「皆守?」

「皆守君?」

「……ああ。ここでこうしてたって、あいつは見付からない。皆神山とかいう場所が、M+M機関のお墨付きを得るくらい厄介な場所だってなら、今の俺達に必要なのは、トレジャー・ハンターの力だ。どんな場所にも潜り込み、目的を果たして生還する。……そういう奴の力だ。八千穂を探そうとしてる、俺達に必要なのはな」

何を言い出すつもりだ? と見詰めて来た四対の瞳を見比べ、甲太郎は淡々と言った。

「……九龍を、呼び戻すつもりか?」

「きっと、あいつなら探し出せる筈だ。行方不明の八千穂をな」

「皆守君……。行くつもり? 松代へ?」

「ああ。多分、九ちゃん引き摺って松代へ直接行くのが一番手っ取り早い。あいつが行方不明になって、もう丸一日以上経ってるんだ、急いだ方がいい。──八千穂から何か連絡があるかも知れない。取手達は学園で待機していてくれ。……じゃあな、後は頼んだぞ。俺は、阿門の許可を取って来る」

さらりと、事も無げに言い分を続け、携帯を取り出しながら彼は、四人に背を向け。

「皆守さん、私も行きますっ。私も、松代で八千穂さんのこと探しますっ」

「…………阿門と双樹に、そう言っとく」

共に行く、と叫ぶように言った月魅を振り返ることなく、視聴覚室を出て行った。

未だ、疎らに人波のある廊下を縫いつつ進み、視聴覚室より出た甲太郎は、取り出した携帯のボタンを押した。

迷うことなく『一つの番号』へと繋がったそれは、生徒会室目指して歩き続ける彼の耳許で、暫し、呼び出し音を告げ続け。

『もしもし? 甲ちゃん? どったの? こんな時間に甲ちゃんから電話掛けて来るなんて、初めてでないかい?』

やがて、何時も通りの元気一杯の、けれど何処となく訝し気な気配の忍ぶ九龍の声を、電波越しに伝えた。

「九ちゃん。お前、今直ぐ帰って来い」

『……へ? その心は?』

「緊急事態だ。詳しい事情は後で話すが、八千穂の奴が行方不明になった」

『えええええ? 明日香ちゃんがっっ!? 何で? なしてっっ? ん? でも、何で俺にまでエマージェンシーコール?』

「あいつが行方不明になった場所は、カウンセラー曰く、M+M機関が霊的警戒地域とやらに指定した場所らしいんだ。実際、少し不思議な消え方をしてるしな。……そういう訳だ」

『…………判った。「こっち」とロゼッタの方、上手く誤摩化して今直ぐそっち行く。……えっと、今、あーー……四時一寸過ぎだからー。……うん。どんなに遅くとも、九時までには羽田着くようにするから。うーっと、えーっと、十時には、寮に忍び込む!』

数日振りの会話に感じ入る暇もなく、伝わって来る九龍の声へと甲太郎は簡単な説明をして、話は呆気無く纏まった。

「午後九時に羽田? 間に合うのか? 今回の探索だって、かなり特殊な場所なんじゃなかったのか?」

『何言っちゃってんの、甲ちゃん。どんな場所からだって抜け出すのは、宝探し屋の商売の内の一つだし? それに俺は未だ、ロゼッタ所属のハンターだぞ? こーゆー時にロゼッタ騙さないで何時騙すんだよ。ヘリだろうがジェットだろうが飛ばさせるって。任せろ!』

「……成程。──九時に羽田、な。…………迎えに行こうか……?」

『うわ。嬉しいことを。じゃあ、一寸お待たせしちゃうかもだけど、八時過ぎ辺りから、羽田にいてくんない? 第一ターミナルと第二ターミナルのどっちに着くか、判ったら電話するから』

「ああ、判った。…………後でな、九ちゃん」

『うん、後で!』

……不謹慎だ、と心秘かに思ったけれど……、携帯が伝えて来た九龍の声が、話が出来たことが、そして、後五時間だけ我慢すれば彼に会える、という、先程までは夢にも思わなかった成り行きが、少しばかり甲太郎の心を躍らせ。

