「…………うん。──甲ちゃん。俺、宝探し屋、続けようと思う。《秘宝》を──《九龍の秘宝》を追い求める者になる。ロゼッタも辞めない。宝探し屋でいるんなら────…………から、俺は、《九龍の秘宝》を探したい。探し出したい」
────もうそろそろ、悩み多き、お騒がせ少年達の痴話喧嘩も片付く頃だろうと踏み、病室の前に立った途端、中から、九龍が、己が定めた未来を語る声が聞こえて来て、ドアをノックする寸前だった手を止め、京一と龍麻は顔を見合わせた。
「……愚問だろ。俺の未来も人生も、疾っくにお前のモノなんだ。そういう風にするって決めた、お前の未来と人生が、俺のモノになるんだしな。宝探しでも何でも、一緒にしてやるよ。それが、お前の望みなら」
続き、彼の決心に当たり前のように応えた甲太郎の声も聞こえ、見詰め合ったまま、青年達は苦笑を浮かべる。
「多分、そうなるんじゃないかなあ、とは思ってたけど……」
「しょうがねえだろ、あいつ等だし。それが、九龍と甲太郎の人生だ」
「そんなことくらいは、言われなくたって俺にも判ってるけどさ……」
「……ま、ひーちゃんの言いたいことが判んねえ訳じゃねえけどな。多分、九龍の奴は、『あのこと』忘れてるだろうしよ。甲太郎は覚えてるんだろうが……、九龍の答えがアレな以上、あいつは何も言わねえだろ。そういうトコ、あいつはきっと、俺によく似てる」
「…………そうだね。でも……しょうがない、のかな」
「多分、な」
二人揃って、くるりドアに背を向け、そのまま凭れ掛かり、小声のやり取りを交わして後。
龍麻は酷く寂しそうに、京一は苦笑いを深め、暫し、告げる言葉が見付からぬ風に、彼等は沈黙を続けた。
だが。
やがて彼等は、リノリウム張りの廊下に落としていた視線を持ち上げ、しっかりと見詰め合い。
「京一は……大っ嫌いな言葉だけど。これも、運命、かな」
「かも、な。運命かも知れない。でも、運命じゃないかも知れない。ま、どっちにしても、なるようになるし、なるようにしかならねえし。どうしてもって言うんなら──」
「──『なるように、してやる』?」
「勿論」
「あは。何時でも、どんな時でも、京一って、ホンットに自信家だよね。……じゃあ、今回も、京一のそれに期待しようかな。京一のその言葉に裏切られたこと、一回もないから」
「そんなこと言ってるお前だって、何時でも、『なるようにしてやる』って思ってんだろ? で以て、実際、そうして来たじゃんよ、お前も」
「……うん。だってさ、俺と京一が揃ってて、何とかならない訳ないし?」
「だな。──つー訳で! こっそり買って来たこいつが冷めねえ内に、改めて、ガキ共のツラ拝むとするか」
「あ、そうだね。冷めたカレーはマズいもんなー」
なるようにする、との何時ものお約束を、忍ばせた声で告げ合って、二人はひょいと身を返し、ぎゃいのぎゃいのと騒々しい口喧嘩が響いて来る病室のドアを、酷く軽くノックした。
「九龍ー。甲太郎ー。痴話喧嘩、片付いたかー?」
「二人共、お腹空いてない? カレー、買って来たよ」
ノックへの応えを待たずに扉を開け放ち、二人は明るい声を出しながら、軽い足取りでベッドへと近付く。
「あっ! 京一さんに龍麻さん! 空いてます空いてます! 腹減ってますーー!」
「……ああ。言われてみれば、昼飯も未だだった」
やって来た彼等を振り返り、ぴたりと『仲良し喧嘩』を収め、思わず、の態で、九龍も甲太郎も、己の腹に手を添えた。
「だろ? そうだと思ったんだ」
「久し振りにさ、四人でご飯にしようよ。こんなトコでだけど。……あ、たか子先生には内緒だよ。バレたら、凄く怖いことになるから」
