……彼の、その様子からして。

ああ、今日辺り、甲太郎が迎えに来てもおかしくないんだな、多分、彼が拝み倒された例の臨時バディの仕事とやらは、二週間程度で終わる短期仕事だったんだな、と悟り。

事の顛末はこの目で見届けてみたいが、あからさまに近付いて『嵐』に巻き込まれるのは御免だ、とばかりに、道場で修行に勤しんでいたご隠居達と兄さん達は、そそくさ、物陰に身を隠した。

そうして、ちょっぴりの好奇心を隠し切れない四名が、隠れた物陰から九龍の様子を窺い始めて数十分前後が経過した昼下がり。

「九ちゃん!!」

約二週間前、九龍が帰宅して来た時同様、ビリビリと音を立てながら、格子戸が激しく開け放たれた。

絶叫と言える大声と共に、バシン! と戸を開けたのは声と一同の予想が示した通り甲太郎で、

「何考えてやがる、この激馬鹿! どうして、伝言の一つも残さないで帰国してんだ、お前はっ!」

敷居を跨ぎ、三和土に一歩踏み込んだ途端に視界に飛び込んだ、むっつり顔の九龍を見遣るなり、彼は再び声を張り上げる。

「俺は悪くないっ!」

「悪いだろうが! 十二分に悪いだろうが! 二週間前、こっちの仕事が終わるまで大人しくカイロで待ってるって、殊勝に言い残したのは何処の誰だ!? だから、あのクソ下らない仕事を片付けたその足でカイロの本部まで駆け付けたってのに、お前はいなくて! 統括部のタヌキジジイに捕まった挙げ句、九龍が拗ねて日本に里帰りしちまったって、散々嫌味を垂れられて! 例の、姦しいハンター共にはおちょくられて! ……ああ、もうっ! 思い出すだけで腹立たしいっ!! 丁度、こっちまで協会の小型ジェットが出たから今日の内に日本に来られたがな、それだって、便乗するのにどれだけ手間だったと思ってやがるっ!」

「でも! 俺は悪くないっ! 悪くないったら悪くないーーーっ! そりゃ、日本に帰って来たのは半ば発作的にだけど! 悪いのは、ロゼッタとあの新人で俺じゃないっ! 俺じゃないもんっ!」

「ああ、確かにな! 今回の臨時仕事はロゼッタとあの馬鹿の所為だろうさ。だがな! 日本に帰ってると、連絡して来なかったのはお前の落ち度だろうがっ!! 『H.A.N.T』の電源も、携帯の電源も落としてやがってっっ!!」

「だって! だってだってだって! 『H.A.N.T』や携帯の電源入れといたら、甲ちゃんからメールや電話が来ちゃうじゃんかっ! 甲ちゃんに、メールや電話、したくなっちゃうじゃんかっ! 仕事中の甲ちゃん相手に駄々捏ねちゃうの判ってて、そんなこと出来っか! それに! 誰に教えられなくったって、拗ねて臍曲げた俺の行き先なんか日本の西新宿しかないって、甲ちゃん知ってるじゃんっ!」

「そういう問題じゃない、馬鹿九龍っ!! お前のやってることは、周りに迷惑と心配を振り撒いてるだけだと自覚しろっ!!」

「……………………じゃあ、伝言もしないで日本に帰っちゃったことは謝る。『H.A.N.T』と携帯の電源切りっ放しだったのも謝る。……御免なさい」

「じゃあ、って何だ、じゃあ、って……。っとに…………」

──それより暫く、カレーパンの詰まった紙袋を抱えたままの九龍と、そこそこには荷物が詰まっているらしいバッグを肩から下げたままの甲太郎は、怒鳴り合いの応酬を続けて、真っ当な叱り文句を飛ばされてやっと、ぷくっと頬を膨らませながらも、渋々、九龍が詫びたので、ここに着くなりこの騒ぎかと、疲れ果てた風に甲太郎は肩を落とし、罵りを言い合っているのか惚気を言い合っているのか、と言いたくなるような口論だけれども、いい加減止めに入った方がいいだろうか、と物陰より覗き見を続けていた野次馬達は、再び、息を潜めた。

「じゃあでも何でも、御免なさいは御免なさいだ!」

「嘘でもいいから、反省の態度を見せろよ……。本当に、お前は…………。……それはそうと、九ちゃん。こんな玄関先に、デカい紙袋抱えて突っ立って、何してたんだ? 俺の気の所為じゃなければ、それの中身はカレーパンだと思うんだが」

自身の言葉通り、反省の色が窺えぬ「御免なさい」ではあったが、それでも多少は怒りが収まったのか、然もなければ怒り続けるのが馬鹿馬鹿しくなったのか、漸く、九龍が抱えている紙袋にも紙袋の中身にも意識が払えるようにはなったらしい甲太郎は、チラチラと顔を覗かせている己の好物の一つを凝視し始め、

「……はい、甲ちゃん」

途端、九龍は、ズイっと紙袋を甲太郎へ押し付けた。

「…………九ちゃん? これは、どういう意味なんだ。食えってことか?」

ズシッとした重みを伝えて来るそれを勢い受け取って、甲太郎は首を傾げる。

「………………一寸違う」

「じゃあ、何だよ」

「レーションって言うか携帯糧食って言うか非常食って言うか」

「……はあ?」

「兎に角! 遺跡に潜って食う飯! 『噂の新人君』と一緒だったんだから、二週間丸々、甲ちゃんはカレーもカレー系の食料もご無沙汰だったんじゃないかなー、って思って拵えてみた」

