「────い。……いっ! おいっ、九ちゃんっ! 九龍っ!」
頭はガンガンするし、体も痛む、と口の中で愚痴垂れながら、再度浮上して来た意識を更に自力で引き摺り上げたら、慌てている風に駆け寄って来る足音と共に、甲太郎の叫び声が聞こえ、んあ? と九龍は首を巡らせた。
「大丈夫かっ?」
「あー……、甲ちゃん。……んあ? お? おおおおお。体が動く」
「お前な……」
「おーーー。大丈夫そう。良かったー。……でも、ぶつけた頭は未だ痛い。ってー……」
横たわっていた彼の傍らにガバリと膝付いた甲太郎は、九龍の体を支え上げ、されるままに起き上がり、試しに、ブンッ、と腕を振った九龍は、もう大丈夫そう、と後頭部を撫でながらその場に胡座を掻いた。
「本当に大丈夫なのかよ……」
「だいじょぶだってばさ。甲ちゃんは?」
「俺は平気だ。俺も、落ちた時に頭を打ったらしくて、少し気を失いはしたみたいだが、別に何処も痛まないしな」
「お。なら良かったー……。そんで? 俺、探しに来てくれたの?」
「ああ。気が付いたら、お前も七瀬も周りにいなくて、ここが何処なのかも判らなかったから。……あんな狭い孔に落ちたってのに、おかしな話だろう? だから、取り敢えずお前達を探そうと思ったんだ」
「そっか。サンキュー、甲ちゃん。月魅ちゃんは?」
「未だだ。未だ、探せてない」
やれやれ……、と座り込んだ九龍のように、甲太郎もそこに腰下ろし、少しばかり憂鬱そうに、彼はこめかみを押さえた。
「ここ、何処だろね?」
「さあな。地下道のようだが……、皆神山の地下に、こんな場所があったとはな。この山がピラミッドだっていう話も、満更、戯れ言じゃないようだ」
「たーしかに。でも、あの穴に転がった所為で、ここまで落ちて来た、ってのは有り得ないっしょ。あそこ、底見えたしね。ってことは……、誰かに運ばれた、かな?」
「真相は判らないが……、まあ、そんな処なんだろうさ」
「月魅ちゃん、平気かな? 明日香ちゃんは……」
「探すしかない。ま、俺は心配してないがな。プロの宝探し屋がいるから」
「いやあ、照れるなあ」
「ヘボだけどな」
「…………甲ちゃん、一言余計。甲ちゃんが言い出したんだぞ? プロの《宝探し屋》と、そのバディの力を見せてやる、って」
「ああ。俺は、そのつもりだぜ?」
照明の代わりになるような物など存在している筈も無いのに、地下道らしきそこは、天香遺跡を彷彿とさせるように、壁そのものが薄く発光していて、洩れる灯りを頼りに、立ち上がった二人は辺りの様子を窺った。
「じゃ、行くとしますか。──甲ちゃん、方角判る?」
「無茶言うな。どの方角から、何処を通って、どうやってここに来たのか判らないんだ、記憶しようのないことは、俺にだって答えられない」
「お。それもそうか。『H.A.N.T』ならどうだろ」
右へ向かうか左へ向かうか、先ずそれから定めようと、九龍は甲太郎に少々無茶な要求をし、ゲン、と軽く蹴っ飛ばされてから、『H.A.N.T』を開いてみた。
小さな、けれど頑丈な機械は正常に作動し始め、が。
「……ありゃ。方位の計測は不能、だってさ」
「皆神山は、溶岩ドームって話だったな。……磁性溶岩帯か?」
「有り得なくはないやね。後、方位磁石狂わせるったら……電磁波系? どっちにしても厄介だなー……。ま、いいや。取り敢えず左! はーい、壁に左手を付いてー!」
『H.A.N.T』は、方位の計測不能、との結果を表示して来て、ならば野生の勘に頼るだけ、と九龍は元気良く声を張り上げ、石壁に手を付き歩き出した。
「最大級に遠回りな方法だ」
「何をーーっ!? どっちかの手を壁に付けて、その手を離さないように進むって方法が──」
「──どんな構造の迷路でも正しいと、回路網論で保証されてるな。でも、不必要な遠回りをさせられるのは確かだ」
「……およ。甲ちゃん、詳しいね」