「……う。絶対に、口が裂けても白状しません! そんなの、想像するのも嫌だーー!」
「何であんなに、こう……迫力満点で不気味なんだ、ここの院長は……」
「そんなん、俺等に訊くなよ、甲太郎。俺が訊きてぇっての」
「京一が一番、たか子先生とは付き合い長いもんねー。……そう言えば、前に一寸だけ、高見沢さんから小耳に挟んだんだけど、たか子先生って、犬神先生と知り合いらしいんだってさ」
「はあ? ババアと犬神のヤローが? ひーちゃん、それマジなのか? ヤな組み合せだな、おい」
「ほ? 犬神先生って、何方ですか?」
「ああ、俺や京一の母校の、生物の先生。高校時代の、京一の天敵」
大きな袋から漂う香ばしい香りに、空腹であることを思い出した九龍と甲太郎と、にこやかに笑み、弾んでいる風な声だけを出す龍麻と京一は、天香で過ごした日々のように、他愛無い会話や、馬鹿馬鹿しいやり取りを交わし合って、「院長が乗り込んで来ませんように」との呟きを合い言葉にしながら、ほんの少しだけ冷めてしまったカレー弁当で、遅過ぎる昼食を摂った。
「あ、そうだ。未だ、改めてお礼言ってませんでしたよね。──龍麻さん、京一さん。今回も、迷惑掛けちゃってすいませんでした。御免なさい。有り難うございました」
その、病室でこっそり摂るには、漂う香りの強過ぎる食事が終わる頃。
プラスチックのスプーンを置き、ああ、そうだ、と九龍が青年達へ体を捻った。
「いえいえ、どう致しまして。って言うか、そんなに気にしなくても。結局、何とか収めてくれたのは、皆守君なんだし」
「だなー。甲太郎が捕まらなかったら、多分、俺達にゃどうしようもなかったしな」
「あああ、詫びって言えば、俺達こそ謝らなくっちゃ。……御免ね、皆守君。卒業式終わったばっかりだったのに、強引に攫って来ちゃって」
「緊急事態って奴だったからよ。勘弁してくれや」
ぺこっと頭を下げて来た彼に、気にするな、と青年達はヒラヒラ片手を振って応え、揃って、甲太郎へと首を巡らせ。
「いや。それこそ、それを言うならって奴だろ。……本当に、心底、すまないと思ってる。何時も何時も何時も何時も、この馬鹿の所為で、あんた達には手間ばかり掛けさせて。……ま、正直、確実に寿命が縮まった車に乗せられたことだけは、詫びて貰っても罰は当たらないと思うが」
巡り巡って詫びられた甲太郎は、苦笑と共に肩を竦めた。
「甲ちゃん。さっきも謝ったけど、もう一遍。…………ホント、御免な? 俺の所為で、甲ちゃんにも迷惑掛けちゃって。ヤな想い、させちゃって……」
と、龍麻や京一に便乗するように、搬送車の中でも先程も、さらりと流されてしまった訴えを、九龍が繰り返して。
「九ちゃん……。お前が気にすることじゃないと、何度言えば判る?」
「でも、さ。俺も、何度も言ってるけどさ。そのー……、甲ちゃんは、その、お父さんと──」
「──だから。…………お前にしてみれば、俺の言い種は、酷く贅沢で我が儘なそれに聞こえるんだろうが、俺は多分、もう二度と、あの男を父親と思うことは出来ないし、そう呼ぶつもりもない。俺とあの男は、疾っくの昔に家族なんかじゃなくなってる。確かに、あの男の居場所は俺にとっては鬼門だ。足を踏み入れるのは、気分のいいことじゃない。だが、誰にだって、そういう場所の一つや二つ、あるだろう? 『極々普通に嫌いな相手』に会わざるを得なかったり、『極々普通に嫌いな場所』に行かざるを得ない時と、何も変わらない。あの男とのことは、俺には、そういう次元の問題でしかないんだ」
こいつは、変な処、変にくどい、と甲太郎は溜息付き付き、きっぱりと、九龍の目を見詰めながら言った。