翌朝。

午前七時前には起き出し、フロント前で月魅と落ち合った九龍達は、如何にも地方都市のビジネスホテルの朝食、な食事を摂り、又、電車に揺られた。

長野駅から長野電鉄長野線に乗って、須坂駅にて長野電鉄屋代線に乗り換え、松代駅で下車、という、約一時間半弱の電車の旅、そしてローカル電車の揺れは、無理を押して東京へ舞い戻り、息つくもなく信州へ向かう、との強行軍を果たし、挙げ句、朝方まで『盛大に艶の乗った発声練習を伴う大人のプロレス』に挑んでしまった九龍にうたた寝を運んで来て、ひょっとしたら、新人宝探し屋よりも遥かに基礎体力があるのかも知れない三年寝太郎──尤も、三年寝太郎な彼の『夜』に於ける基礎体力値は、日常必要とするそれとは源が違うのやもだが──に叩き起こされる、という、滅多には起こらないシチュエーションを齎し、冷たくあしらうような態度をわざと取った甲太郎から九龍を庇った月魅を巻き込んで、閑散とした車内でのあーだこーだの一幕を引き起こしたが。

一行は無事、太平洋戦争末期に掘られた大本営跡の残る、昭和四十年八月より二年に亘り起こり続けた群発地震で有名な、謎の発光体の目撃情報も豊富らしい、長野県長野市松代町へ辿り着いた。

──ローカル電車が、松代駅に滑り込む直前。

車窓には、これより目指す、針葉樹林に覆われた、皆神山が映った。

大正末期に造られた、甲太郎曰く、「昼寝をするには良さそう」な古びた駅舎に降り立ち、手掛かりを探しながら皆神山へ向かおう、との月魅の意見を受け入れ、校外学習で松代町のことを調べに来た高校生の振りをし、道行く人々に然りげ無く話を尋ねながら、彼等は町を行き出した。

小さな町で、見慣れぬ制服を着込んだ学生は目立つだろうからと、一応、校外学習に来た学生との触れ込みに添うように、松代城や宝物館や名水に選ばれているらしい湧き水辺りも巡る真似事をして、歩き回ったし、朝食が早かったからと、少し早めの昼食を摂るべく、『少々』変わった名前のラーメン屋前で、終末予言がどうのこうの、な話を始めた相変わらずな月魅と、やはり相変わらずの、皮肉屋というか、中途半端なリアリスト振りを見せた甲太郎との軽い言い合いを経てから店の暖簾を潜り、ラーメン屋に入ったというのに、カレーに関する蘊蓄を暫し語り、「お手並み拝見だな。果たして、松代のカレーライスが、どれ程のコクとキレを出しているのか……」と、甲太郎はカレーを注文すると言い出して、「壁に掛かってるメニューに、カレーライスって札はないんだけどなー」と思いながらも、そんな彼を九龍は放置し、案の定、「カレーライスは置いてないそうです。炒飯で我慢して下さい」とあっさり月魅に言い渡され、深く落ち込んだ甲太郎を何処までも放置し。

早めの昼食を終えた彼等は、町中にある、校外学習向きの場所には一通り立ち寄ったから、そろそろ皆神山に向かっても平気だろうと、麓から頂上にある皆神神社へ続く参道を登り始める。

「全く……。家畜や人が消えたとか、胡散臭い話は聞けたが、有益な情報は何も聞けていない」

「確かに、皆守さんの言う通り、八千穂さんを探す為の手掛かりとしては有益ではないかも知れませんけど、異星人によるアブダクトとか、キャトルミューティレーションが、皆神山付近で行われていたかも、という証言にはなりますよね。この辺りでは、未確認飛行物体も目撃されているようですし」

