「ん? お前……、話し掛けられた、って言ったな?」
「……うん。話し掛けられた。話し掛けられたって言うか、色んなこと訊かれた」
ローカル電車の中で想像した通り、九龍も又、あの、如何とも例え難い視線と気配の主達を……、と知り、彼の拵えた厳しい顔付きに釣られたように、甲太郎は眉を顰め、あの折の体験を、九龍は甲太郎に打ち明けた。
「訊かれたって、何を?」
「連中、俺に、『秘宝を追い求める者よ』って呼び掛けて来てさ。どうして渇望するんだとか、どうして破壊するんだとか、言われた。お前の真実の目は何処にあるとか、自らの望みの為に何を差し出すんだとか、心臓には何が宿るかとかも。…………俺の前には苦難と危険が広がってて、それに抗うだけの人を超越した力もないのに、それでも、九龍の秘宝を追い求めるのか、とかも言われてさ」
「…………それで? お前は、何て答えたんだ……?」
「何となく──唯、何となく……、なんだけど。そうやって答えようって思った訳でもないのに、口を付いて出たことを伝えて、それでも九龍の秘宝を追い求めるのかって訊かれた時には、本当に、何かに憑かれたみたいに、追い求めるって答えてた。……そしたら、言われたんだ。『何時の日か、お前が秘宝を探し出し、それを手にする時を待つとしよう。我が九龍の秘宝を──』……って。無機質この上無い、イヤーー……な声で。……それだけでも、うっわ! とか心のどっかで思ったのに、その後、皆とあの地下道彷徨ってた時に、俺、思い出しちゃったんだよ。あの、嫌な声に憶えがある、って」
「憶え? 何処かで聞いたことのある声なのか?」
「聞いたことがあるって言えるかどうかは、微妙な処なんだけど。──前にさ、俺と月魅ちゃんの体が入れ替わっちゃった騒ぎの時に、兄さん達の部屋に泊めて貰って、朝、俺が、変な夢見たって騒いだっしょ?」
皆神山の地下道で遭遇した『誰か達』のことを語り、その『声』のことを語り、九龍は、少しばかり懐かしい話を始める。
「ああ。お前が初めて、化人はキメラだ、って言い出した時の、だろ?」
「そうそう。あの時に見た、猛烈変な夢の中で喋ってた声にそっくりだったんだよ、連中の声。合成音みたいなのが、培養槽がどうたらとか、蛋白質の結晶化がこうたら、とか言ってる横で、自分達にはもう時間がないとか、全ての培養槽を開け放つがどうとか言ってた、夢の中の声に、そっくりなんだ……」
「成程…………」
「だから、俺には、皆神山も《天御子》に絶対関係があるって思えてならなくてさ。天香遺跡も、昨日やっつけた遺跡も、そうだったみたいに。……まあ、そういう訳で。俺、一寸、一人だけで悩んでみたくなったんだよね」
「悩むって、何を?」
「……俺さ、先月のあの時も未だ、宝探し屋を続けるか、それとも止めるか迷ってたんだ。俺は、本当はどうしたいんだろう、って、ずっと考えてた。でも、そんな風に悩んでる間に、今度の遺跡も《天御子》に関係があって、皆神山もそうだって判って。だから、あの電車の中で、俺、うっかりって言うか、思わずって言うか……、思っちゃったんだよ。だったら、《秘宝》を追い求める者に──九龍の秘宝を追い求める者に、なってやる、って。……だけど、口で言う程簡単なことじゃないし、俺がそれを結論にしたら、甲ちゃんも、俺のそれに巻き込まれることになるから。一人で考えたかったんだ。甲ちゃんに話聞いて貰ったり、甲ちゃんの声聞いてたりしたら、挫けるって言うか……、色々、いいやいいやで流しちゃうんじゃないかって思えて。けど、そんなことしちゃったら、俺、何時か後悔することになりそうで……」
────皆神山での出来事と、少しばかり懐かしい話と、『別天地』での遺跡の話が混ざった九龍の語りは、やがて、彼の、『未来』に関する結論の話へと近付いた。
「………………で? 思い切れたのか? 決心は、付いたのか?」
言葉なく、話に耳傾けていた甲太郎は、パイプ椅子に少しの軋みを立てさせながら身動ぎをし、僅かばかり俯かせていた面を上げた。
