東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『君と僕のカレーパン』

バシン! と盛大な音を立てて、西新宿の片隅にある武道場玄関の、格子戸が開け放たれた。

「ただいまっっ!!」

ガラスに皹が入るのではないかと感じられた程、力任せの乱暴を働いたのは、葉佩九龍だった。

彼がそんな暴挙に及んだ時、道場一階では、蓬莱寺京梧と蓬莱寺京一が、緋勇龍斗と緋勇龍麻が、片や、稽古と言う名の喧嘩に、片や、日課にも程がある毎度毎度の喧嘩を始めた二人を嗜めることに、それぞれ勤しみ過ぎていて、何者かがやって来ているのは察していたけれど、その者の氣が誰の物であるのかまでは探っている暇が無かった一同は、帰国や『帰宅』の連絡も寄越さずに、九龍が、しかも一人きりで帰って来たことに驚いて、ぴたり、動きを止めた。

「あれ、九龍? ……今日、帰って来る予定……だったっけ?」

突然の帰宅──それも、どうやら酷く拗ねているか、酷く怒っているかしているらしいのが、ありありと判る膨れっ面での帰宅に驚きはしたものの、彼のやることなすことが、時々酷く突拍子もないのに慣れ切ってしまってる所為で割合にあっさり驚きを忘れた龍麻が、これは何か遭ったな、と目と目で会話している京一や京梧や龍斗を横目にしつつ、ソロリと声を掛ければ。

「いいえ。一寸、急に思い立っただけです」

只でさえ、ムッスーー……と膨れていた九龍の頬が、プクッと一回り大きくなった。

「…………あ、そう……。……あああ、何はともあれ、お帰り。…………あのー……、さ。処で、甲太郎は……?」

「……甲ちゃんは、一緒じゃないです。今頃、スエズ運河辺りに行ってるんじゃないんですかねー。…………あーもー、ムカつくぅぅぅぅぅ!!!!」

そんな九龍の様子から、これは、かなり手を焼くかも知れない、と悟れたにも拘らず、龍麻は思わず、己と京一も、京梧と龍斗も、『そう』であるのを棚に上げ、何時でも何処でも年がら年中引っ付いている、九龍の様々な意味での『相方』──皆守甲太郎の不在を問うてしまって……途端。

ぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……っと、九龍の頬は限界まで膨らみ、それはもう盛大な雄叫びが、道場中に響いた。

臍を曲げている、との表現では到底追い付かないくらい拗ねに拗ねた九龍を、四名総掛かりで「まあまあ……」とやって、二階の茶の間に連れ込み、宥め賺しつつ事情を問えば。

「阿呆な『農協』──ロゼッタが、全部悪いんですーーーーーっ! 甲ちゃんも一寸は悪くて、俺もちょびっとは悪いかも知れないけど、ぜーんぶ、ぜーーーんぶ、ロゼッタの馬鹿野郎の所為なんですーーーっ!! ……もー、語れば長いことながら! 聞いて下さいよーーーっ!」

龍斗が差し出してやった湯飲みを握り締め、再び、九龍は雄叫んだ。

──湯飲みを握り締めるだけでは飽き足らず、卓袱台までぶっ叩きながら、聞いてくれ、と彼が語った処によれば、事の発端は、半年程前に遡るらしい。

その頃、何年か前の九龍同様、世界最大規模を誇るトレジャー・ハンターギルドの、ロゼッタ協会所属のハンターになる為の資格取得審査を見事パスして、数週間程度の研修めいたことも終えた新人宝探し屋が、数名デビューした。

そこまでは、ロゼッタでは年中行事以下の『何時ものこと』で、新人が云々、との話を耳にした誰も──無論、九龍や甲太郎も──、「ふーん」とも思わなかったが、それより二、三ヶ月が経った頃、その内の一人が『問題児』だったと判明した。

一口に問題児と言っても種類は様々あるが、エジプトの首都カイロにあるロゼッタ協会本部でも、世界各国に点在する支部でも、瞬く間に噂が広まった新人は、余りにも酷過ぎる性格をしていた、と言う意味での問題児で、初任務より僅か数週間経つか経たぬかの内に、多方面から苦情が噴出した。

あの馬鹿を何とかしろ、と。

宝探し屋などと言うヤクザな商売に足を突っ込む者は、一癖も二癖もあるのが大抵で、一寸やそっと性格が悪かろうが、同業者達ならば、そよ風に頬を撫でられたとも感じないけれど、件の新人は、ルーキーだった頃、甲太郎に散々、「ヘボ!」と怒鳴られ続けた九龍よりも尚ヘボらしく、だと言うのに、文句の数は人一倍、口の悪さや人当たりの悪さは人の三倍、プライドの高さは超一流のハンター以上、失敗は全て己でなくバディやロゼッタ職員の所為、挙げ句にやり口はダーティーそのもの──尚、これらは、ロゼッタ協会遺跡統括部の職員や、九龍達と顔見知りになった、お喋り好きな女性ハンター数名の証言に依る──と言う、中々『素敵』な人物だそうで。

