「だけど……。だけど、甲ちゃん。それは、不幸なことだって、俺は思う」
それでも、尚、九龍は想いを言葉にすること止めなかった。
だから、一瞬、又ひと揉め始まるかと、龍麻と京一は顔を見合わせたが。
「たった今、言った通り。俺の言い種が、お前にとっては酷く贅沢で我が儘なそれに聞こえるんだろうって、そんなことは判ってる。でも。こればっかりは、もう変わらない。多分、未来永劫。俺には、もう、血の繋がった家族なんかいない」
甲太郎は唯、はっきりとした声で、ゆるりと首を振りつつ告げた。
「甲ちゃん……」
………………恐らくは、大抵の者の耳に、不幸、と聞こえるだろうことを告げて。
でも、それでも。
恋人の面が痛まし気に歪んでも、甲太郎は、何処となく儚気に笑い、が、直ぐに、頬へ晴れやかさを乗せ。
「でもな、九ちゃん」
「……何? 甲ちゃん」
「例え、もう、俺には血族なんかいないって、そう定め切っても。俺にはちゃんと『家族』がいる。お前がいる。だから……いいんだ。お前って『家族』が俺には出来たから、俺は、それだけでいい。例え、お前が言う通り、俺とあの男の関係が、不幸なことでしかなかったとしても、そんなことはもう、俺にはどうだっていい。俺にも、『家族』がいるから」
九龍を見詰め、彼は静かに言った。
「………………判った。もう、これ以上言わない」
そんな彼を、じっと見詰め返し、九龍は微かに、こくりと頷いた。
「ああ、そうしてくれ」
「……大丈夫。任せろ、甲ちゃん! 甲ちゃんがそう言ってくれるなら、俺、絶対に甲ちゃんのこと、幸せにしてみせるから!」
頷き、一度だけ深く息を飲み、何かを振り切るように、にこぱ、と九龍は笑って、全てを吹き飛ばす風に、威勢良く声を張り上げる。
「おーー……。葉佩君、それってプロポーズ?」
「確かに。熱烈なプロポーズに聞こえんぜ?」
明るくはしゃぎ出した九龍のそれに、窓辺に腰掛けた龍麻と京一が乗った。
「へ? ……ああああ、言われてみれば。そういうつもりで言った訳じゃないんですけど、俺は別にそれでも。……甲ちゃん、ご意見は?」
「俺も別に、今のがプロポーズでも構わないが……、九ちゃん? 何方かと言えば、お前の方が嫁さんの立場に近いんだから、俺から、改めてプロポーズし直してやろうか?」
龍麻はくすりと、京一はにやりと、それぞれ笑いながら、プロポーズ、などという単語を選んでみせたので、九龍も甲太郎も、そんな発言に一口噛んだら、絶対に馬鹿騒ぎに傾れ込むことになるだろうと悟りつつ、敢えて、良いノリを見せ。
「嫁さん……? 俺も甲ちゃんも、なれるのはお嫁じゃなくってお婿………って…………。……まさか! まさか、そういう意味なのか、甲ちゃんっ。嫁さんって、あっちの意味かーーっ!」
「それ以外、何がある?」
「いや、開き直られても。そんなん、昼間っから語る話題じゃないってーか、甲ちゃんの恥知らずってーか……。甲ちゃんの、エロエロ高校生め……。って、あ! そうだ! 言うの忘れてた。甲ちゃん、卒業おめでとうっ」
ぎゃいぎゃいと、軽く言い争った果て、伝えなくてはならないことを忘れていた、と九龍は、再び声を張り上げた。
「お前もな。……九ちゃん。卒業、おめでとう」
「あ、そうか。ドタバタしてて、俺達も、言うのすっかり忘れてた。──卒業、おめでとう」
「良かったな、二人共。晴れて、天香を卒業出来て」
九龍が何を忘れていたのかを知って、ああ……、と甲太郎も返し、龍麻も京一も、少年達二人の門出を祝う言葉を告げて。
「一寸、大騒ぎな一日だったけどね」
「ま、こういうのも、お前等らしくていいんじゃねえか?」
「あー、確かに。俺も甲ちゃんも、何時でも騒がしいですし、大騒ぎばっかしてましたからねー、今まで」
「九ちゃんが、馬鹿な所為でな」
「何をぉっ! どうして甲ちゃんは、そういう愛の無いことばっか言うんだよっっ」
「まあまあ。そこ、喧嘩しない。折角の日なんだし。揉めるのはもうお終いにしなよ。本当に、これで、去年の秋から始まったことは、全部終わったんだし。後は、葉佩君が無事に退院するのを待つだけなんだしさ」
「だな。……そうだ、九龍。退院する時、迎えに来てやろうか? どっかから、車調達して来てやるよ」
「えっ? …………その、そう言って貰えるのは嬉しいですけど、京一さんの運転、強烈だった、って甲ちゃんが…………」
「……京一さん。俺はもう、絶対に、二度と、あんたの運転する車には乗らない」
「仕方ねえだろ、免許取って三日だって、何度言やぁ判んだよ。それにな。俺と一緒に免許取ったひーちゃんよりも、俺の方が未だマシだぞ」
「ほ、ホントですか……? 龍麻さん……?」
「そ、そんなことないよ……。た、ぶん……」
────未だ春浅い、午後の、柔らかな陽射し射し込む病室の中で。
少年達と青年達は、暫しの間、日溜まりに溶け込むようにしながら、穏やかな時を過ごした。
四人揃って、こんな風にこんな時間を過ごせるのも、きっとこれで最後だろうと、少なくとも青年達は、こっそり……、と思いつつ。
天香学園の、平成十六年度の卒業式が執り行われた日から、二週間と少しが過ぎた、三月下旬。
東京でも、桜の花が満開となり始めた頃。
九龍は、桜ヶ丘中央病院を退院した。
彼の、必死の懇願が通じた、という訳ではないのだが、何だ彼
九龍が入院していた約半月近くの間、寮に留まる訳にもいかず、さりとて実家に帰るつもりは更々なかった甲太郎は、京一や龍麻のように、マンスリータイプのマンションを借り──因みに、その為の資金は、彼が青年達と共に『修行』に勤しんだ、真神学園旧校舎よりの『収穫』から叩き出された──、「暇があるなら、自分の為にも九龍の為にも、一日でも長く修行しろ」と、強くなることに関してだけは酷く貪欲な青年達に引き摺られるまま『旧校舎詣で』をこなしつつ、序でとばかりに金も貯めつつ、桜ヶ丘中央病院に──即ち、九龍の許へと日参し、何処かから、九龍が新宿に戻って来たことと、桜ヶ丘に入院していることを聞き付け、入れ替わり立ち替わり病室に押し掛けて来る、明日香を筆頭とする彼のバディ達が、『愛の日々』を無自覚に邪魔するのと戦いながら、毎日を送った。
龍麻と京一は、終わり掛けて来た『借り返し行脚』と、『借り返し行脚』の一環である『仕事』を、ブチブチと愚痴を垂れながらもこなし続ける日々に戻って、そんな日々の中、暇を見付けては九龍を見舞ったり、甲太郎の『仮住まい』へ酒瓶片手に押し掛けたり、旧校舎に潜っては、「ノンストップで何処まで行けるかチャレンジ!」と、九龍や甲太郎には、「物好き」としか言えない鍛錬に勤しんで。
──それより、又、少しばかりの時が流れ。
染井吉野、江戸彼岸、枝垂れ桜。
幾つもの桜が満開の時を迎え、そして、散り。