「まあ、確かにカレーもカレーパンも食えなかったが、だからって、何でカレーパンなんだよ。そこは普通、カレーだろ。何でわざわざ、『遺跡に潜って食う飯』なんだよ」

「……それは、その。何と言うか。えー……、まあ、あれだ。葉佩九龍と一緒に遺跡に潜ると、食事は全てカレー系、って特典が付いてくるのです、ってアピール?」

「………………。……九ちゃん。そんっっ……なに、今回の臨時仕事引き受けたのが気に入らなかったなら、素直にそう言えば済むだけの話じゃないか? 幾ら俺でも、この量のカレーパンを、痛まない内に平らげる自信は無いんだが」

「あ、その紙袋の中身が全部じゃないよ。上のキッチンの冷凍庫に、同じくらい詰まってる。冷凍保存中」

「…………お前な、どれだけ拵えやがったんだよ……。それにな、今回は交換条件が美味しいから引き受けるだけだとも、二度とあんな馬鹿な仕事は受けないとも言った筈だがな?」

「……だって。そりゃ、交換条件が美味しかったから俺だって強く言えなかったけど。でも、ヤなものはヤだったんだいっ!」

「あー、判った、判った。…………悪かった。俺も、あんな仕事は二度と御免だ。次はない。安心しろ」

────大量のカレーパンとカレーパン制作の理由を巡る、九龍と甲太郎の言い合いは、少々長く続いたが。

野次馬達四名が、「ええっ!? そんな理由!? そんな理由で、あの大量のカレーパンを拵えたと!? たったそれだけのことで、昨日一日、近所から苦情を喰らう程のカレー臭に晒されたと!?」と秘かに熱り立ったのも知らず、激しく遠回しな九龍の訴えと駄々を、甲太郎は呆れ顔と溜息一つで受け入れてしまった。

「……うん。俺も御免なさい」

「おや、やっと殊勝になったじゃないか。漸く、我に返ったか? お子様」

「どーせ、俺は、直ぐに我を忘れる、やることなすことお子様な奴ですよー、だ」

「事実だろ。行動力だけは大人な分、質の悪いお子様だ」

「…………だって。だってさ。だって…………。……甲ちゃんは、俺の専属バディだもん。俺のだもん……」

「……当たり前のことを、何時までもグダグダ言ってるんじゃない。俺の持ってるモノも、俺自身も、疾っくにお前のものだろうが。今更、こんな大量のカレーパンで釣ろうとしなくたって──

──うわーん、甲ちゃんーーーーっ!」

「だから、泣き喚くな、馬鹿」

そうして、そのまま傾れ込んだ惚気めいたやり取りの最中、九龍は泣きべそを垂れつつ甲太郎目掛けてダイブし抱き付き、悪態をつきながらも甲太郎は、ムニッと紙袋の中のカレーパン達が悲鳴を上げたのを無視しただけでなく、カレーパン入りの紙袋そのものを打ち捨て九龍を抱き留め、故に、一寸したラブシーンが、昼日中の道場玄関にて繰り広げられ掛けたが。

イチャ付き中の二人の右斜め四十五度後方から、ぬうっと、黒い影が射した。

「九龍。一寸話が」

「甲太郎。ちょーっと、いい?」

黒い影は、言わずもがな、ご隠居達と兄さん達で、それはもう、爽やかとしか言い様の無い笑みを浮かべた龍斗と京梧に、九龍は首根っこを摘まれ引き摺って行かれ、やはり、爽やか以外の例えがあろうかと言う笑みを浮かべた龍麻と京一に、甲太郎は連行され。

それより日が暮れるまでの数時間、道場の片隅に正座させられた九龍は、ご隠居達より、今回のご乱行への説教を懇々とくれられ、引き立てられた二階の茶の間で正座させられた甲太郎は、兄さん達より、九龍の『躾』に関して、教育的指導を喰らった。

翌日。

完全に足が痺れて立ち上がれなくなるまで長々正座させられつつ、嫌気を通り越し、気が遠くなるような説教を喰らいまくった、傍迷惑でお子様な宝探し屋とそのバディは、逃げる如く日本から飛び出て行った。

だから、ご隠居達と兄さん達は、やっと落ち着きが取り戻せると胸を撫で下ろしたが。

道場二階・台所の冷蔵庫の冷凍室には、例のカレーパンの山が、嫌がらせ代わりに置き去りにされていて、彼等に思い付ける限りの相手に、お裾分けと称して押し付けまくっても、カレーパンは長らく冷凍室を占拠し続けたので。

世界最大規模を誇るトレジャー・ハンターギルド、ロゼッタ協会は、怒らせると非常に厄介な彼等より、謂れなき恨みを買った。

End

後書きに代えて

どういうことはない、山・オチ・意味が無い方の「やおい」な話をツラっと書きたくて書いたのですが。

本当に、どうということはない話と言うか。

……ああ、馬鹿だ。馬鹿過ぎる、うちの九龍……。

──甲太郎もとばっちりだろうけど、一番可哀想なのはロゼッタですな。この件に関しては同情する。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。