これまでよりも言葉少なに山道を行き、神社入口脇の参拝者駐車場に設えられた、『皆神山は宇宙空間への渡航基地』なる、『珍説』と評した方が世間様の大多数は納得するだろうことを書き連ねた看板をちらり冷やかし、神社の入口を潜って、三人は更に皆神山を登った。

一旦、神社境内前を素通りし、山頂の小さな広場に足踏み入れたら、そこには、『世界最大最古皆神山ピラミッド塔』なる文字の刻まれた石版の嵌め込まれた石碑があり。

ふん、とそれを鼻で笑った甲太郎へ、出立前に皆神山に付いて自身で調べて来たことを月魅は話し出し、もしここがピラミッドだとしたら、埋まっているのは何なのだろうとか、古代の日本に確かに栄えていた超古代文明を築いた者達は何者なのだろうかとか、彼女は、超古代文明へのロマンを馳せた瞳と声で語って。

「彼等が、何処から来て何処へ消えたのか──。その謎を解く鍵が何処かに眠っていると、私は思いたいんです。九龍の《秘宝》を探し出すことで、天御子の──

──止めておけ」

突然、彼女の話を遮った甲太郎の声には、鋭過ぎる気配が乗った。

「え……?」

「好奇心や興味だけで、全ての謎を解き明かせると思ったら大間違いだ」

「あ……、その……。す、すみません、私…………」

「……甲ちゃん」

「…………下らないことを話している暇は無い。行くぞ」

「うん、そだね。……でも………………。──御免、月魅ちゃん。一寸、境内の入り口で待っててくれる?」

「……はい。先に行ってますね」

月魅が口にした、《九龍の秘宝》。そして、《天御子》。

その言葉が、甲太郎の何かを刺激してしまったのかも知れない、そう思い、全てより顔を背けて神社境内へ向かおうとした彼を押し留め、月魅には席を外して貰って。

「甲ちゃん。……どったの?」

一眠りするには絶好のスポット、と甲太郎が評した山頂の、最も風の通る場所へと恋人を引き摺った九龍は、「んー?」と俯き加減の顔を覗き込んだ。

「九ちゃん…………」

「何?」

「今、俺がした話」

「うん。好奇心や興味だけで、って奴っしょ?」

「……例え、類い稀な知恵と勇気を持ち合せ、危険を潜り抜けて来たとしても、それが、毎回続く訳じゃない。何時か……命を落とす時が来る。身近な奴の死に直面するのは、もう御免だ……」

体に張り付くようにして見上げた甲太郎の面の中の瞳は、ひたすらに有らぬ方を向き続け、唇からは、そんな科白が吐き出されて。

「甲ちゃん…………」

九龍は、困惑した風に眉間に皺を寄せた。

「…………すまない。一寸、思い返しただけなんだ。あの夜の、こと……。それで……、今度、誰かを──お前を失ったら、俺はもう一人で立っていられないって、つい、思って……」

恋人の表情が歪んだ、と知って、やっと甲太郎は九龍と視線を合わせ、ボソボソ、呟きを続ける。

「甲ちゃん。終わったんだよ、あの夜のことは。あの夜までのことも。もう、天香の遺跡はないし、俺はちゃんと生きてるし、甲ちゃんだって生きてる。あれから未だ一ヶ月半しか経ってないから、一寸した切っ掛けで、甲ちゃんは、あの頃のこと手繰り寄せちゃうんだろうってのは判るけど。皆々、過去なんだよ。『想いの墓場』はないんだよ。……だからさ、甲ちゃん。ほら、前向いて、前!」

「判ってる……。判ってるんだ、すまないとも思ってる……っ。でも、夕べから下らないことばかりが頭の中を巡り続けてるのに、あの夜のことまで『近く』なっちまって……、なのにお前は、八千穂を探し出したら又遠くに行くから、お前に何が起こったって、俺はお前を守ってはやれない、とかも……」

「……大丈夫だってば。甲ちゃん。俺は、大丈夫だって」

「……九ちゃん。──死ぬな。何処へ行ってもいい、必ず、生きて還って来い……っ。俺の願いは、それだけなんだ……」

…………呟きは、やがて、低い声の懇願になり。

「俺が、甲ちゃん置いて何処に行くっての。今は唯、『未来』の為に離れてるだけじゃんか。それに。俺が、甲ちゃんの処に還らない訳がないっしょ。甲ちゃんは、俺の『魂の還る場所』なんだから。……甲ちゃん。御免な? 宝探し屋を続けるか辞めるか決めたいからってだけで、甲ちゃんの傍離れて。でも……本当、御免。…………もう一寸。もう一寸だけ、待ってて」

ギューーっと、張り付く風にしていた甲太郎に、九龍は抱き着いた。

「………………ああ。判ってる……」

「うん……。────ほらほら! しっかり、甲ちゃん! 月魅ちゃんから飛び出た単語の所為で、一寸、『過去』のこと手繰り寄せちゃっただけなんだし。甲ちゃんはさ、人よりもちょーーっと繊細さんで、おセンチで、時々詩人、だからさ。うっかり、軽いドツボに躓いちゃっただけだって。気分を変えて、元気良く行きましょー。んで以て、明日香ちゃん探し出して、東京に帰るぞ、甲ちゃん!」

「そうだな。八千穂、探さないと」

子供がするような、むぎゅっとした抱擁をしてみせた九龍に、甲太郎もソロソロ……と腕を返し、暫し、互いが互いに縋ってより、明日香を探そう、その為にここまでやって来たのだから、と二人は、山頂より境内入口へと下りようとした。

「うおおおおっ? 又、あの揺れっ!?」

「ああ。さっきよりも酷いな」

が、一歩と踏み出さぬ内に、再び『地震』に彼等は見舞われ、解いたばかりの腕を九龍の腰に廻して甲太郎は、揺らぐ体を支える。

「あれ……? 未だ収まってないのに……? っつーか、何でそんなに、甲ちゃんは落ち着いてんのっ」

「これぐらいで驚いてたらキリがないだろ。それに、揺れの波を見切ればどうということはない」

「……普通、揺れの波なんて見切れません、こーたろさん。…………あ、収まった」

支えられるまま、思わず甲太郎に身を任せたら、何故か、雄叫んだ程の強い揺れを余り感じなくなって、不思議に思い、正直にそれをぶつければ、顎が外れそうなことをケロッとした顔で言われ、九龍は、がっくり肩を落とし。

「もう、大丈夫そうだな」

「甲ちゃんって、変なトコ、変に天然なんだよな……」

「ブツブツ言ってるな。行くぞ」

「へーーーい……」

さも、見切れないお前の方がおかしい、と言わんばかりの甲太郎に促され、下で待つ、月魅の許へと向かった。