救急車でなく、他所の病院の搬送車で押し掛けて来た怪我人とその付き添い達に、玄関ロビーまで出て来た、桜ヶ丘中央病院の岩山たか子院長は、始めの内こそ少々渋い顔をしていたものの、京一と龍麻に事情を語られてよりは、「まあ、そういうことなら」と、怪我人を引き取ってくれた。

「全治一か月って処かね」

──『あちら』の病院で痛み止めを打って貰っていたので、今の処、口先は何時も通り元気一杯な九龍に、処置室にての診察を終え、たか子は診断を伝えた。

「ええええーーーっ!? そんなに掛かるんですかっ?」

「普通の病院だったら、悪くすれば三ヶ月は掛かるよ」

「えー…………。『ここ』だから、パパッと治るかと思ってたのにぃ……」

「命に関わる怪我じゃないんだ、極力、普通に治しな。お前の体の自前の治癒能力が、馬鹿になるよ」

「う……。で、でも、そこの兄さん達は、年中、『力』──

──馬鹿者。見習うんじゃない。そいつ等は、人並み外れて『頑丈』だからね。でも、お前は人並みだ」

あの夜お世話になった、『ピンクなナース』さんの勤める病院の、ヴァチカンも認める霊的治療の第一人者に厄介になるのだから、骨折くらい簡単に治って、掛かっても一日、二日で娑婆に戻れる、と思っていたのに、予想外の診断を下され、九龍は泣き落としに掛かったけれど、『桜ヶ丘のドン』は、ジッタリ……、と笑いながら九龍を舐め回すように見詰めつつ、すげなく言った。

「そんなぁぁぁぁ………………」

向けられた笑みと視線に、ひっ……、と小さく喉の奥で悲鳴を上げ、診察台の上でジリジリと後ろに下がりながら、九龍は青年達に視線を送った。

何とか院長先生に執り成して下さい! の訴えの籠った目で。

「あー……」

「はは……」

その視線を、乾いた笑みを洩らしつつ、あからさまに京一も龍麻も避けた。

「狡い! 二人して狡いっ! こ、甲ちゃんっ! 俺……俺はーーーっ!」

「俺に、何とか出来る訳がないだろうが……」

ならば、と最後の頼みの綱、甲太郎へと九龍は縋る目を向け、が、彼も又、唇の端を引き攣らせながら、然りげ無く、視界の中より女傑の姿を追い出した。

「ま、まあ、ちったぁのんびりするのも悪かねえよ。な、ひーちゃん?」

「うん。たまにはそういうのも、いいんじゃないかなー、と。ハ、ハハ。ハハハハハ……」

「これに懲りれば、九ちゃんでも少しは反省するかも知れないしな」

「何だよ、皆してーーーっ!」

チロっと自分達を肩越しに振り返った彼女から逃げるように、然りげ無く後退って、青年達も甲太郎もひたすら顔を背け。

「往生際が悪いね。三ヶ月掛かる処を、一ヶ月にまで『サービス』してやるってのに、何が不満だい? メスも入れないで済むようにしてやると言ってるだろう? ……それとも……何か気に入らないかい…………?」

「ひぇぇっ!! い、いえっ! 気に入るとか気に入らないとか、そういうんじゃないんですけどっ! ええ、もう全く! ででで、でも、よ、欲を言うなら、三月一杯には退院したいな、とか思うと言うか!」

たか子は『迫力』の笑みを湛えたまま、喚く患者へにじり寄り、「このままじゃ、俺、食われるかも知れない!」と怯えながらも九龍は、精一杯の主張をした。

「……ま、どうしてもって言うなら、考えてやらないこともないさね。前向きに検討して欲しかったら、『良い子』にしてな」

「は、はい……」

その主張が、受け入れられたのか受け入れられなかったのか、判別し辛い、宙に浮いたような形になった処で、たか子は、又後で、と処置室を出て行き、呼ばれた舞子や、今は舞子同様、看護師としてここに勤めている比良坂紗夜によって九龍は病室へと運ばれ、青年達は席を外す風に、久し振りに会うことになった彼女達と、「時間が取れるなら茶でも」とか何とか言いながら姿を消して、迫った黄昏が忍び込む病室に、九龍と甲太郎の二人が残された。

