「……何だ?」

「こーーーんなに天気良くて、そりゃあ見事な青空広がってる朝っぱらから、常夏パラダイスなハワイの原生林のど真ん中で言うのは、日本人な俺達からしてみたら、あんまり過ぎるような気がしなくもないんだけどさ。折角の、十二月二十四日だから。……甲ちゃん、Merry Christmas!」

そうして彼は、嬉しそうに細めた目で甲太郎を見詰めたまま、クリスマスを祝う言葉を告げる。

「あ? ……ああ。確かに、時間帯にも場所にもそぐわない気がして仕方無いが、イヴなのは事実だからな。……九ちゃん、Merry Christmas.」

少しばかり遠い所で、ぴーちくぱーちく、鳥達が囀る声だけが聞こえる南国の早朝、原生林の直中で交わすには誠に相応しくない、と頭の片隅で思いつつも、九龍に釣られた甲太郎も、お約束を返した。

「えっへへー」

「何がそんなに嬉しいんだかな……。クリスマスなんて、所詮、キリスト教徒の祭事だろうが。ここは、そんなこと関係なく浮かれる奴ばかりの日本じゃない。……九ちゃん。お前、自分の置かれてる状況を、本当に理解してるのか?」

捻くれ者な甲太郎が、すんなり、クリスマスの為の科白を返して寄越したのに気を良くし、へらっと九龍は笑ったが、その笑みの所為で我を取り戻した甲太郎は、呆れ、若干目を吊り上げたけれど。

「ちゃーんと判ってますともさ。でも、どうしても、少しでも早く、甲ちゃんに、Merry Christmas.って言いたかったんだよ」

九龍は、少々だらしない笑みを深めた。

「何故?」

「『あれ』から、丁度一年、だから」

「『あれ』? …………ああ、『あれ』、か……」

「うん。……一年前の今日にさ、マミーズで約束したっしょ? 『来年こそは、うんざりするくらいベッタベタな、恋人同士のクリスマスってのを達成してやる! 頑張って、学習しようなー』ってさ。……約束した『来年のクリスマス』の今日は、俺のドジの所為でこんなことになっちゃったから、『うんざりするくらいベッタベタな、恋人同士のクリスマス』は達成出来なかったけど。あの時言ったみたいに、『来年のクリスマス』の今日も、あれから一年経った今日も、甲ちゃんと一緒にいられるから。一緒のクリスマスだから。少しでも早く、甲ちゃんに、Merry Christmas.って言いたかったんだ」

「…………成程。だから、か」

彼が、何故、場違いにしか感じられぬクリスマスの為の科白を口にし、何を言われても、唯々笑みを深めるだけなのかを知り、甲太郎は、複雑そうな顔で呟く。

「うん。だから! ……ホントはさ、去年言った通り、甲ちゃんと、恋人同士のクリスマスってのを過ごすつもりだったんだけど。その為の学習もしたんだけど…………。……御免な、甲ちゃん」

……甲太郎が、酷く複雑そうな表情を浮かべ、複雑そうな声音を洩らしたからだろうか、笑みだけを湛えていた九龍は、急に元気を失くしたように、しょぼくれた風に詫びたが。

「どうして、『御免』なんだ、九ちゃん? お前が謝る必要が、何処にあるんだか言ってみろ。──俺も、一年前の今日、お前に言った筈だ。『未来でも人生でも何でも、俺が持ってるモノで良ければ、好きなだけ持ってけ。お前が欲しいなら、幾らでもくれてやる。……その代わり。お前の未来や人生を、俺に寄越せ』ってな。……お前が望む限り、そして俺が望む限り、俺達がこうして一緒にいるのは当たり前以前の話で、今日が、あれから一年が経った『今日』だろうと、それは何も変わらない。だから、俺は、あの日に約束した『来年のクリスマス』の今日だからって、特別何も思わないし、祝う気もない。況してや、こんな原生林の真っ直中で、クリスマスの話はしたくない。……それにな、九ちゃん」

「……何? 甲ちゃん」

「互い、望む限り、こうしてるのは当たり前以前のことなんだから。来年のクリスマスに、お前の、『うんざりするくらいベッタベタな、恋人同士のクリスマス』って野望を、達成すれはいいだけのことだろう? 違うのか?」

