東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『媚薬、もう一回』
年がら年中、三百六十度どの角度から見遣ってもボーーーーーー……っとしている『メルヘンの世界の人』──もとい、緋勇龍斗は、ヒトよりも、当人曰くの『皆』──動植物や神仏その他、聖邪含めた精霊の皆さん各種──の方が遥かに自身に『近い』と言う生まれ持った『特殊体質』の所為で、一定の規準をクリアしている例外な者達以外の他人の話に、耳を貸したくても貸せないし、空気のくの字も読めない、そういう意味で、激しく対人スキルの低い傍迷惑な『若年寄』である。
だが、龍斗も、彼の伴侶である蓬莱寺京梧も、彼等の『本質』を知らないご近所の皆々様には、秘かに絶大な人気を誇っている。
二人共、生まれ付き見場『には』恵まれたので、近隣の奥様方には地域のアイドルっぽく扱われているし、やはり近隣の、主に戦前生まれのご老人方には、囲碁や将棋の相手をしてくれるばかりか、落語や講談の話で盛り上がれる貴重な相手、と位置付けられている。
だが実の処、京梧は兎も角、龍斗が最も人気を誇っているのは、ご近所の中でもペットを飼っている皆々様だ。
彼等が住まう、東京都新宿区西新宿の片隅にある道場界隈で飼われているペット達が、軒並み、犬だろうが猫だろうが鳥だろうがハムスターだろうがフェレットだろうが爬虫類だろうが魚類だろうが『誑し込める』龍斗を一目見た瞬間から、まるで恋にでも落ちたかのように彼に懐いて止まなくなった為、一寸旅行に、とか、仕事や所用でどうしても飼い犬を散歩させる時間が取れない等々の事情を抱えるご近所の皆さんに、彼は、大変重宝がられているのだ。
……ま、要するに、ご近所のよしみで只でペット達の面倒を見てくれる、ペットホテル及びペットシッター扱いされているだけのことなのだが、龍斗も龍斗で、ヒトよりも己に近しい動物達に囲まれるのも懐かれるのも、喜び! と受け取っているので、そんなご近所の皆々様と龍斗の関係は、いい勝負、とは言えるのだろう。
今でこそ、現代社会を逞しく生き抜いているけれど、龍斗も京梧も、『向こう三軒両隣』がきっちり根付いていた幕末時に生まれ育って、なのにうっかり時を越えてしまった者達なので、基本、『ご近所付き合いは大事』精神を持ってはいるし、ご近所の皆々様も、ペットが世話になったお礼にと、旅先の土産だったり家庭菜園の収穫だったりを届けてくれるし。
────兎に角、そんな訳で。
龍斗と京梧の子孫に当たる、緋勇龍麻と蓬莱寺京一の二人と、子孫達の弟分に当たる、葉佩九龍と皆守甲太郎の二人──龍斗と京梧にとっては『子供達』同然の青年四名と揃って年を越えた、二〇〇七年正月三日の午後、龍斗は、奥方の実家に帰省しているご近所さんに頼まれた、件のご近所さんのワンコの餌やりと散歩に出掛けていた。
絶望的な迷子癖のある彼を、ご近所のワンコ共々路頭に迷わせぬ為に、普段は京梧が果たす迷子防止の『引率役』として一同から白羽の矢を立てられた、子孫な龍麻と共に。
…………故に、『その時』。
西新宿の道場二階の茶の間にいたのは、京梧、京一、九龍、甲太郎の四名だった。
正月三日の寒い午後を怠惰にやり過ごすべく、ぬくぬくと火燵に当たりながら、燗酒を飲みつつ、又は正月料理を突きつつ、四人は、のんべんだらりとしていた。
が、やがて。
彼等の中で最も酒に弱い九龍が、猪口を片手にうつらうつら始めた頃。
未だ未だ元気──主に、肝臓が──な京梧と京一、それに甲太郎の会話は、何故か、結構な下ネタに突入していた。