通話の切れた携帯を、何処となく愛おし気に握り込みながら、彼は、生徒会室へと急いだ。

遺跡絡みの後始末に関わる事務その他は、今も尚完璧には終わっておらず、生徒会室に踏み込むや否や阿門に訳を語り、外出許可が欲しいと言い出した副会長殿に、副会長補佐の彼はブチブチと小声の文句を吐いたが、それはその場に居合わせた誰もに無視され、「そういう事情なら」と、阿門はあっさり、甲太郎と七瀬の外出及び外泊許可を出した。

行方不明になってから二十四時間以上が経過してしまっているのだから、どの道、羽田まで呼び付けた九龍を迎えに行くなら、学園には戻らずに、新幹線の最終で今夜の内に長野市に入って一泊し、午前の内から動いた方がいいのでは、とも阿門は言い出して、現地でのホテルの手配も引き受けてくれた。

そんな友の厚意に甘んじることにし、携帯で月魅に仔細を伝えつつ寮へ戻った彼は、地方の大学を受験に行く、との大義名分に相応しい程度の簡単な支度をして、午後七時過ぎ、正門外で落ち合った月魅と共に羽田空港へ向かった。

乗るのは随分と久し振りになる電車にも、過ぎて行く、新宿以外の東京の町並みにも何の感慨も示さず、唯、降って湧いた九龍との再会と、どうしても連絡の取れない明日香のことだけに思考と想いを割いて、メールで、第一ターミナル・北ウィングの『出会いのひろば』にいて、と九龍から入った連絡通り、約一時間後の午後八時を少し廻った頃、月魅とすら余り言葉を交わさぬまま、甲太郎は、約束の場所に立った。

「九龍さんが着くのは、九時くらいになるかも知れないんですよね? 九時までは、後一時間ありますから、皆守さん、少し座りませんか?」

空席のベンチを指して、月魅は、立ちっ放しでいても、と彼を促したけれど。

「……いや、いい。…………ああ、七瀬。お前は座ってた方がいいんじゃないのか? 疲れるだろう?」

ゆるりと、彼は首を振る。

「………………そうですね。そうします」

告げられたことに、一瞬、月魅は驚いたように瞳を見開いたが、直ぐさま軽く笑んで、ベンチに腰掛けた。

「どうかしたか?」

「あ、いいえ。どうかしたという訳では。唯、その……。皆守さんって、そういう風に、きちんと気遣ってくれる人だったんだな、と改めて思っただけです。……御免なさい。私、皆守さんのこと、少し誤解してたかも知れません」

「……何を言い出すかと思えば…………」

驚き、そして笑った月魅の態度を少しばかり不思議に思い、問えば、彼女は何処となく困った感じに笑ってそんなことを言ったので、甲太郎は唯、肩を竦め。

所在な気に、何処より取り出したアロマのパイプを唇の端に挟んで、九龍がやって来るだろう方角へと向き直った。

時計の針が、午後八時四十五分を過ぎる頃。

「あ、いた! 甲ちゃんっ!」

甲太郎は、耳によく馴染む、久方振りの電話越しでない声を聞き、見慣れた、けれど懐かしいとすら感じてしまう姿を見た。

ごたごたと、最近の気に入りの装備を詰め込んであるのだろう、少しばかり大振りのスポーツバッグを抱えた、ご丁寧に、天香学園の制服を着込んだ九龍を。

ほんの少しだけ、制服の上衣の下がぼってりとしている風に感じるのは、バッグ同様、あれもこれもと、山程の品を押し込んであるのだろう九龍曰くの『魔法ポケット』──アサルトベストを着込んでいるからなのだろう。

「……九ちゃん」

────その姿を見付けて。

駆けながらの彼が浮かべる、満面の笑みを見付けて。

ああ、何も変わらない、俺の知っている、俺の九ちゃんだと、甲太郎は思わず、片手を差し伸べた。

乞うように。恋い慕うように。焦がれるように。