「…………うん。──甲ちゃん。俺、宝探し屋、続けようと思う。《秘宝》を──《九龍の秘宝》を追い求める者になる。ロゼッタも辞めない。宝探し屋でいるんなら、ロゼッタに所属してた方が便利だし、色々融通利くから。この先も、向こうが俺のこと、いいように利用しようって言うなら、俺だってロゼッタのこと、いいように利用し返してやる。俺は、ロゼッタの為に《九龍の秘宝》を探すんじゃないから。俺の想いの為に探そうって決めたから。……有っちゃいけない。俺達ヒトの世界に、《九龍の秘宝》なんて有っちゃいけないんだって、俺は思うんだ。馬鹿野郎様なあの連中の所為で不幸になってる人が、今も未だいるなら。そんなことだって、あっちゃいけないって。だから、俺は、《九龍の秘宝》を探したい。探し出したい」
それが、お前の出した結論なのかと問うて来ている、甲太郎の焦げ茶色の瞳を真っ直ぐに捉え、九龍は、想いを──恐らくは、その生涯を懸けることになるだろう想いを、甲太郎へと伝えた。
はっきりと。
「お前は、そうしたいんだな?」
「うん。……甲ちゃん。それでも、俺に付き合ってくれる? それでも、甲ちゃんの未来も人生も、俺にくれる? 俺と一緒に、宝探し、してくれる?」
「……愚問だろ。俺の未来も人生も、疾っくにお前のモノなんだ。そういう風にするって決めた、お前の未来と人生が、俺のモノになるんだしな。宝探しでも何でも、一緒にしてやるよ。それが、お前の望みなら」
伝えられた想いは真っ直ぐで、揺るぎなくて、でも、何処か、申し訳なさそうに窺って来る気配があって。
甲太郎は苦笑しつつ腕を伸ばし、今更なことを問うて来た九龍の額を、爪先で思い切り弾いてやりながら答えた。
「…………ありがと、甲ちゃん。──二人で世界中巡って、九龍の秘宝探しして。探し出せたら、この世から抹殺してやろうなっ!」
ピシリとやられたそこを、痛い、と擦ってから、九龍は、嬉しそうに、花のように、ふわりと笑んだ。
「ったく。お前はどうしてそんなに、暑苦しいんだか」
その笑みに、優しく笑み返し、口では悪態を吐きながらも甲太郎は、九龍のベッドの枕辺に腰掛け直し、漸く心底から安堵出来た風に、彼を抱き締める。
「と、いう訳で。──これからは、ずーっと一緒なんだから。もう、馬鹿なこと考えたら駄目だかんな。二度とは許さないかんな」
「だから、悪かったって言ってるだろうが」
「いいじゃん。一寸ぐらいグチグチ言わせてくれたって。ホントーーーに呆れた…………って、ん? ……ありゃ。甲ちゃん、ラベンダー臭が復活してる。なして?」
「なして、って……。誰かの秘密主義の所為で、あれから今日まで、本当に心臓に悪い毎日だったんだよ。『嗜好品』でも銜えてないと、やってられないくらい」
「俺の所為かいっ! 何でも彼んでも悪い方に解釈した、甲ちゃん自身の所為じゃんかっ。ネガティブ体質の所為じゃんかっ。…………んでも」
ふうわりと抱き締めて来た優しい腕は、去年までのようにラベンダーの香りがして、その理由を知り、九龍は、えへら、と笑った。
「何だよ」
「んー? 『嗜好品』かあ、って思ってさ。目一杯馬鹿だとは思うけど、俺のことでそんな風に思い詰めて、俺のことだけ思って、甲ちゃんがアレ銜えてたんなら、葉佩九龍君的には、悪くない変化かな、と」
「…………言ってろ、馬鹿」
「甲ちゃんのアレが、『他の誰か』じゃなくて、俺と結び付いたんなら、別に、無理して止めなくてもいいんでない? とかも思うけど? うん、もう、妬きもちも妬かないしー」
「……うるさい。その、よく廻る口を塞げ」
「あっはーー。照れてやんの」
「………………久し振りに蹴られたいか?」
「じょーだん。ってか、俺、怪我人っ!」
どうしてそこで笑う? と顔を顰めた甲太郎に、えへらえへら、九龍は笑み続け。
言われてやっと、己の中で『あの人』は遠くなり、『あの人』が絡み付いていた丘紫の香りには、『あの人』でなく、恋人が忍ぶようになっていたのだ、と気付いた甲太郎は、急に湧き上がって来た気恥ずかしい心地を誤摩化すべく、暴力的なことを言い出して。
二人はそれより暫し、ぎゃいのぎゃいの、今まで通りの馬鹿な騒ぎと言い合いを繰り広げた。