「何してんの、って……、お前を探しに来たんじゃないかっ!!」

行方不明となってから二日は経とうと言うのに、何事もなかったかのように姿を現して、能天気な態度を取り続ける明日香に、甲太郎が怒鳴った。

「何で?」

しかし、明日香はきょとんとするばかりで。

「何でって……、お前が行方不明に──

──あたしが行方不明に?」

「そうだよ。お前、気紛れで皆神山に向かって、七瀬と電話してたんだろう? その最中に、お前の悲鳴が聞こえて、電話も繋がらなくなったって七瀬が言い出して、外出届の期限が切れてもお前が学園に戻って来ないから──

──あっ。そうそう。地震があって、そのまま穴に落ちて、気が付いたらここにいたんだ。表に出ようと思ったんだけど、道に迷っちゃってさー」

「道に迷ったって、どれぐらい時間が経ってると思ってんだよ……」

「えーと、一時間ぐらい?」

「二日だっ、二日っ!!」

「え?」

苛々と呆れを堪え切れなくなったのか、ひたすら喚きながら甲太郎は似非パイプを銜え、ガリガリと髪を掻き毟って、でも、明日香は彼の話を信じようとはせず。

「あっ、八千穂さんっ!!」

近くにいたのか、騒ぎを聞き付けたらしい月魅が、地下道の角の向こうより走り寄って来た。

「良かった、見付かったんですねっ!!」

「えぇぇぇぇぇぇっ!? ちょ、一寸待って、どういうことっ?」

「どういうことって、私と電話していた最中に、八千穂さんと連絡が取れなくなって……。だから私達、松代まで探しに来たんです」

「嘘ぉぉっ? じゃあ、今の皆守クンの話、冗談じゃなかったのっ? ホントに、あれから二日も経ってるのっ!?」

「ええ。そうですけど」

「だってっ! 月魅と電話してた時にあった地震の所為で、穴なんだか枯井戸なんだか、みたいな中に落っこちて、気が付いたらここにいて、でも、それから一時間くらいしか経ってないよっ?」

慌てた風に近付いて来た彼女に泣きそうな声を絞られ、やっと、甲太郎の言うことは冗談でも嘘でもない、と悟った明日香は、血相を変えて事情を語り出した。

「長い間、気でも失ってたんじゃないのか?」

「そんなことないってば! 気が付いた時、携帯の時計見たものっ。ちゃんと、二月九日の午後二時四十分って出たんだよっ。それにあたし、お腹空いてないもの。二日も気を失ってたら、絶対、お腹空き過ぎちゃってこんな風にしてられないもんっ。だから、あれから一時間くらいしか──。………………え、嘘……」

失神していた時間が長過ぎて、時間感覚が狂っているだけなんじゃないのか、と言い出した甲太郎に抗議すべく捲し立てを続け、ほら! と取り出した己の携帯を開き……、が、そこで彼女は顔を強張らせた。

「明日香ちゃん?」

「な、んで……? どうして? 何で、携帯の時計、二月十一日になってるの……? だって、さっきは確かに…………」

「……今、それを気にするのは止めよう。ここ、磁場がおかしいみたいだから、精密機械は狂うのかも知れないしさ。それよりも、早くここを出なきゃ。皆、無事に合流出来たし」

「う、ん。そうだね……」

携帯電話の時刻表示が正しいならば、だが、歩き回っていた僅かの間に、二日の時間が流れ去ったと知って、怯える風になった明日香を宥め、四名となった一行は、その『迷宮』よりの脱出に専念することにした。

「ルイ先生が教えてくれた仮説通りなら、ここは、縦三千メートル、横千六百メートル、深さ四百メートルの、楕円形空間だそうだから。取り敢えず、上を目指すとして……。んーーでもなあ、方角が判らないと、一寸難儀」

「確かにな。扉らしきモノも見当たらないし、何かの気配も取り敢えずはしないし……」

「やっぱ、遠回りにはなるけど、壁に手を付いて行きましょー作戦が確実?」

「それしか手はない気もするが。時間が掛かり過ぎるのが癇に障る。それにここが、その手段の唯一のネックの、壁に付いた手を絶対に離さざるを得ない構造の迷宮、だったら、お手上げだ」

「まーねー……。さーーて、どうすっかな……。何か、出口に関する手掛かりないかなあ……」

今考えた処でどうしようもない謎を一旦棚上げし、甲太郎と言い合った九龍は、明日香や月魅にはもどかしいと感じられるスピードで歩きながら、周囲の壁を調べ始める。

「………………うーーわーーーーー……」

──調査を始めて数分後。

何処で『拾った』のやら、アサルトベストのポケットの一つから大きな布切れを引き摺り出して、ごしごしと壁を擦った九龍は、天井を振り仰ぎ、遠い目をした。

「九ちゃん? どうした?」

「これ見て、甲ちゃん……」

「ん? ……これは……、古代神代文字…………」

覗き込んだ、埃を拭われたそこには、誠に誠に不本意ながら見慣れてしまった、『親しみ溢れる』文字が刻まれており、甲太郎は嫌そうに顔を顰め。

「何か俺、ここ、東京のお空の下にいらっしゃる黄龍様と剣聖殿に壊滅させて欲しくなって来たなー……。……神代文字か。ここでも神代文字かぁぁっ! こんちくしょーめーーーっ!!」

「暴れ出したい気持ちも判るし、壊滅させたい気持ちも判るが、とっとと解読しろ、馬鹿」

虚脱から一転、わーわーと喚き出した九龍を、彼は小突いた。

「へーい……。解読して、日本神話がどうたらこうたら、とか読み取れた日には、俺は暴れる。絶対に」

「……そう言えば、長野市には鬼無里って所があるんだったよな」

「ああ、ありますね。鬼女紅葉の伝説で有名な。一夜山の鬼の伝説もありますよ。その昔、天武天皇が計画した信濃遷都を阻止する為に、土着の鬼達が一夜で山を築き、それに憤慨した天武天皇が、阿部比羅夫あべのひらふに命じて鬼達を退治させたので、その山里は、鬼がいなくなった里、即ち、鬼無里と呼ばれるようになった、という伝説です」

「………………甲ちゃん? 何が言いたいのでしょーか?」

「鬱陶しい神話だけじゃなくて、鬼──異形も出て来るかもな? 九ちゃん?」

「くーわーーーーーーーっ! あーもーーーっ! マジでっ! マジで兄さん達引き摺って来るんだったっ!」

『H.A.N.T』に落としてある『素敵お便利』──古代神代文字の辞書ソフトと首っ引きになりながら、壁に刻まれた文字を解読中の九龍に、ふ、と甲太郎は長野市の一地方のことを言い出し、「ああ、その話なら」と月魅が知識を披露して、鬼も、との、冗談とも本気とも付かぬ彼の科白に、宝探し屋は、半ばヒステリーを起こし掛けた。

「って……。……又か! 又なのかーーーっ!!」

「ま、又、地震ですかっ!?」

「あたし、地震はもうヤだーーっ!」

「どいつもこいつも喚いてる暇があったら伏せろっ!」

────その瞬間。

幾度目かになる『地震』が、一同を、地下道を襲い、強過ぎる揺れに成す術無く体を揺すられた彼等は、揃ってバランスを崩した。

地震というには不可思議過ぎたその揺れは、四人の足を掬い、投げ出されるようになった九龍達は、有り得ぬ浮揚感に包まれ、床に叩き付けられた風な衝撃を受けた訳でもないのに、ふ……っと、静かに意識を途切れさせた。