──2005年 04月──

後二日が経てば、甲太郎が十九の誕生日を迎える、二〇〇五年、四月十日、日曜日。

旅立つ者と、旅より戻る者と、行く者との名残りを惜しむ者と、戻り来る者を笑顔で出迎える者とが、数多入り乱れる成田国際空港第二ターミナルの国際線出発ロビーに、九龍と甲太郎と、龍麻と京一の四人はいた。

九龍と甲太郎は、ロゼッタ協会本部のある、カイロへ旅立つ為に。

龍麻と京一は、旅立つ二人を見送る為に。

──今日この日、もうそろそろ、少年、という例えが相応しくなくなる少年達が迎えた旅立ちは、暦が四月となって直ぐさま、やって来る筈だった。

けれど、九龍が桜ヶ丘を退院した翌日、丁度、東京中の数多の桜が、示し合わせたかの如く一斉に満開となった三月三十一日、何時の日にかは明らかにされるだろう、が、今は語られることない『一寸した事件』が起こり、四人揃ってそれに巻き込まれる……と言うよりは、四人揃って仲良く首を突っ込んだ所為で、四月一日に予定されていた九龍と甲太郎のカイロへの出立は繰り延べになり、やっと、今日。

尤も、『やっと』とは言っても、退院すると同時に即機上の人、という、慌ただしいスケジュールを送らずに済んだと、九龍は大っぴらに、甲太郎も内心では、思い掛けない繰り延べを、実の処は喜んでいた。

元々、ロゼッタの方には、トラブルの所為で怪我を負ってしまい、四月一杯まで退院出来そうにもない、との、若干大袈裟な報告を九龍はしていたので、ロゼッタが、素直にそれを信じているか否かは兎も角、という奴だが、一応の先手は打ってあったが為、出立が繰り延べになっても、表面的な問題は何処にもなかったし、降って湧いた十日の時間で、大切な人達との名残りを充分過ぎる程惜しむことが出来る、と。

一方、龍麻や京一も、それなりには思う処があったらしく、幾許か延びた『執行猶予』の刻に、甘んじている風を見せていた。

…………でも。

満開だった桜は散り、降って湧いた十日の時は費やされて、惜しんでも惜しみ足りない名残りとの、別れはやって来て。

だから。

「……二人共、気を付けてね。元気で」

「達者でな」

言葉にするなら、とうとうやって来た、と言えるのだろう今日を迎えて。

五年前、自分達も旅立ったそこから、やはり行く二人を見送るべく、成田まで足を運んだ龍麻と京一は、酷く複雑な面持ちで、『世界』へと踏み出す直前の九龍と甲太郎の前に立った。

「はい。龍麻さんも京一さんも、お元気で。えっと……、取り敢えず、向こう着いたら、メールか何かします。無事でーす! って伝えます。日本に帰って来る時も、連絡しちゃおうかなー、なんて……」

