「んーーーーー? こーたろさーん?」

「…………何だよ」

「『やっぱり』、『もう』、還って来るつもり『なんか』ない、って。……どーゆー意味? もしかしなくても、甲ちゃん、俺は還って来ないもんだと思ってた、とか言う?」

「そうは言ってないだろ」

「いんにゃ。さっきの科白は、絶対そういう意味だ。…………甲ちゃん。甲太郎。俺の……この俺の誓いなんて、最初から信じる気がなかったってか、この薄情者ーーっ!!」

自分でも気付かぬ内に洩らした本音を九龍に拾われ、しまった、と甲太郎は思ったが、それは後の祭りで、科白の意味する処を察した九龍は、益々大声で怒鳴り始めた。

「だからっ。信じてなかった訳じゃないし、信じる気がなかった訳でもないっつってんだろっ」

「……あ。開き直ると仰る? へー、ほー、ふーん。…………じゃあ、さっきの甲ちゃんの科白の真意ってのを、とっくりと聞かせて頂こうじゃあーりませんか」

「…………真意なんてない。言葉の綾だ」

「んな訳あるかっっ。やっぱり、とか、もう、ってな単語が飛び出て来たってことは、そう思ってたってことだろうがっっ。──甲ちゃん。怒んないから白状してみ?」

「だから……っ。だから…………」

形勢は逆転し、先程まで追い詰めていた九龍に、今度は追い詰められる羽目になって、バツが悪いのを誤摩化す風に、甲太郎は幾度か頭を掻きつつ、ブツブツゴニョゴニョ呟きながらの、往生際の宜しくない態度を暫し見せてから、やっと、小声での白状をした。

二月の、あの、再会を果たした一日の間に、己が何を考え、何を思い、どんな不安に駆られていたかを。

久し振りに盛大な復活を果たした後ろ向き思考と、子供染みた我が儘と、碌でもない独占欲を、背中や胸の中に隠していたことを。

本当に言い辛そうに、小さな、覇気のない声で彼は九龍に打ち明けた。

抱え続けた、隠し続けたことを、あれから一ヶ月後の今日まで引き摺り続け、あまつさえ、一層膨れ上がらせたことも。

「だ、から……。昨日になってもお前から何の連絡も入らなくて、卒業式が始まっても、終わっても、お前が還って来なかったから……、『やっぱり』、『もう』、お前は還って来るつもり『なんか』ないんだろうと思って……」

──少しばかりの時を要して語られた白状は、何とか、結論まで辿り着き。

「あのさー……、甲ちゃんさー…………」

「…………何だよ」

「甲ちゃんも判ってるかも知れないけど、さっき言った、怒んないから白状してみ? ってのは、大義名分ってーか、建前ってーかで。あんまりなこと言われたら、そんな約束なんか反古にしてやる気、満々だったんだけどさー。……俺、怒るの通り越して、呆れた…………」

黙って、最後まで甲太郎の白状を聞き終えた九龍は、肺の中の空気を全て吐き出す風な、それはそれは大きな溜息を付いて、がっくりと肩を落とした。

「俺だって、自分で自分に呆れてる」

「うっわー。なーーにを開き直ってるんでしょうかねー、このお馬鹿さんな人。…………でも、まあ。甲ちゃんが、基本的にはバリバリ後ろ向きな質してる、ネガティブ少年だっての、忘れてた俺も悪いのか……。いっくら、甲ちゃんが去年までよりは前向きさんになったって言ったって、急に、何から何までポジティブに、ってのは無理だよなー。そうだよなー……。……うん、俺も悪いのかも知れない……」

掛けられた、胸許までを覆う毛布の、白いカバーの縁をじーっと虚ろに見遣り、はは……、と乾いた笑いを九龍は洩らす。

「……九ちゃん。その…………、これでも一応、反省はしてるつもりなんだ」

まるで、真っ白に燃え尽きてしまったかの如くな九龍の風情に、流石の甲太郎も、彼なりの殊勝な態度を取り始めた。

「甲ちゃんが、これっぽっちも反省してくんなかったら、俺、うっかり、手、滑らせてるかも知んない。甲ちゃん、撃っちゃうかも知んない……」

「物騒なことを言うな」

「物騒なこと言わせてんのは誰だーーーっ!! 大体っ! 俺がうっかり甲ちゃん撃っちゃったって、余裕で避けるでしょーが、余裕でっ! ……もー、甲ちゃんってばさー……。…………でも、色々隠しちゃった俺も悪かったんだよな。まさか、甲ちゃんがそんなこと考えちゃうなんて想像もしなかったし。それに、俺がちゃんと卒業式に出席出来てれば、甲ちゃんの不安なんて、ぽぽいのぽいと消えてなくなったんだろうからさ。御免な? 甲ちゃん」

