「わーーー、甲ちゃんだ! 本物だ! 甲ちゃん、久し振りーーーー!! おおおお、月魅ちゃんも! 元気してた? 元気してた?」
傍らを偶然通りすがった幾人かが、思わず足を留めて振り返った程、人を魅入らせる仕草で無意識に差し伸べられた甲太郎の腕に、縋る風に飛び付き九龍は、二人との再会にはしゃぎ始めた。
「はい。九龍さんも、お変わりないようですね。良かった……」
「うん! 俺は何時も通り。ばっちり! 甲ちゃんは? 何も変わりない? 皆は? 元気?」
「……少し落ち着け、馬鹿九龍。それに、はしゃいでる場合じゃないだろ」
小さな子供のように騒がしい所も相変わらずの彼を、わざとらしい咳払いと共に軽く蹴っ飛ばし、素直に九龍との再会を喜んでいる月魅をチラリと見遣ってから、二人を促し、甲太郎は歩き出す。
「あ、そうだった。つい。……明日香ちゃんは? 連絡あった?」
「いや。消息不明のままだ。──事情なら後で話してやるから、取り敢えず、東京駅に行くぞ」
「東京駅?」
「今夜中に、長野まで行くんだよ」
「へっ? 長野? 何で?」
「長野の松代で、八千穂が消息を絶ったからだ」
「松代……。松代、松代、と……」
プッと膨れ、蹴っ飛ばされた腰を摩りつつ、次なる目的地を語られた九龍は、浜松町行きのモノレールに乗り込みながら、『H.A.N.T』を開いて何やらを始めた。
「ああああ、知ってる。松代群発地震のことは知ってる。何かの本に載ってた。ふうん、ここで、か…………」
右を月魅に、左を甲太郎に挟まれて座席に座り、ちまちまと『H.A.N.T』を弄って九龍は、液晶画面に映し出された文字を読み耽り、一人頷く。
「でも又、何で明日香ちゃんが松代なんかに?」
「ああ、それは……──」
そんな彼に、甲太郎は掻い摘んで事情を語り。
「只、行方不明になった──穴に落ちたのかも、ってだけなら、地元の警察に任せた方が早いんだろうが、それだけで何とかなる話でもないようだったから」
「そだね。オーパーツそのものって言われてる山で起こった、観測されてない『酷い地震』の直後に、いなくなっちゃった明日香ちゃん、か……。……うん、『そっち』の可能性高いかも。だったら、警察なんかに任せたって埒明かないっしょ。単純に、明日香ちゃんが穴に落っこちゃっただけ、で終わる話だとしても、俺達だけで動いた方が、騒ぎにならなくて済むし」
「そうだな」
「明日香ちゃんの実家って、確か奈良県っしょ? そっちには、未だ何も伝えてないの?」
「あ、ええ。未だ。そこまで気が廻りませんでしたし、お伝えせずに済むならとも思いますし……」
駆り出された理由の仔細を飲み込んだ九龍と、甲太郎と月魅は、東京駅までの短い道程の間、小声で話し合って、到着した東京駅にて、事態が事態なのは重々承知しているけれど、そこだけはどうしても譲れない! と駄々を捏ねた九龍の言い分を聞き、慌ただしく駅弁を買い求め、それ以上に慌ただしく、長野行き新幹線の最終に飛び乗った。
日本の電車の旅に不可欠なのは、駅弁と緑茶と冷凍蜜柑! との、何処で仕入れた知識だと、甲太郎は思い切り突っ込まずにいられなかった九龍の『情熱』に従い携えた駅弁を三人で突き、ああだこうだと他愛無い話をしている内に、疲れが出たのか、月魅はうたた寝を始めてしまった。
「ありゃ。月魅ちゃん、お疲れだったのかな?」
「八千穂と連絡が取れなくなってから朝まで、帰りを待ってたみたいだからな。徹夜だったんじゃないか?」
「お、成程」
シートに深く身を預け、疲れたような顔して眠る彼女に、そっとコートを掛けてやって、きょろきょろっと、九龍は素早く隣近所を見回す。
「九ちゃん?」
「あのさ、甲ちゃん。月魅ちゃんの前でも、な話が一つ」
辺りを窺うその素振りに甲太郎が首を傾げれば、九龍は少しばかり彼の方へと身を寄せて、声を落とした。
「うん?」
「龍脈絡みの話。──前に、龍麻さんと京一さんが教えてくれたじゃん? 龍命の塔っていう、世界と異世界の狭間にある、物理的には存在しない二つの塔の話」
「ああ、五年前の事件絡みの奴か。黄龍の力を手に入れる為に不可欠だっていう、あれだろ?」
「うん。柳生って奴が、黄龍の力を手に入れようとして龍命の塔を復活させた時、地震が起こったって兄さん達言ってたっしょ? 龍脈に連なる者とか、宿星持ちでないと感じることも出来なかった不可思議な地震のこと。……一寸似てない? 実際には観測されてないのに、明日香ちゃんは『酷い地震』って言ったそれと」
「……確かにな。でも、だとすると…………。……益々、嫌な予感がする」
「俺も。……くうっ、そっち方面の専門家な二人も巻き込めたら、ベストだったかなー……」
仲間達にも出来ない、他言無用と青年達に念を押されている黄龍絡みの話をこそこそとして、九龍は唸った。
「それは、今更言っても、だな。そうと決まった訳じゃないんだし」
「ま、ね。……考え過ぎるのは止めた方がいいかなー。……お、そりゃそうと、甲ちゃん。二人、元気?」
だが、今ここで唸ってみた処で、最早どうしようもないと甲太郎は眉を顰め、それより、二人の話は徐々に流れ始めた。
「この上もなく。迷惑なくらいに」
「あは、やっぱり。……あーあ。兄さん達にも会いたいなあ……。たまに、メールとかくれるんだ。元気してるかー、とか訊いて来てくれるし、甲ちゃんと会った時のこととか教えてくれたりさ。だから俺も、時々はメールしたりするんだ。正直、龍麻さんは何考えてんだっ!? って言いたくなった、この間の、深夜のトンデモメールみたいなのは、もう御免被りたいけど。……龍麻さんって、小悪魔なのかね?」
「あれは……、酔っ払いの悪ふざけだと思っとけ」
「悪ふざけ、ねえ……」
流れて行った話が、先日、『酔っ払い』が勢いに任せて叩き送った傍迷惑なメールのことへと辿り着いた時、所詮、酔った上での悪ふざけだ、との甲太郎の弁を、ニヤ、と九龍は笑った。
「……何だよ」
「あの次の日、龍麻さんから、御免ねメールが来たんだよ。何で、あんなことになったのかも教えてくれてさ、龍麻さん。……うっしっし」
「変な笑い方してんな」
「しょうがないじゃん。甲ちゃんと京一さんが、馬鹿だからだよ。……甲ちゃん。あんま、馬鹿なこと言ってんな? 甲ちゃんは、ちゃんと俺のこと守ってくれたじゃん。もう今更、グダグダ言うなよな。今度そんなこと言ったら、ぶん殴るからな?」
「はいはい……」
「判れば宜しい。──あ、それよりもさ! 甲ちゃん、聞いてくれよー!」
「今度は何だ」
「今度の遺跡の話! 天香に負けず劣らず、すんげー面倒臭いんだよ!」
──『酔った上での悪ふざけ』との主張に、異議を申し立てる風に笑った理由を九龍は語って、又、ふいっと話を変えて。
ああでもないの、こうでもないのと、新幹線が終着駅の長野に着くまで、彼は、他愛無い、と言えることだけを延々と語り続けた。