「試す、なあ……」

「何だよ。ノリ悪りぃな。シショーだって、興味あるんだろ?」

「んなこたぁ、言うだけ野暮だ。とは言え。俺が言うのも何だが、相手が悪過ぎる」

「無味無臭だから、何かに混ぜて飲ませれば、龍斗さんでも判らない筈だ」

「そーそー。ひーちゃんだって、俺だって判んなかったぜ?」

「そういうことを言ってるんじゃねぇよ、馬鹿餓鬼共。……お前達には、この間も、今さっきも話したろうが。龍斗は、『あっち』の方は特に、やることなすこと普通じゃねぇんだぞ? 男として──否、縦んば、あいつが女だったとしたって……、ってくらい酷ぇだろうが。だってのに、そんな薬なんか盛ってみろ、何がどうなるか……」

「……ああ、そういう意味か。でも…………、そこは、だからこそ、って奴じゃねえ? そりゃまあ、正攻法とは言えねえかもだけど、あれだけ効く薬盛れば、龍斗サンだって、その気になるかも知れねえじゃん。そうなりゃ儲けもんだろ?」

「確かに。龍斗さんは、性欲が何なのかもよく判ってないみたいだが、一度、その手の衝動を体感すれば、多少は『真っ当』になるんじゃないか?」

────余り後先を考えずに行動してしまうこともある九龍のように、その時、京一が碌に慮らずに告げた悪魔の囁きを切っ掛けに、京梧と京一と甲太郎は、それより暫し、それぞれ猪口を片手に、火燵の上で頭を付き合わせ、ひそひそ、内緒話の如くの話し合いを繰り広げた。

「………………それは……有り得る、な。あいつは、どうにも躰の覚えは悪りぃが、頭の覚えまでは悪くねぇしな」

そうして、長らく続いたゴニョゴニョが終わる頃には、始めの内は渋っていた京梧も、若人二人の唆しに乗り気になってしまった。

「九ちゃん。おい、起きろ。九ちゃん」

……だから。

そうと決まれば早速、と甲太郎は、己に懐きながら寝ていた、傍らの九龍の肩を掴んで揺り起こす。

「…………んー……? 何? 甲ちゃん……」

「媚薬、持ってないか?」

「媚薬……? そんなん無いよー……? あんなの、用がなきゃ作んないし……用があっても作んない……。も、色々懲りたもん…………」

「『もん』、とか、語尾だけで拗ねるな。寝惚けてるくせに。──無いなら、作ってくれ。今直ぐ」

「えーーーーー……? 材料……は多分あるけど……。どーすんの? 媚薬なんか……。てか、俺、眠い……。ねーむーいー………………。……お休みぃ……」

「寝・る・な。起きろ。調合を終えるまででいいから。頼みを聞いてくれたら、褒めてやるから」

「……褒めてくれる…………? ほんとに? どんくらい、褒めてくれる……?」

「九ちゃんが満足するまで。それでも足りなかったら、好きなだけ甘やかしてやる」

「………………乗った」

心地良いうたた寝から無理矢理起こされた所為で、ぼんやりとした意識のままの、アルコールも抜け切っていない九龍は、傍若無人な連れ合いに結構な無茶振りをされているのにも気付かずナチュラルに受け答え、甲太郎が出した、彼等のやり取りを端で黙って見守っていた京梧や京一が「お手軽過ぎる奴だなー……」と呆れたくらいライトな交換条件にあっさり釣られ、がばりと起き上がった。

「甲ちゃんが褒めてくれるなら! んで以て甘やかしてくれるなら! 今直ぐ調合してくる!!」

多分、何が何やら当人にもよく判っていないのだろうが、兎にも角にも、甲太郎が褒めてくれて、且つ、甘やかしてくれると言うなら! と、或る意味不憫な、お手軽過ぎる思考の持ち主な彼は、起き上がった途端、ダッシュで茶の間から駆け出して行き、

「こんぱうんど、こんぱうんど、こんぱうんどーー!!!」

……と、活動出来ているだけで、頭も体も寝ているのを示す呂律の廻っていない謎な叫びを自室の方角から幾度も雄叫び、その雄叫びが消え去るよりも早く、再び、ダッシュで茶の間に戻って来た。