「『恥ずかしくないようにしといてやる』。……そう言ったろ?」
通路の先の気配と空気に気を配りながら、二人は先へと進み。
「こういう場所にいると、思い出すな」
体感にして、二十分くらいが経ったと思えた頃、不意に、甲太郎が呟いた。
「何を?」
「あの学園の、あの《遺跡》を。お前と初めて相見えたあそこを」
「……うん。俺も思い出すよ。何て言うかなー。良くも悪くもって言うか、兎に角、一生忘れないだろう《遺跡》だから。天香学園もそう。色んなことあったし、色んなことしたし。甲ちゃんや皆と沢山沢山話して、馬鹿もして、戦ったりもして。……忘れろって方が無理」
「………………今度の《遺跡》──『場所』は、どうなんだ……?」
呟きから始まった話は、二人をしんみりとさせる思い出話となり。
……でも、思い出は思い出だから。『過去』だから。そして『現在』は、『過去』を上回る大いなる可能性を秘めているから。
夕べ、一人膨れ上がらせてしまった、後ろ向きな悶々とした想いを、又、性懲りも無く脳裏に甦らせた甲太郎は、そろっと『現在』を問うた。
「ん? 今度のとこ? 夕べも言ったけど、今度の所はー……──」
けれど、九龍から語られたことは、昨夜と同じく、『曖昧』だった。
何一つ、『掴めぬ』話でしかなかった。
「…………九ちゃん」
だから甲太郎は、彼の話を遮り。
「ほ?」
「教えてくれ────。俺は、今でもお前のバディか? 俺は、今でもお前に必要とされているか?」
思わずの問いを放った。
──……夕べとて、愛を交わした。
九龍の言葉の全て、向けられる表情、態度の全て、以前と何ら変わらず、己を求めてくれているそれと、愛してくれているそれと、実感は出来ていた。
ひょっとしたら九龍は怒り出すかも知れない馬鹿な問いをしてしまったのは、己の心が果てしなく狭い所為だと、自覚していた。
己達は、今も──この瞬間も、親友で、相棒で、恋人で、家族である、と判ってはいた。
だけれども……、甲太郎は不安だった。どうしようもなく。
彼にとって、この恋は、確かな、という意味では『初めて』に等しい恋だったから。
そして、確実に、生涯最後の恋だから。
愛されているという現実がそこにあっても、それが手に取れても、砂粒程度の細やかなモノで呆気無く躓ける程、彼の『その部分』は脆かった。
再会してより十数時間、何に不安を感じているのか、九龍の前では言葉にも出来ないくせに、己が直接知り得ること出来ない、『別天地での葉佩九龍』の全てを明らかにされたいとの、碌でもない我が儘も、彼の中には確かにあった。
「……天誅!!」
────放たれた、甲太郎の思わずの問いを受け、九龍はジトッと横目で彼を見遣るや否や、叫びつつ、蹴りを繰り出した。
尤もそれは、するりと避けられてしまったが。
「いきなり、何しやがる」
「それは俺の科白っ! いきなり、何言い出しちゃってんのっ!? 俺が宝探し屋を辞めない限り、甲ちゃんは俺のバディだっての、このアホンダラーーっ!!」
「九ちゃん……。……馬鹿なこと言い出して、すまなかった」
「ホントになっ! 全くもー……。何でそんなこと言い出すかな、甲ちゃんは……」
しかし、武力制裁が効かないなら口先勝負、と九龍は喚き出し、ブチブチと文句を垂れて。
「だから、悪かったって言ってんだろ」
「それが、心から反省している人間の科白かっ! もっとこう、殊勝に──」
「──ああああああ!! 九チャンっ! 九チャンだ、九チャンっ!」
文句垂れに拍車が掛かろうとした正にその時、地下通路の向こうから、何者かが駆け寄って来る足音と、叫び声がした。
「あーーーーーーっ!! 明日香ちゃんっ!」
「うわあ、皆守クンもいる! やっほーーーっ!! 処で、二人共、何してんの?」
足音と声の主は、明日香だった。
嬉しそうに駆け寄って来た彼女は、久し振り! と全開の笑顔で九龍の前に立ち、が、彼と甲太郎とを見比べ、不思議そうに首を傾げた。