京梧も京一も、酒に関しては『笊』で、甲太郎も、それなりにはアルコール耐性が付いてきた──正しくは付けられた──のだが、大晦日の夜からその瞬間まで、年越しだー、正月だー、と、ぶっ続けで呑んでいた酒に、いい加減、脳味噌を溶かされていたのだろう。
京梧の連れ合いの龍斗と、京一の連れ合いの龍麻は不在、甲太郎の連れ合いの九龍はうたた寝中、とのシチュエーションの所為もあり、三名の『旦那衆』は、布団の中では『嫁的立場』な各々の伴侶への遠慮も忘れ、迂闊にも赤裸々なことまで打ち明け合い、何が可笑しいのか誰にもよく判らぬまま、酔っ払い特有の盛大な馬鹿笑いまで茶の間に轟かせ。
「……あー、そう言えばー。天香に潜り込んでた頃、九龍に『一服盛られた』時は、アレだったよなー……」
ふ……、と。大笑いの途中、『過去の何やら』を思い出した京一が、ポツっと呟き様、頬を、だらしなく笑み崩した。
「九龍に一服盛られた? 何をだ、馬鹿弟子」
「ん? 媚薬」
「媚薬? 何だ、そりゃ」
「あー…………。京梧さんにも判るように言うなら、長命丸、だな」
「……ほう。長命丸、な」
「ああ。九ちゃんが、仲間の一人にそれを作ってくれって頼まれたんだが、どういう風に効くか判らないから、京一さんと龍麻さんで試してみる、と言い出して」
何をニヤニヤしてやがる、と馬鹿弟子の様子に顔を顰めつつも、何の話だ? と京梧は首を傾げ、甲太郎が簡単に解説すれば、
「どうなったのか……は、訊くまでもねぇな。馬鹿弟子のにやけヅラを見りゃ、一発だ」
傾げていた首を元に戻して、京梧は深く頷いた。
「うるせえな、馬鹿シショー。つか、にやけんだろ、男なら。ひーちゃんは目一杯怒り狂ってたけど、俺は、美味しい思いさせて貰ったしなー」
「…………ま、気持ちは判る。──しかし……よく、馬鹿弟子や龍麻相手に、そんなんを盛ろうと考えたな、九龍も。どうしても試しをしたかったなら、てめぇに使ってみりゃ良かっただろうに」
「九ちゃんは、後先考えない馬鹿だから。それに、あの頃は、色々と事情が複雑だったんだ」
「ああ、そうか。天香の頃の話だったな。……じゃあ結局、お前達は、その媚薬とやらを試したことはねぇのか、甲太郎?」
「……無いとは言わない」
「あっはっはっ! 何だよ、試したのかよ、お前等も。……ま、そうだよなー。試さない手はねえよなー」
「それは、まあ。そこはそれこそ、男なら、って奴じゃないか?」
京一や甲太郎にしてみれば、今となっては懐かしい話と言える、あの頃の馬鹿な思い出を軸に、摘み上げた猪口の中の酒を喉の奥に落とし込む手は休めぬまま、どうしようもない酔っ払いと化して久しい『旦那衆』は、又、意味の無い高笑いをして、
「で? どうだった?」
「薬の類いは余り効かない筈の龍麻さんにも効いたから、と思って、控え目にしてみたんだが、それでも、九ちゃんには充分だった。……いや、充分過ぎ、か?」
それまで以上にニヤッとした笑いを京一は浮かべ、甲太郎も、ほんの少々ほくそ笑んだ。
「媚薬ってな、そんなに効くのか?」
彼等の様子に、京梧も一層の興味を惹かれたらしく。
「効くぜ」
「保証する」
素朴な感じだった彼の問いに、若い二名は即答する。
「……成程」
「…………なー、馬鹿シショー。気になるんなら、シショーも試してみりゃいいんじゃねえ?」
だから、京梧はうっかり何やらを考え込む風になって、そんな彼を横目で見遣った、アルコールで頭の中身が溶けたままの京一は、深くは考えず、ケロッと『悪魔の囁き』を言った。