「甲ちゃん、媚薬、調合してきた! 四つもあれば足りるよな!? ──さあ、褒めろ! そして甘やかせ!」

そうして、両手に抱えた、本当に無味無臭なのかどうにも疑いたくなる、ちょいとばかり奇妙な色合いした謎の液体で満たされた小瓶達を、ゴロゴロと火燵の天板に転がし、シュバッと最速で先程までのうたた寝姿勢に戻った未だ半寝惚け状態の九龍は、いそいそと、甲太郎の太腿に己が頭をドッカリ乗せて、懐き始める。

「あー、偉い偉い。物凄く、この上無く偉い」

ムリムリと、遠慮なく膝枕体勢を強要してきた彼を、甲太郎は見遣りもせず、棒読みで言いながら乱暴に頭を撫でた。

「…………俺が言うのも何だし、余計な世話かもだけどよ。甲太郎、お前、もう一寸くらい、九龍の扱い良くしてやったらどうだ?」

「馬鹿は甘やかすと付け上る。九ちゃんは、これくらいで丁度いいんだ」

「ま、蓼食う虫も好き好きだ。放っとけ。でねぇと、馬に蹴られるぞ、馬鹿弟子。──しかし、妙な色した薬でやがんな。本当に大丈夫なのか?」

到底、褒めているようにも甘やかしているようにも見えない甲太郎の態度と、だと言うのに、幸せそうな顔して、あっさり夢の中に戻ってしまった九龍を見比べ、京一は、哀れみの籠った眼差しを瞬く間に鼾すら掻き始めた九龍に注いで、京梧は、当人達がそれで満足しているなら他人が口を挟んでも無駄だ、と言いつつ、天板の片隅に転がされた媚薬の小瓶の一つを取り上げ、矯めつ眇めつ眺め始めた。

そんな、どうしようもない酔っ払い達が、酔っ払った勢いで、阿呆さと下心に満たされ切った策略の準備を整え終えてから暫し後。

寒空の中、ご近所さんに頼まれたワンコの散歩を終えた龍斗と龍麻が帰って来た。

迷子の防止及び、龍斗と精霊の皆さんの尽きることない井戸端会議防止の付き添いがいた為、無事の帰還を果たしたご近所のワンコ散歩部隊は、寒さで頬を赤く染めていたばかりか、手先も足先も冷えさせてしまっていて、早く暖まれと、剣術馬鹿な、今現在は只の酔っ払いでしかない師弟コンビは、龍斗と龍麻を火燵に押し込める。

「あー、寒かった……。天気が悪かったら雪降るんじゃないかってくらい、寒かった……。うう……」

「だが、正月で腰が落ち着きがちな体が、程良く動かせたろう? 熊も喜んでいたし」

「ええ、まあ。……それにしても、何で、加藤さん家のコリー、クマって名前なんでしょうねえ……」

「熊ではない。正しくは、熊五郎だ」

片や、外の寒さに負け切った風に、片や、寒さなどどうと言うことない風に、自身の定位置を占めた龍麻と龍斗は、加藤さんと言うらしいご近所さんが、自身のラブリーなワンコに授けた熊五郎と言う名──因みに、五歳になるメス──に付いて語り出し、

「熊五郎だろうが熊三郎だろうが、どうでもいいじゃねぇか。──それよりも。ほら」

京梧は、猪口でなく湯飲み茶碗に注いだ、媚薬を仕込んだ熱燗を、ずいっと龍斗に差し出した。

「ああ、有り難う、京梧」

そこに、阿呆さと下心が満ち満ちた企みが潜んでいるとも知らず、受け取った温い茶碗で指先を暖めてから、龍斗は、一息に酒を飲み干す。

「誰も彼も、少々飲み過ぎな気もするが。折角の正月だ、もう少し付けるか?」

丁度、人肌に温められたそれを飲み下し、ほ……と満足そうに吐息を洩らしてより、龍斗は、畳の上の盆や、火燵の天板に転がる空の徳利達を眺め、若干、渋い顔を作ったけれど、直ぐに、にこり、と微笑んで、台所に行くべく立ち上がった。