「嫌だーーーっ! 一ヶ月も入院するなんて耐えられるかーーーっ!」

人々の気配が消えた途端、早速、九龍はジタバタ喚き始める。

「仕方無いだろう、自分の所為だ」

「だけどさぁぁぁっ! そりゃ、駅のホームなんかでダッシュ掛けたのはいけなかったかもだけど、おばあちゃんとぶつかりそうになったのも、それ避けてエスカレーターから転がり落ちたのも、不可抗力だっ!」

「……お前な。少しは反省しろよ、馬鹿野郎」

「う…………。御免…………」

上半身を起こし、しっかりがっちり固定されてしまった両足を恨みがまし気に見遣りながら、ぎゃんすか訴える九龍に、枕辺まで引き摺って来たパイプ椅子に腰下ろしている甲太郎は、機嫌が悪いとありあり判る声と態度で受け答え、だから、やがて九龍の喚きも小さくなり、彼は、しゅん……、と身を縮めた。

「えっと……、えっと。…………ほんと、色々、御免な? 甲ちゃん。心配させちゃったかも知れないし……、迷惑も掛けちゃったし……。何より、その……俺のドジの所為で、嫌な思いさせて……。だから、その、うっと……」

「さっきも言った。そんなことは、お前が気にすることじゃない。どうでもいい」

「……でもさ。甲ちゃん、未だ怒ってるっしょ……?」

「当たり前だ。そう簡単に怒りが収まる訳ないだろっ。お前が怪我人じゃなかったら、疾っくに蹴り飛ばしてる。連絡の一つも寄越さずに、結局卒業式に顔を出さなかった処か、何時まで待っても来やしなくて、やっぱり、もう、お前は天香ここにも俺の所にも還って来るつもりなんかないんだろう、って思い切ろうとした直後にあの二人に捕まって、死ぬかと思ったくらい壮絶な運転の車に乗せられて、連れてかれたのはあそこで。それもこれも、何も彼も、どうしようもなく粗忽で馬鹿で間抜けでトロいお前が、顎が外れるような騒ぎ起こしてた所為だって聞かされて。……俺が、怒らないで済ませると思うのか?」

「………………そこまで言わなくったっていいじゃんか。甲ちゃんの鬼。そりゃ俺は、粗忽で馬鹿で間抜けでトロいかもだけど、俺だって、何とかして卒業式に間に合わせようって必死だったんだぞっ! ずーっと寝不足で、ラスト二日は徹夜で、ほんっとーーーーー……に必死こいて全部終わらせてっ。でもさっ。それでも、やっと東京に向かえるってなったのは今日のお日様出た頃で、悠長にしてる暇なんか無かったから、まーたロゼッタ騙して羽田までは運んで貰えるように話付けたり、も、全力投球だったってのにっ! 俺だってなあ、落ちたくて落ちた訳じゃないし、欠席しようと思って欠席したんじゃないやいっ!」

「だからって、あんな馬鹿馬鹿しい騒ぎなんか引き起こすなっっ。卒業式の開式に間に合わないと思ってそこまで焦ったんだったら、電車の中でも何でも、メール一本打てば良かったんだっっ」

「そんな余裕なかったっ!」

「威張るな、馬鹿九龍っ!」

「しょうがないじゃんか、俺は本当に本当に、卒業式に出たかったんだっ!! 何とか遅刻しないようにって、それだけで頭一杯でっ! でも結局出られなくって、甲ちゃんとの約束守れなくって、挙げ句、今日から暫く入院生活なんだぞっっ。迷惑掛けた分は怒られたって仕方無いとは思うけどさ、ちょびっとくらい慰めてくれたっていいじゃんかっっ。それに何だよ、やっぱりもう還って来るつもりなんかない、とか言っ……────。………………んんん?」

殊勝な態度の『御免なさい』は、何処までもすげない甲太郎の言葉や態度の所為で、あっという間に八つ当たり込みの文句になり、だから、彼等の文句と文句の言い合いは暫し続いて。

むきっっ、とブンブン両腕を振り回しながら、甲太郎の言い種を繰り返した九龍は、言われた瞬間は聞き流してしまったその言い回しの『おかしさ』に、はた、と気付き、首を傾げた。