「決めたことの一つ?」
「決めた……って、何をだよ?」
ふっふっふっふっふー……、と笑ってみせた九龍の風情、そんな九龍の傍らで、何処となく愉快そうにしている甲太郎の風情、それを、じーー……っと眺め。
あ、何か、嫌な予感がする……、と思いつつ、龍麻と京一は、揃ってきょとんと目を瞬いた。
「全部語ると長いんで、一寸色々端折りますけど。少し前、二人にも簡単に報告した通り、俺は、宝探し屋を続けるって決めました。九龍の秘宝を追い求める者になるって決めました。だから、ロゼッタも辞めません。宝探し屋を続けるなら、あそこに所属してた方がお便利だから」
「それは……、うん、この間聞いたけど?」
「……で?」
「こんなこと思ってるって、ロゼッタの誰かに知られたら、ぶん殴られる処の騒ぎじゃ済まないんですけど。ぶっちゃけ、俺は、ロゼッタそのものには興味も愛着もないです。お便利だから。融通利くから。俺が、ロゼッタを辞めない理由はそれだけです。向こうが、俺のこと、いいように利用しようってんなら、俺だって、ロゼッタのこと、いいように利用し返してやるだけです。俺はロゼッタの為に、九龍の秘宝を求める者になる訳じゃないですし。……で、ですね。龍麻さん、京一さん」
「…………うん」
「……ああ」
「俺の中のロゼッタとの繋がりってのは、本当にそれだけのことなんで。それは、今は一寸こっち置いちゃいまして。──九龍の秘宝なんて、俺達ヒトの世に有っちゃいけない、そう思うから、俺はあれを探し出したいんです。馬鹿野郎共の所為で不幸になってる人が、今も未だいるなら、そんなことだってあっちゃいけないって、俺はそう思うんです。甲ちゃんと二人で世界中巡って、九龍の秘宝を見付け出して、この世から抹殺してやる気、満々です。……でも、もう一つ、そこには思惑っちゅーのがあってですね」
パチパチ、と忙しなく瞼を動かし自分を見詰めて来る龍麻と京一に、捲し立てる風に九龍は語り。
えっへー……、と、そこで何故か、彼は胸を張って。
「思惑……? 何の?」
「……九龍?」
龍麻と京一の瞬きは、一層忙しなくなった。
「………………天御子って、二千年近くも前から、龍脈の使い方をそこそこには知ってた連中だ、って、二人は思いません?」
「へ? 龍脈? 何でそこで龍脈?」
「やだなあ、龍麻さん、そんなに驚くことですかい? ──どんな科学なのか、俺にはさーーっぱりですけど、連中、ナノテクノロジーと龍脈の力掛け合わせて、化人の《魂》を、あっちに移したりこっちに移したり出来ちゃってたんですよ。それって、連中は或る程度、龍脈の使い方を判ってた、って証明じゃないですか。……ほんで以て。そんな連中が創り上げたのが、九龍の秘宝です。自らが築いた九つの遺跡の奥底に封印した、九匹の龍の秘宝。……九龍──九匹の龍は、即ち永遠の龍ってことで。永遠の龍は、黄龍のことを指してる筈です。黄龍──要するに、龍脈のことを。ってことはー」
「……とっとと言え、とっとと」
「ふっふっふっふっふー。聞きたいですか? 京一さん。──……ってことは。力の使い方を或る程度は判ってた連中の創り上げた、黄龍──龍脈に深く絡んでるお宝な、九龍の秘宝を探し出せたら。龍麻さんの『龍脈アレルギー』の治し方も、判るかも知れないじゃないですか。…………俺と甲ちゃんはですね。そういうのも兼ねて、九龍の秘宝追っ掛けようって、決めたんですよ」
えっへん! ……と胸を張ったまま、何処までも捲し立てる風に話を続けた九龍は、再び、にっこーーーーー……と、企み全開の笑みを浮かべ。
「……と、いう訳だ」
クッ……と、愉快そうな忍び笑いを喉の奥から洩らした甲太郎は、すっかり嗜好品と化した、が、未だに完全には手を切れていないアロマのパイプを銜えた。
「葉佩君……。皆守君……」
「お前等、そんなこと考えてやがったのか……?」
…………だから。
龍麻も京一も、これでもか、と目を見開き。
