社の脇の道を、突き当たるまで進んだそこには、枯井戸があった。
「穴? 枯井戸?」
「穴……と言えば穴だし、枯井戸と言えば枯井戸だな」
「もしかして、これでしょうか。電話で、八千穂さんが見付けたって言ってた穴って」
「っぽいのは、これしかないし……。………………あ、見っけ」
「それは、八千穂さんのスカーフ…………」
「決まり、だな」
頭を突き合わせて覗き込んだそこは、簡単に底が窺える深さで、縦しんばここに落ちたとしても……、と彼等は揃って首を捻り、が、井戸の名残りである低い石積みの影に、九龍が天香学園のスカーフを見付けた。
「のは、いいけど。さーーて、明日香ちゃんは何処に行ったやら。ひょっとすると、何処に連れて行かれたやら、かもだけど。揺れの所為でここに落ちたんだとしたら、明日香ちゃんなら自力で上がって来られるだろうし……。……こっからは見えない、横穴とかあんのかな?」
ひらりと揺れるスカーフを手に取り、九龍は両膝付いてしゃがみ込んで、穴の中に頭を突っ込んだ。
「おい、九ちゃん。大丈夫か?」
「へーき、へーき。……んーー、暗くてよく見えないなあ……。ゴーグル何処だっけ、ゴーグル。うーーーっと……」
「九龍さん、危ないですよ」
そんな風な体勢になった彼を甲太郎は案じて、月魅は押し止めようとして、二人共、穴へと身を乗り出す風になり。
「又地震っ?」
「今度のは大きいぞっっ」
「きゃああああっ!!」
「うおおおっ!?」
「七瀬っ。九ちゃんっ。うわぁっ!」
──その日、彼等が感じたどの『地震』よりも酷い強い揺れが、その瞬間の彼等を襲って、転がるように、三人は枯井戸の中に落ちた。
縁から覗き込むだけで、底が見える枯井戸なのに、落下の体感は『距離』を裏切り。
奈落の底へ落とされるかのような感覚の後には、激しい衝撃にも見舞われ、彼等は皆、意識を失った。
────ぼんやり……、と覚醒した意識で、ぼんやり……、とした視界を、九龍は何とか彷徨わせた。
そこに、『何者か達』が、ぐるりと己を取り囲むように立ち、冷たい視線で見下ろして来ている、と感じて。
それが夢なのか、打ったらしい頭が見せる幻影なのか、それとも現実なのか、判断は付かなかったけれど、彼は確かに視線を感じ……遠くから近付く風に聞こえて来た、無機質で耳障りな声達に、耳を傾けた。
……が……。
……くが……い。
────聞くがいい。
聞くがいい。秘宝を追い求める者よ。
何故、お前は渇望する? 何故、お前は破壊する?
お前の明日へ繋がる道に光はなく──、お前の通って来た昨日には寂寞たる瓦礫の森が広がり、累々たる屍が積み重なる。
──よく聞け、秘宝を追い求める者よ。
…………声達は。
淡々と、ひたすらに淡々と、そんなことを囁いて来た。
けれど、体はぴくりとも動かず、呻き声しか放つことが出来ず。
九龍は、何かを言おうと何とか唇を震わせたが、やはり、言葉にはならなかった。
……だのに、声達の語り──否、問いは続き。
お前の真実の目は何処にある?
お前は自らの望みの為に何を差し出す?
お前のその心臓には何が宿る?
《秘宝》を追い求める者よ。
未だ、お前の前には苦難と危険が広がり、お前には、それに抗うだけの人を超越した力もない。
それでも追い求めると言うのか? 九龍の秘宝を──。
見下ろして来る『何者か達』に問われるまま、憑かれたように九龍が答えを返せば。
何時の日か、お前が秘宝を探し出し、それを手にする時を待つとしよう。
我が九龍の秘宝を──。
無意識の内にした、《九龍の秘宝》を追い求める、との九龍の答えをどう受け止めたのか……、『何者か達』は、静かな宣言をし、声も気配も、遠く霞ませ始めた。
「あ……」
──問い掛けに返す声は放てたのに、消えようとしているらしい彼等を呼び止めようとした声は、何故か声にならなかった。
体も、視線も、又、固まってしまったかの如くになって。
勝手に下りて来た瞼に視界を閉ざされ、九龍は再び、意識を闇に落とした。