「みっ、未確認飛行物体だと? アホか。大体だな、異星人なんている訳がないだろ」

「えー、それは判んないじゃん。俺達地球人って宇宙人が、現実に存在してる訳だし? 俺は、異星人がいるなら顔見てみたいけどなー」

「あっ、異星人なら、私も見てみたいです」

「ふんっ。酔狂なことだ」

「あっ。皆守さん、あそこ──

「なっ!? 異星人が出たのかっ!?」

「いえ、『皆神神社ピラミッド参道入口』と書いてある看板が。……と言いたいだけですけど、何か?」

「…………甲ちゃん。絶対に、言い触らさないでおいてあげるからさ。いい加減、自分が『異星人恐怖症』だって認めようよ。で、治そう。その恐怖症」

「な……っっ。俺は異星人が怖いんじゃないっ。異星人の存在を認めていないだけだっ!」

「へーー、ほーー、ふーーん。──────H・G・ウェルズ著 宇宙戦争」

「……九ちゃん。お前、何が言いたい…………?」

「………………蛸型火星人」

「いい加減黙れ、馬鹿九龍っ! ほらっ、行くぞっっ」

──山道、との言葉は相応しくない、アスファルトで舗装された参道を登りながら、甲太郎の『異星人恐怖症』を弄り倒しつつ、三人は先を急いだ。

「天の岩戸、ね……」

「あっ。一寸、皆守さん。紙垂を潜るなんて」

「ん……? 今、何か踏んで……」

もう間もなく中腹、という頃、『岩戸神社』なる観光案内用の看板の立つ、石造りの洞穴のような場所を彼等は通りすがり、囲っている紙垂を潜ってはいけない、との月魅の忠告を無視して中へと潜り込んだ甲太郎が、そこで、明日香の生徒手帳を見付けた。

「それは、八千穂さんの生徒手帳……」

「八千穂が、ここに来たってことだけは間違いないな。──九ちゃん。感じないか? この山に入ってから身体を駆け巡るピリピリとした痺れを。不意に平衡感覚が失せ、無重力の空間に放り出されたかのような錯覚を」

「……感じてないって言ったら嘘になるやね。なーーーんか、気持ち悪いんだよな、ここ……」

「…………この山には、何かあるな」

「同感。──急ごう。明日香ちゃ……。…………うわっ、地震っ!」

「きゃああっ。大きいですよ、これっ!」

「早く岩戸から離れろっ!」

拾った明日香の生徒手帳を囲み、厳しい顔付きで彼等が言い合い始めた時、体が浮く、とすら感じられた、強い揺れが一帯を襲った。

衝撃に弱い、石積みのそこから彼等が飛び出た時には、もう揺れは収まっていたが。

「酷い地震でしたね……」

「うん。でも『地震』じゃない、かも」

慌てて飛び出た岩戸を振り返り、ふるり、月魅は体を震わせたけれど、九龍は道端にしゃがみ込み、『H.A.N.T』を取り出した。

「九ちゃん? …………気象庁?」

「うん。気象庁のサイト。………………んーーーー。あーー。やっぱり出ないや、地震速報」

「ということは…………」

「今の揺れは『地震』じゃない。……そういうことだよ、甲ちゃん。……何か、さ。誰かが、俺達をここから追い払いたがってるんじゃ? みたいな気分になって来た」

「ま、まさか、本当に異星人が……?」

「だから、異星人なんてものはいないって言ってんだろ、七瀬っ。──だが、この山には、誰かが──いや、何かが棲んでいるかも知れない。……ま、山頂に行けば判るさ」

操作し、九龍が『H.A.N.T』に映し出した画面は、気象庁のホームページを訪れれば閲覧出来る、地震速報のページだった。

何時まで経っても、今の『地震』に関する情報が上がらない、と知り、甲太郎は眉を顰め、九龍は盛大に渋い顔をし、月魅は少しばかり怯えた風になったが。

甲太郎の言う通り、山頂に行かなければ何一つも明らかにはならぬし、明日香も見付けられぬと、彼等は道端より立ち上がった。