尤も、そういう己の性分の所為で、その新人が何処で命を落とそうが野垂れ死のうが同業者達から総スカンを食らおうが、ロゼッタ側は頓着しないし、そもそも、所属ハンターの性格が良かろうが悪かろうがロゼッタにはどうでも良いことで、ハンター達の末路がどうなろうと、自己責任、がスタンスなのだけれども、先日、そうも言っていられない、一寸した事情が生まれてしまった。

では、その一寸した事情とは何か、と言えば。

──エジプトのスエズ地方に存在する、と或る遺跡の探索ミッションが実行されることになって、ロゼッタの、素晴らしく高性能な、けれども機械故に融通の利かない、そのくせ派遣ハンター人事権の八割を握っているマザー・コンピューターが、その任務に最も適しているのは、件の新人、との結論を出してきた。

それだけなら取り立てて問題はなかったのに、融通が利かないくせにお偉い機械は、どんな計算をしたのか、必ずロゼッタに正式登録しているバディを何名か『問題児』に同行させるのが絶対条件、とも言い出して、だのに、遺跡統括部がバディ稼業をしている者達の誰に仕事を依頼しても、あんな奴とは組めない、と悉く断られてしまい、あちこちを盥回しにされた果て、依頼は甲太郎に持ち込まれた。

が、彼は九龍の専属バディであって、誰にどう頼まれようが九龍以外の者と組むつもりなど更々ないので、そんな依頼は一蹴したが、ロゼッタの職員達は諦めなかった。

と言うか、甲太郎が、彼等にとっての最後の砦だったので、諦める訳にはいかなかった。

彼が、九龍の専属バディとして正式登録しているのは職員達とて重々承知していたけれど、甲太郎も甲太郎で、ロゼッタ内では、九龍以外の者に対しては『平等』に態度が素っ気なく、嫌味を言われようが当て擦りを言われようが冷たく鼻で笑い飛ばし、三倍返しの嫌味と、ぐうの音も出なくなる整然とした理論で、突っ掛かって来た相手を見事なまでに落ち込ませる人物として有名だったので、そんな彼ならば、噂の新人と組ませても、相手の性格や素行など歯牙にも掛けずあしらってくれるのではないか、と職員達は期待した。

組む相手が聖人君子だろううが極悪人だろうが我が儘の過ぎるお子様だろうが、甲太郎にしてみれば、九龍でない限り誰であろうと一緒だろう、と。

とは言え、そんなことを切々と訴えてみても、甲太郎にも、九龍にも通じぬのは目に見えていたし、バディ達はハンター達とは違い、ロゼッタ側から何かを強制したり圧力を掛けたり出来る位置付けにはおらず、形式上はあくまでも、ロゼッタ又はハンターが依頼する形しか取れないので、時折、九龍がロゼッタを騙し、謎の自主休業期間を得ているらしいのに薄々勘付いていた統括部の部長が、依頼を引き受けてくれたら、九龍の謎の自主休業期間に関しては、これからも目を瞑り続けるし、上手いこと融通もするからと、九龍や甲太郎の『落とし処』を弁え過ぎている交換条件を出してきた。

……それは、統括部長の目論み通り、秘かに《九龍の秘宝》を探し続けつつ、東京は新宿の『実家』にも帰りたがる九龍にとっては魅力溢れる条件だったので、悩みはしたけれど、結局、甲太郎は、九龍の謎の自主休業期間の黙認と融通と、こんなことは今回限りで二度とは引き受けぬのを条件に、『問題児』な彼の臨時バディを勤めるのを承諾してしまった。

「……そりゃ、甲ちゃんが、俺の為に臨時バディ引き受けてくれたことくらい判ってますしー! 部長が打診してきた話はすんごく魅力的だったんで、俺だって、絶対に駄目! とは言えませんでしたけどーっ! 甲ちゃんは俺のバディなのにぃぃぃっ。俺の専属なのにぃぃぃっ。ロゼッタの馬鹿ぁぁぁぁ! 新人の馬鹿ぁぁぁ!」

────と言う訳で。

以来、最悪の機嫌らしい九龍は、『問題児』君と共に甲太郎がスエズの遺跡に行ってしまった直後、甲ちゃんが戻って来るまで仕事なんかしない! とロゼッタ相手に駄々を捏ね、半ば発作的に飛行機に飛び乗って一人『実家』に戻り、事情の全てを訴えても尚、拗ねを続けていて。

「成程…………」

話を聞き終えた兄さん達とご隠居達は、やれやれ……、と引き攣り笑いを浮かべた。