「…………いや。悪いのは俺だから。すまなかった。馬鹿なこと考えて……」

顎が外れる処か落ちる程の衝撃を受けた白状の所為で、虚ろな目をすること止められず、はあ……、と溜息ばかりを零す口から物騒なことも九龍は洩らし、それまで以上に反省の態度を甲太郎は見せて。

「……おや。本当に殊勝だぁね、甲ちゃん。ま、いいことではあるか。──ほんじゃあ、取り敢えず。甲ちゃん、俺の話、聞いてくんない?」

「……ああ」

やれやれ……、と苦笑しながら九龍は、曖昧でない、『この二ヶ月の話』を始めた。

「ロゼッタ絡みの都合とか、宝探し屋としての都合とか、そういう事情があって、昨日まで潜ってた遺跡のこと、甲ちゃんに言わなかった訳じゃないんだよ。俺が何喋ったって、甲ちゃん言い触らしたりなんかしないし、口固いし。甲ちゃん相手に隠したって無意味だし。じゃあ、何で誤摩化してたかって言うと、理由は二つあって。色々喋ったら、甲ちゃんのオカンな属性刺激しちゃうことになるかな、と思ったのが一つ。あんまり、心配掛けたくなかったから」

「オカンって言うなっつったろう」

「うるさい。甲ちゃんは今、俺に抗議出来る立場じゃないでしょーが。──で、二つ目。最初の内は判らなかったんだけど、先月のあの頃には、昨日までの所も、《天御子》が関わってるかも知れない、って、出来れば全力で否定したかった可能性が、バッチリ浮上しちゃっててさ。……そんなこと、甲ちゃんには言いたくなかったんだよ。俺だって、天香遺跡でのこととかあそこが抱えてた秘密とか、過ぎるくらい記憶鮮明なんだから、甲ちゃんはもっと記憶鮮明の筈で、うっかり余計なこと喋って、甲ちゃんが思い出さないようにしてること、振り返らせちゃったら悪いなー、と思ったんだ。皆神山に行って、《天御子》のこと、月魅ちゃんが言い出した時の甲ちゃんの反応、ああだったからさ。やっぱり、甲ちゃんには黙ってて正解だった、って俺は踏んでたんだけど……、御免、徒になっちゃったみたい」

「そうか。それで…………」

『別天地』の遺跡のことを黙っていた二つの理由の一つ、それは、《天御子》にある、と知って、自分の所為で九龍に余計な気を遣わせて、挙げ句、己の首も絞めた、と甲太郎は軽く落ち込んだ。

「向こうでのバディのこととか言わなかったのは、甲ちゃんが妬きもち妬きさんだから。まさか、何にも言わなかったら言わなかったで、妬きもち妬くとは思わなかったけど」

「……悪かったよ…………」

「ホントだよ。でも、学習出来たからいい。甲ちゃんには、何でも彼んでも、取り敢えずでも、報告しとくのがいいって。──えーと、次は何だっけ。……あ、そうだ。ほんで、二月のあの後から今日まで、甲ちゃんにも中々連絡出来なかったのは、何とかして、全部を卒業式に間に合うように片付けようと思って、忙しくしてたからってのと。……皆神山に行ったから」

恋人が、目線を宙に漂わせつつ落ち込んだのに気付かなかった訳ではないが、多少なりとも懲りて貰う為に九龍は放置を決め込み、更なる一撃をくれてやってから、空っ恍けて話を元に戻した。

「皆神山? 何で、あの山のことが出て来る? あの山も、《天御子》に関係してるかも知れないからか?」

「うん。……社の奥にあった穴から落ちた時、俺、意識飛ばしたじゃん? 夢だったのか現実だったのか、俺自身にも判んないけど、あの時、変な連中に取り囲まれて、話し掛けられたんだよ」

「変な連中……? ……もしかして、実験動物を見るような嫌な目付きで見下して来る、気配のあやふやな連中のことか?」

追撃を受けて、更なる落ち込みは見せたが、九龍の話が、皆神山で遭遇した『変な連中』のことに辿り着いたので、それなら俺にも心当たりがある、と甲太郎は僅かばかり気を持ち直す。

「およ。ひょっとして、甲ちゃんも遭遇した?」

「ああ。俺が、そんな視線と気配を感じたのは、あの地下道の中で気を失った筈なのに、何故か枯井戸の脇で目が覚めた時だったが、確かに感じた」

「…………そっか。甲ちゃんもなんだ……」

己が遭遇したモノに、甲太郎も触れていた、と知って、その時、九龍は酷く厳しい顔をした。