複雑な──酷く寂しそうな、そして、酷く困っているような、単に、別れを惜しんでいるだけではないらしい二人の面を見遣り、九龍は窺うような声で言い。

「もう暫くして、あんた達も日本を離れるなら、その時には、九ちゃんに連絡して貰えたら……」

甲太郎さえもが、何処となく『訴える』ような言葉を紡いだ。

…………しかし。

口々に彼等が告げた言葉に、龍麻からも京一からも、沈黙しか返らなかった。

「龍麻さん? 京一さん?」

「何か……?」

面の色を移ろわせることなく、じっと自分達を見詰めて来る青年二人に、少しばかり焦りを感じ、九龍と甲太郎が、急かす風に口を開けば。

「…………御免。多分……、多分、これが『最後のお別れ』だと思う」

「……きっと、な。もう、俺達は、会わない方がいい」

龍麻は、とてもとても切なそうに、京一も、何処となく寂しそうに、少年達から目線を逸らせた。

「どうして……です……?」

──もう、二度と、自分達は会わない方がいい。

これを、今生の別れとした方がいい。

…………そんな風に、思い掛けない処ではない『別れの科白』を放たれられ、九龍は、え……? と瞳を見開く。

「葉佩君は、忘れちゃってるんだと思うんだけど……────

すれば、龍麻はボソっと言い掛け、が、それ以上を言葉に出来なくなったのか、深く俯いてしまい。

「……甲太郎。お前は憶えてんだろ? ……去年の年末。大晦日の日。俺達が言ったこと」

そっと、彼の肩を抱きながら京一は、ちょいちょい、と少年達を手招き、ロビーの片隅の、人目に付かぬ一角に向かってより、大人しく着いて来た二人を改めて見詰めた。

「…………ああ。憶えてる」

「え? 去年の大晦日の話? ……何でしたっけ?」

俯きっ放しになってしまった龍麻の肩を抱いたまま、話を再開した京一に、甲太郎は微かに頷き、九龍はきょとんと首を傾げた。

「やっぱり、忘れちまってたか? 九龍。────俺達は、ロゼッタを許す気はない。……そう言ったろ?」

「……あ、ええ。それは……憶えてますけど……」

「お前の昔のこととか、セクハラ校務員のジジイに横から秘宝を攫われちまったこととかを、お前が水に流せるってなら、それはそれでいい。俺達が口を挟むことじゃねえから。……宝探し屋を続けるってのも、ロゼッタを辞めねえってのも、お前が選んだ、お前の人生だ。九龍、お前がその道を選ぶと決めたから、甲太郎、お前も又、九龍のその道に添うってのも、お前自身が決めた、お前の人生。……お前等の人生は、お前等のモンだ。俺達には何も言えない。お前達が、それで後悔しねえってなら、いっそ、万々歳だとも思うぜ? ……でも、な。だから……ここでお別れだ」

「…………京一さ──

──九龍。俺達は、俺達に向かって、黄龍の器と剣聖って、はっきり言って退けた連中の売り言葉を、今でも、きっちり受けて立つつもりでいる。もしもロゼッタが、本当に俺達にちょっかいを掛けて来たら、その瞬間からロゼッタは、俺達の敵の一つになる。今は未だ、何処までも、例えば、の話でしかねえけどよ。そうなる可能性は低くねえって、俺もひーちゃんも思ってる。……で以て。お前は、そういうトコのハンターで、甲太郎は、そういうトコのハンターなお前のバディだ。…………お互い、この先は、知らぬ存ぜぬを通した方が、それぞれの為だろ……?」

あの日された『あの話』は、どうしたって忘れられないけれど、それが何か……? と戸惑うばかりの九龍に、ぎゅっと、龍麻を抱く手に力を籠めつつ、京一は、『別れの理由』を言い切った。

「……だから…………、御免。御免……、葉佩君。皆守君……」

俯かせていた面を、そこで何とか持ち上げて、龍麻は、泣き出しそうな瞳で、九龍と甲太郎をそれぞれ見遣った。

「………………んもー……。京一さんも、龍麻さんも……」

でも。

京一に、何処となく厳しい光の灯った瞳を向けられても、龍麻の、潤み始めそうな瞳を向けられても。

大仰に肩を竦め、苦笑を拵え、九龍は、やれやれ……、と言わんばかりに青年達を見比べた後、傍らの甲太郎を振り仰いだ。

「少し、思い込みが激し過ぎるんだろ、この二人は。ったく……」

どうしてくれましょう? と言わんばかりに注がれた九龍の視線に、甲太郎は溜息を吐く。

「葉佩君……? 皆守君……?」

「……何だよ。何で、んな目で見やがる、お前等」

呆れを露にし合って、さも、「本当に、世話の焼ける大人達だ」と自分達へ向き直った少年二人に、龍麻は、おや? と不思議そうに、京一は、ムッと拗ねた風に、それぞれなったが。

「龍麻さん。京一さん。ちょっくら、俺と甲ちゃんで話し合って決めたことの一つを、聞いて貰えませんか? 本当は、二人には内緒にしとこうと思ってた話なんですけど」

一転、九龍は、にこーーーーー……っと、『世話の焼ける大人達』を見上げながら、腹に一物隠しているとしか思えぬ笑みを拵えた。