相変わらず、嗜好品として携えているアロマのパイプを何処より取り出し銜えつつ、甲太郎は、何処となく淡々と、そう告げた。

「………………うん! 甲ちゃんの言う通り、来年のクリスマスこそ、野望達成すればいいだけの話だった! それに、今日中にここから抜け出せれば、イヴは無理でもクリスマスには、文明社会の中ではしゃげるかも知れないしっ。──と言う訳で! この状況を打開する為に、励むぞ、甲ちゃん!」

余り可愛気の無い甲太郎の言い種に、一瞬だけ言葉に詰まり、が、九龍は瞬く間に元気を取り戻して、握り拳を固めて高らかに脱出宣言をしてから、いそいそと、野営の後片付けに取り掛かった。

「それなら、別に励まなくとも、今日中に何とかなる」

……と。

俄然、張り切り出した彼へ、ケロッと甲太郎が言った。

「…………え? なして?」

「なして、って、お前……。俺の『記憶力の良さ』を忘れた訳じゃないだろうな。自分で言うのも癪だが、俺のは、先天性の記憶異常だぞ? お前がうっかり消去した地図くらい、ちゃんと頭に入ってる」

「……こーたろーさん、それは、自虐的過ぎる発言かと。……でも、だったら何で、俺達、迷う羽目になったっての?」

「そんなん、決まってるだろ。甘やかすのは良くないからな、一昨日と昨日の午前中までは、お前がどうするのか黙って見てただけだ」

「じゃあ、昨日の午後……って、ああ。だから、昨日の午後から、甲ちゃんが先に立って歩いてた? 俺に痺れ切らして? けど、ここって、公道まで抜けるのに、半日以上も掛かるような場所だったっけか?」

「いいや。行きにお前が選んだみたいな、誰に発見されてもおかしくないルートを辿れば、半日も掛からず公道に出られるな」

「え? だったら──

──いいか、九ちゃん。俺達は、火山観測所の連中と、国立公園の職員以外は立ち入り禁止区域に不法侵入してるんだ。正規の道を通る訳にはいかないだろうが。万が一発見されたら騒ぎになる。だから、わざわざ遠回りしてるんだ。お前も、プロの宝探し屋ならそれくらいの知恵を廻せ、激馬鹿」

故に九龍は、きょとん、と首傾げ、そんな彼へ、説教モードに突入した甲太郎は、今日中に原生林から脱出出来る理由と共に、小言を垂れ始め。

「………………おお。成程。甲ちゃん、流石」

「成程、とか言ってんな、この馬鹿っ! そんなこと程度、本来ならお前が判断することだろうがっ!」

原生林の直中で、再び、甲太郎が九龍を蹴り飛ばす、けたたましい音が響いた。

「痛いっ! 甲ちゃん、痛いっ! 相っ変わらず愛が無いっ!」

「愛の問題じゃないっ!」

「そんなことないっ! 愛の問題だっっ。甲ちゃんの愛は、カレーと一緒で辛過ぎるっ! ──って、まあ、いいや。取り敢えず、今はそれは忘れて。……さ、甲ちゃん、だってなら、とっとと辺り一面の緑から抜けるぞ! そして、クリスマスを祝うっ!」

「……お前な…………、少しは懲りろよ……」

けれども、再びの蹴りからも、九龍は呆気無く立ち直り、これっぽっちの効き目もない……、と甲太郎はひたすらに項垂れ。

片方は意気揚々と、片方は少々げんなりしつつ、荷物を担ぎ上げた二人は、『辺り一面の緑』の中より抜け出すべく、道なき道を辿り始めた。

End

後書きに代えて

九龍と甲太郎の、クリスマス@捏造未来一年目、なお話でした。

龍斗と京梧は、「クリスマスって?」な口でしょうし(うちのは特に)、龍麻と京一は、クリスマスに関して思うことがない訳ではないですが、書いたら長くなりそうだったので(笑)、今年(2009年)は、宝探し屋チームをセレクトです。

まあ、九龍と甲太郎も、クリスマスってのに思うことは沢山あるのでしょうけれども、今年は、軽いネタで。

と言いますか、未だ、2005年の時点では、うちのお二人さんは、あの怒濤のクリスマス・イヴの夜をしっかり振り返ることが出来ないかも。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。