「当たり前じゃないですか。…………こんなこと、改めて言うのは、すんごく照れ臭いんですけど、俺にとっても甲ちゃんにとっても、龍麻さんと京一さんは、大切な人達なんです。大好きなんですよ、俺達。二人のこと。本当に、ホントの兄貴、みたいに思っちゃってるんです。……沢山沢山迷惑掛けて、沢山沢山面倒見て貰って、それ以上に沢山沢山、構って貰って。俺の勝手な想いですけど…………、龍麻さんも京一さんも、少なくとも俺にとっては、『家族』だから……。大事な、本当の兄さん達みたいに思っちゃってるから……。────……励みますとも! 大切な『家族』の為ならば、例え火の中、水の中、って奴です!」
心底照れ臭そうに。けれど、ちょっぴりだけ複雑そうに、そして窺うように。
万感、とも言える想いを声に込めて、九龍は、唖然とするだけの青年達に告げ、花のように笑った。
「あ、は……。あはは……。あははははは…………」
「ったくよー……。お前等はよー……」
思いも掛けなかった想いと決意を聞かされて、龍麻と京一は、唐突に笑い出す。
「お? ……甲ちゃん、ここ、笑うとこ?」
「……いきなり、お前に『熱烈』なこと言われて、頭の回線が焼き切れただけじゃないか?」
「おお、成程。……じゃ、追い打ち掛けとこっか、甲ちゃん。──あのですねー、二人共。俺や甲ちゃん的には、当たり前以前のこと過ぎて、言うのも馬鹿馬鹿しいくらいなんですけど。もしもロゼッタが、『器』と『剣聖』だからって二人に喧嘩売るようなことがあったら、その時は、俺達だって、ロゼッタに三行半叩き付けますよ? ロゼッタと二人だったら、秤に掛けるまでもないですよ? ま、そんなこと起こらないようにって思いはしますけどね。万が一の時の為に、そっちのアンテナはちゃんと張っとくつもりですし。折角、ロゼッタの中にいる訳ですしー」
突然過ぎる宣言を受けて、笑うしかなくなったのだろう龍麻と京一を、あーらら……、と困った感じで眺め、九龍は言葉通り、『追い打ち』を掛け。
「そんなこと言われるなんて、思ってもみなかった…………」
「お前って、びっくり箱みたいな奴だな」
青年達の立てる笑い声は、一際高くなった。
「やー、そう言われると、照れますなあ」
「褒めてねえ」
「えーーーー……」
「でも……有り難う。そんな風に言ってくれて、そんな風に想ってくれて、有り難う、葉佩く……──ううん。……有り難う、『九龍』。有り難う、『甲太郎』」
────込み上げて来る、抑えようのない笑いが齎したのか。
それとも、想いが齎したのか。
眦を仄かに濡らし、龍麻は、酷く優し気に、少年達を呼んだ。
「……ほ? 龍麻さん?」
「『家族』なんだろう? 君達二人にとって、俺達は、本当の兄さんみたいなモノなんだろう? ……出来の悪い兄想いな、出来た弟達を、何で、名字で呼ばなきゃならない?」
「…………ですなっ!」
『そう呼ぶ意味』を、クスクスと笑いながら龍麻に告げられ、九龍は満面の笑みを浮かべた。
「最後の最後で、お前等に一本取られた気分だな」
「俺は、やっとあんた達に一矢報いた気分だ。……こんなに気分のいいことだとは思わなかった」
「……けっ。言ってやがれ、若造。ったく、ガキのくせに、ご大層なこと考えやがって……」
「……あんた達だけには、絶対に言われたくない科白だ」
少々感動的に、龍麻と九龍が、真実血の繋がりのある兄弟の如く見詰め合う傍らで、京一と甲太郎は憎まれ口を叩き合い。
「京一さん」
「何だよ」
「近い内に、絶対、決着は付けさせて貰う。何が何でも、最低でも一発は、あんたに蹴りを入れてやるから、そのつもりでいてくれ」
「ああ? お前、未だ諦めてなかったのか? ……いいぜ。何時でも挑んで来やがれ。何度だって、きっちり返り討ちにしてやっからよ」
「甲ちゃんっ。こんな日にまで、物騒なこと言っちゃ駄目だっての!」
「京一っ! いい加減にしろってば、このド阿呆っ」
にこー……、と不敵に笑みつつ睨み合い、バチリと火花散らした彼等を、それぞれの連れ合いは諌めた。