──2005年 03月──

明らかに、流れ行く速さが落ちた、と甲太郎には感じられても、日々は、確実に、日一日と過ぎた。

明日香を見付け出して学園に戻って、又、九龍と別れてから再会するまでの一ヶ月間と変わらぬ、けれど、余りにも緩慢に流れて行く日々を彼は過ごし出し。

………………暦は、三月──卒業、の月に。

九龍が『単身赴任』に出てから、甲太郎の寮の自室に増えた物が、一つだけある。

それが何かと言えば、月替わりの卓上カレンダー。

彼の部屋は、入学当初から余り生活感という物がなく、三年近くの年月が過ぎてもそれは変わらず、幼い頃から出来ることは自分でやる習慣が付いている所為で、去年までの怠々な態度からは想像も付かぬくらい常に片付いており、例えばポスターと言った物や、自前のインテリアも一切飾られておらず、これまで、決して広いとは言えないその部屋で生活の気配を感じさせる物は、男子高校生の持ち物としては、異様、とも言える程種類豊富なスパイス類が並んだキッチンの棚と、きちんと磨かれている、以前彼が九龍にやったカレー鍋と揃いのそれと、ワンドアの冷蔵庫の中味──収められているのが、カレーの材料のみであるとしても──だけだったのだが。

人が、その場所で毎日を確かに送っている、と見る者に感じさせる品の一つが、九龍が旅立って直ぐ、彼の部屋の机の隅に、人目を憚るように置かれた。

──それまでの彼には、今日が何年何月何日だとか、何曜日だとかを、積極的に確かめようという意思が皆無だった。

何年だろうが、何月だろうが、何日だろうが、何曜日だろうが、どうでも良かった。

唯、どれ程経とうと、何が起ころうと、決して何も変わらない日々を、花の香りに埋もれてぼんやりと過ごしつつ見送っていただけの、生きることさえ面倒臭かった──否、一分でも一秒でも早く、『日々』が『死に場所』になればいいのに、とさえ思っていた彼に、日付や曜日は、無意味で不必要な物だった。

だが、一人の若き宝探し屋の手によって、『死に場所』になると思っていた『日々』は塗り変わり、『死に場所』になる筈だった場所は解放され、早朝の、『暫しの別れ』を経て。

彼は、日付という数字を気にし始めた。

九龍と交わした約束の日──卒業式は、後何日経てばやって来るかと、指折り数え始めた。

故に、彼の自室の机の片隅には、ひっそりと、忍ぶようにそれが置かれて。

──三月十日 木曜日、夜半。

眠ろうともせず、甲太郎は、部屋に設えの勉強机に着き、小さな卓上カレンダーを眺め、溜息を零した。

……偶然の再会から、一月が経った。

夜が明ければ、約束の日だ。

今年度の、天香学園高等学校卒業式が執り行われる日。

なのに、今にも日付が変わろうか、というこの夜更けになっても、彼の許へ、九龍よりの連絡は届かなかった。

そもそもからして、偶然の再会を果たしてよりこっち、何故か、九龍からの連絡は滞りがちになっていた。

最低でも週に一度は交わしていた携帯電話越しのやり取りは、二週に一回以下の頻度まで落ちて、数日に一度は送り合っていたメールも、十日に一度程度になってしまった。

そして、今日になっても、九龍より甲太郎への連絡はない。

……明日は、卒業式なのに。約束の日なのに。

「ったく……。何やってやがる、あの馬鹿…………」

又、深く重たい溜息を吐くと、甲太郎は苛立った手付きでアロマのパイプを銜えた。

彼は未だに、それをどうするべきか悩み中で、でも、つい二ヶ月半前までは、持て余した、己が犯した過去の罪の据え場所だったそれも、段々と、喫煙者にとっての煙草のような、止めた方が本当はいいのだろうけれど中々手を切れない嗜好品、との位置付けへと変わりつつあって、……しかし。

この一月、偶然の再会を果たすまでの一月とは比べ物にならぬ程、彼が『嗜好品』を銜える頻度は上がった。

去年までの頻度にほぼ等しい、と断じても過言ではない程。

その所為で、以前程頻繁ではないが、暇を見付けては鍛錬に付き合ってくれる京一や龍麻に、先日とうとう、「最近、何か遭ったのか?」と心配までされた。

だけれども、九龍と偶然の再会を果たした際覚えた違和感を切っ掛けに膨れ上がらせてしまった、自身でも子供染みていると思う不安と独占欲を未だに拭えずにいて、なのに九龍とは上手く連絡が取れなくて……、などとは、流石に甲太郎には打ち明けられなかった。

お互いの様々な事情に嫌という程首を突っ込み合ってしまった、実の兄の如くに想っている青年達が相手だとしても、吐露するには余りにも恥ずかし過ぎる胸の内だったから。

だから、何でもない、一寸疲れているだけだ、と二人には言い訳を告げ、自分は、これまでの日々と同じく過ごしていればいいのだと、彼は懸命に己に言い聞かせた。

卒業式の日までを耐えればいい。

それまでの我慢だ。

必ず、約束の日までには帰ると誓った、九龍を信じていればいい。

……口の中で、そう何度も呟きながら。

………………でも……、日々は過ぎても。

夜が明ければ卒業の──約束の日が、やって来る今になっても。

九龍と連絡は取れなかった。

待てども待てども、報せは入らなかった。

故に彼は、ひたすらアロマを香らせ続け、小さな卓上カレンダーを睨み付けた。

机の上の、日付を知らせるそれの前に置かれた小振りの灰皿には、灰とされたアロマステッィクの山が出来ていた。

カーテンを開け放ったままの窓辺からは、晴天を確信させる朝日が射し込んで来ていた。

「朝、か……。寝ちまってたんだな……」

無理矢理に重たい瞼を抉じ開けて得た、ぼう……っとした視界の中に、汚れ切った灰皿が、射し込む朝日が映って、甲太郎は、己が机に突っ伏し何時しか眠ってしまっていたことと、約束の朝がやって来たことを知る。

不自然な格好でうたた寝してしまった所為で、悲鳴を上げる節々を騙しつつ起き上がり、彼は、祈るような気持ちで、携帯を開いた。

「本当に、何やってんだ、馬鹿九龍…………っ」

────約束の日の、朝になっても。

九龍からの連絡はなかった。