甲太郎自身、健気だ……、と心秘かに己で己に呆れたものの、彼も又、始まって間もない恋に浮かれるお年頃なので、彼の携帯は、九龍から電話が掛かって来た時、又はメールが届いた時だけ、普段のそれとは鳴るメロディが変わる。
故に、彼には、九龍が電話を掛けて来たのだと一発で判り、直ぐさま、携帯を取り上げた。
間違いなく、開いた液晶画面に浮かび上がった発信者の名は九龍で、店の外で電話を受けるべく立ち上がり掛けたが、京一もバーテンも、気にするな、外は冷えるのだし、と言ってくれたので、言葉に甘え、その場にて彼は、指を掛けていたボタンを押した。
丑三つ時の電話、というのも、何一つ気にしなかった。
このような時間でなければ、電話を掛けられない事情を九龍は持っているし、これまでにも、そういうことはあったから。
…………だが。
「九ちゃ──」
『──甲ちゃんっ!! こーたろーーーーーっ!!!』
電話に出た途端、鼓膜が痛む程の大音量で叫ばれ、思わず甲太郎は携帯を耳から遠く離した。
『甲ちゃんっ! 聞いてんのか、このヤローーーーーっ!!』
「……聞いてる。…………何なんだっ、お前はっ!? こんな夜中に、電話掛けて来るなり怒鳴りやがってっ!!」
数日振りの電話だと言うのに、九龍の絶叫は続いて、未だにジンジンしている左耳より右耳へとわざわざ携帯を移してから、甲太郎も怒鳴り返した。
『それは俺の科白だっ! ……馬鹿…………。甲ちゃんの馬鹿ーーーーーっ!! 裏切り者ーーーっ!! うわーーーーん、泣いてやるーーーーーっ!!!』
すれば、再びの絶叫の後に、今度は謂れなき言い掛かりと泣き言が九龍からは垂れられて。
「はあ? お前、変な夢でも見たんじゃないのか? 馬鹿だの裏切り者だの泣いてやるだの、お前に言われなけりゃならない覚え、俺にはない」
何を寝惚けていやがる、この底抜け馬鹿、と甲太郎は思い切り顔を顰めた。
『そんなんじゃないやいっ! だってだってだってーーーーっ!』
「だって、何なんだ」
『だって、今さっき龍麻さんからメールが来てっ! 甲ちゃんと京一さんが、俺と龍麻さんの目盗んで、妖しい雰囲気醸し出してるって通報がーーーっ!!』
「…………………………はい?」
『うーーわーーきーーもーーのーーーーーーーーーーーーっっ!!!』
「……一寸待て、馬鹿」
『待てるかっ! つーか、どのツラ下げて、そんなことを言うかーーーっ!!』
「だから、待てっつってんだろ、この馬鹿っ! ……いいか? よく聞け? 確かに、今、俺の目の前には京一さんがいる」
『ほらみろ、やっぱりっ! しかも開き直ってるしっ! 堂々と白状してるしっ!』
「最後まで聞け、激馬鹿っ! 京一さんはいる。だが、龍麻さんもいる。バーテンもだ」
『だって、龍麻さ────。……………………はい? バーテン?』
「そうだ。明日、二人があそこを引き払うことになって、だから、細やかに宴会でもしようって誘われて、『外』にいるんだ。三人で。バーテンのいる店に。…………判ったか?」
『判った、けど……。…………あれ? じゃあ、あのメールは?』
「酔っ払った勢いで、俺や京一さんが気付かない内に、龍麻さんが悪ふざけでもしたんじゃないのか?」
『おーーー。成程…………。そっか。…………あーーー、焦ったー……』
「…………あのな、九ちゃん」
『何? 甲ちゃん。お、そう言えば言い忘れてたっけ。やっほー、甲ちゃん。五日振りー!』
「黙れ、粗忽者。一応、全面的にお前が悪い訳じゃない、って判断を下してやってもいいが。お前、そんなメール一本で、俺が、う・わ・き、してると思い込んだのか? しかも、京一さんと?」
回線の向こうで、ギャンギャンと泣き喚いていた九龍を撃退し、叱り、としていた甲太郎の発言が、そこに辿り着いた時。
「はぁっっ!? 俺とお前が、何だってぇっっ!?」
隣で、きょとんとしていた京一が、素っ頓狂な声を放った。
だから、ツーーー……と横目で隅の席を見遣った甲太郎は、無言のまま、何時の間にやら目覚めたらしい、何が楽しいやら、えへら、と笑っている龍麻を指差し。
「ひーちゃんっ!? お前、何しやがったっ!!」
がたりと立ち上がった京一の叫びと騒々しさをBGMに、背凭れに掛けたコートを取り上げ、その場を離れた。
「おはよー、京一」
「おはよー、じゃねえってのっ! この馬鹿っ! 何やらかしやがったんだよっ!」
「んーー? 葉佩君に、タレコミメール送ってみたぁ」
起きてはいるものの、未だカウンターの天板に懐いている龍麻の許へと駆け寄り、京一が叫べば、『諸悪の根源』は、やけに楽しそうに笑いながら、九龍へメールを送ったことをすんなりと告げた。
「何でっ? つーか、何て書いたんだよっっ」
「京一と皆守君が、俺と葉佩君の目盗んで、妖しい雰囲気醸し出してるー、って」
「…………ひーちゃ、ん……。お、まえ…………っ!! 何考えてやがんだ、このド阿呆っ!」
『悪戯』の内容を聞かされ、京一は更に声を張り上げたが。
「本当のことじゃん」
酔いの覚めぬ顔付きのまま、ちょっぴりだけ拗ねたように、龍麻は呟く。
「はい?」
「俺がすっかり寝入ったと思って、何、皆守君相手に馬鹿なこと打ち明けてるんだよ。京一のド阿呆。俺、ぜーーーんぶ聞いてたんだからなー」
「……ひーちゃん…………」
「何時も何時も、俺のこと護れなかったって? 一度も間に合った例
「ひーちゃん、それは──」
「──あーもー! 馬鹿っ。ホンットーに、馬鹿。京一のド阿呆ーーーっ! お互い様だろうっ? 俺達二人共、揃って馬鹿なんだからっっ。京一は誰よりも強くなって俺のこと護り通したいって言うけど、俺だって誰よりも強くなってお前のこと護り通したいって思ってるんだよっ。京一が俺のこと護れなかった時は、俺だって京一のこと護れなかった時なんだよっ。…………真神の、三年C組の教室で巡り逢ったあの時から、俺達、ずーっと一緒にいたろう? これからだって、ずーっと一緒にいるんだろう? 今までは、親友兼相棒兼戦友として。これからは、それに、恋人同士って形も足して。ずっと一緒にいようって、そう言い出したのは京一の方じゃないか。一緒にいる為に何とかしなきゃならないことは、二人で頑張って何とかしようって、そう言ったのも京一じゃないか。……もう、五年も前に。何も彼も半分こにしようって、俺達、約束したままじゃんか…………。……この約束だって。この間、京一が自分から確かめて来たことじゃんか…………」
──拗ねながらの、『酔っ払い』のお小言は、語気を弱めながら続き。
「……………………そうだな……」
龍麻の傍らに立ち尽くしたまま、京一は、ぽつり、と応えた。