関してはな」

何かを思い出している風な眼差しで、じっと酒を見詰める甲太郎を見遣りつつ、バーテンが寄越した新しいグラスを掴み上げながら、京一は肩を竦めた。

「俺は、本当にガキの頃から剣術が好きだった。誰よりも強くなりたかった。天下無双の『剣』が持ちたかった。今でも俺は剣術が好きだ。この道しか俺にはねえと思ってる。誰よりも強くなりたいし、天下無双の『剣』が持ちたい。だから、辿る道から逸れねえのも、強いのも、俺にしてみれば当たり前っつーか、そうでなけりゃ意味ねえ。でも。甲太郎、お前は違うだろ。誰よりも強くなるとか、天下無双とか、そういうトコに、お前の人生はねえだろ。お前は、未来も人生も、九龍にやったんだろ? だから、お前のこの先の人生は、九龍の為にあるんだろ? だったら、どっちがどうとか言ってみたって意味ねえし、始まりもしない」

「それに関しては、あんたの言う通りなんだろうとは思う。俺は別に、誰よりも強くなりたいだとか、天下無双なんてことへの興味は更々ない。でも、あんたが強いのは確かだ。道を逸らさないのも、想いを逸らさないのも確かだ。だから、あんたは龍麻さんを護れて、護り通せてて……。でも、俺は……」

──俺の目指す強さの場所と、お前の目指す強さの場所は、違う、と。

そう告げて来る京一に、甲太郎は。

──でも、強ければ、大切な人を護り通すことが出来て、想いが逸れなければ、大切な人を傷付けることもない、と。

「護る、か…………。…………甲太郎。いいこと教えてやろうか?」

すれば京一は、口許に、強くて深い苦笑を刷いた。

「いいこと?」

「お前は俺を、買い被ってる。──ひーちゃんが、柳生の糞っ垂れに斬られた時も。『夢みたいな世界』に、ひーちゃんの魂だけが放り込まれちまった時も。ひーちゃんに黄龍の奴が宿った時も。中国の広州で馬鹿達にちょっかい掛けられて、ひーちゃんが『龍脈アレルギー』になっちまった時も。俺は、何も出来なかった。ひーちゃんの……龍麻のことを護れなかった。何時だって俺は間に合わなくて、何も出来なくて、護るなんて威勢のいい科白はお笑い種で終わっちまって、何とか彼んとか、俺も龍麻も生きていけるだけの帳尻を合わせられただけだ」

「……京一さん?」

「…………強くなりたい。天下無双の言葉の通り。誰よりも強くなって、天下無双の『剣』を持って、あいつを護り通したい。高三の時、木刀じゃなくて刀を取った。誰かを、何かを護る為に──あいつを護る為に、誰かを、何かを斬り捨てることだって、俺は厭わない。そう決めたあの日から、ずっと、俺の手の中には刀が在る。ひたすら、握り続けて来た。今だって。でも俺は、あいつを護れなかった。護れたためしがない…………。……けどよ、甲太郎」

「……何だ?」

強くて深い、苦笑を頬に刻みながら。

酷く淡々と吐き出す京一の両の眦が、僅かだけ濡れているのを見付け、甲太郎は、その刹那に抱えた想いを飲み込み、己を呼ぶ声だけに応えた。

「確かにお前は、九龍を傷付けた。苦しませて嘆かせて泣かせた。でも、お前は、九龍を守ったろう? お前に出来る精一杯であいつを守って、守り通して、この先もそうするんだろう? 今だってお前は、あいつの為に自分が出来ることに、自分の持てる全てを注いでる。俺とは、違う。────…………ちょいと、自慢だな。お前が、俺が見込んだ通りの男でさ。俺の目に狂いはなかったよなー、ってな」

僅かだけ濡れた眦のように、僅かだけ声音を震わせ、けれど直ぐさま、京一は、声音も表情も明るいそれへと変えた。

「………………京一さん。あんた多分、今夜は飲み過ぎてる」

「かもな。……でも、俺が言ってるのは本音だぜ。…………ああ、そうだ。序でって訳じゃねえけど。本音序でにもう一つ。お前等には、ホント感謝してる。サンキューな」

「俺達の、何に?」

「色々。……俺なんかに言わせりゃ、お前も九龍も解り易過ぎるくらい解り易くて、とっととくっ付いちまえ、まどろっこしいっ! とか、何時ものノリで甲太郎のこと押しまくれ、九龍! とか、何時までも後ろ向きなことばっか考えてんじゃねえ、甲太郎っ! とか、散々思ったし? はっきり言っちまえば、『何を青臭ぇ恋愛してやがる、中学生じゃあるまいし、このガキ共ー!』が感想だったけど。お前等、その部分に関しては真っ直ぐで、ひたすら相手のこと想って、相手のことが好きだってのも素直に認めて……、何て言うか、全部が全部、とは言わねえけど、或る意味、潔かったろ? だからよ、お前等のそーゆートコに、色々思わされることがあったっつーか。青臭ぇけど、見習うべきだよな、とかも思ったしよ。そういうお前等と縁持てたお陰で、ひーちゃんとの色々に、答え出せたしな。……随分と長い間、ひーちゃんの気持ちも俺自身の気持ちも、上手く受け止められなかったけど、やっと、な。誰の前でも胸張って、恋人同士、って言えるようになった」

「京一さん。あんたが、俺のことをそういう風に言ってくれたり、感謝してると言ってくれるのは、俺としては耳にいいし、気分だって悪くないが。あんたその内、龍麻さんに殴られるんじゃないか? ……あんたにしては有り得ないくらい、あんた、龍麻さん絡みのことでは、後悔と言うか……、そんなモノを抱えてるって、たまに匂わすが。過ぎたことなんだろう? 終わって、解決したことなんだろう? そんなモノ、きっと、蒸し返さない方が龍麻さんの為だ。後悔するなとか、後ろを向くな、なんて科白、間違っても俺には言えないし、そういうことは、あんたよりも遥かに俺の方が『得意』だが、敢えて言わせて貰う。過ぎて、終わって、解決したことなら、そんなモノ、多分、静かに眠らせちまった方がいい。龍麻さんの為にも、あんたの為にも。……龍麻さんの為に、あんたは、『強く』なきゃな。……違うか?」

今夜は、酷く『飲み過ぎている』としか思えぬ京一の科白の数々に、甲太郎は、思い切り己を棚に上げた発言をしてみせ。

────その時、ジーンズの後ろポケットに突っ込んであった彼の携帯が、着信メロディを奏で始めた。