皆主編
脇目も振らず西瓜を食べて、脇目も振らず逃げ出して、禄に手も洗わずに部屋へと駆け込んだから未だベタベタする気がする、と九龍は、『里帰り』した数日前より片付けもせずに片隅に置きっ放しの荷物の中から、紙おしぼりを取り出した。
成田空港のファーストフード店から、「落ちてるから」を言い訳に──言い訳にもなっていないが──、ごっそり頂いてきた物。
「九ちゃん……。そんな物まで山程荷物に詰めるのは止めろ。何でも彼んでも拾ったら、重たくなって仕方無いだろ。本当に、お前の拾い癖は質が悪い」
丁度同じタイミングで、兄貴分達が部屋に涼風を招き始めたとは知らず、甲太郎はベッドのサイドテーブルからリモコンを取り上げて、エアコンを動かす。
「窓開ければいいのに。今夜は結構風が気持ちいいよ?」
「先週まで、うんざりする程蒸し暑い地下遺跡を這いずり回ってたんだ、文明社会の中でくらい、その恩恵に預からせろ」
某ファーストフード店での戦利品を丸めてポイと捨てながら、エアコンなんか……、と訴えつつゴロンとベッドに転がった九龍に、甲太郎は強い声で異議を訴えながら、怠そうに床に直接座り込んだ。
「はいはい……。宝探し屋生活も長くなったのに、甲ちゃんは何時まで経っても現代人なんだから」
「お前の野蛮人化が激しいだけだろう」
「せめて、順応性が高いって言ってくんない?」
「俺は、嘘は言いたくない」
「あー……、そーですかー……。ええ、ええ、もう言うのも情けなくて馬鹿馬鹿しいくらい、その態度も愛の裏返しって、身に沁みてますよー、だ。……ぶっちゃけ鬱陶しいから、ご隠居さん達みたいに日課にしろとは言わないけどさあ、もうちょびーーーっとだけでも、さっきの京梧さんみたいに判り易い愛情見せてくれてもいいんでない? 甲ちゃん」
「……さっきの、って……、九ちゃん。お前、本気でそう思ってるか? 『俺が、お前を置いて先に逝ったらどうする?』とか何とか、何かを試すように訊いて…………────。……すまない、今のは忘れてくれ」
そのまま、惚気が日課な隠居達のように、口喧嘩が日課な彼等は口先バトルを始めた──までは良かったが。
勢いに任せ、二人にとっての地雷を招く切っ掛けを九龍が作り、それと気付かぬまま、甲太郎が踏み抜いた。
「へっ? えっ? ……あ、あー……。えーーーっと。………………俺も御免……」
迂闊にも、言い切ってからこのやり取りが地雷だったことに気付いて、甲太郎はあからさまに、しまった、との顔をし、何故、急に彼が詫びを告げたのかを数拍だけ悩んでから顔色を変えた九龍は、一瞬にして訪れた気拙い雰囲気を塗り替える努力を放棄し、甲太郎から視線を逸らす。
「ま、まあ、ほら! 話の例えが拙かったって言うかー、京梧さんが、龍斗さんにあんなこと訊いたのが悪いって言うかー。……うん、だから、ご隠居さん達が悪いってことで!」
「今の、京梧さんに聞かれたら殴られるぞ、お前。手が早いからな、あの隠居」
「確かに。京一さんより早いもんなー、京梧さん。兄さんも早いけど」
「暴力的な一族なんだろ。頭の出来もそっくりだしな」
互い、有らぬ方を向くしか出来なくなってしまって、だから、嫌な沈黙が部屋中に下り、暫く続いたそれに耐え切れなくなったように、一度は放棄した、雰囲気を塗り替える努力を九龍は始め、甲太郎も、敢えてそれに乗った。…………が。
「あんなことを、顔色一つ変えずに問える方がおかしい。置き去りにしたって前科があるくせに、何であんな風に言えるんだか、俺には理解出来ない」
結局、自分達自身で作ってしまった重い雰囲気の中から脱し切れなかった、ネガティブにも程がある思考の持ち主な甲太郎が、話を元に戻してしまう。
「俺には、龍斗さんの態度の方が理解出来ないなあ……。そりゃ、一応は怒ってたけど、それ以外は普通そうだったし。……やっぱり、色々大人なのかなあ。達観してるのかなあ……」
「……割り切っただけだろ。時間を味方に付けて」
「俺だって割り切れてらい。但、何て言うか、未だあの時のことは、あんまり振り返りたくないなー、って……」
努力の甲斐もなく、甲太郎が重い雰囲気をより強固にするようなことを呟くから、九龍も俯き加減でそんなことを洩らし、終いに彼は、溜息を吐いた。
「それは……。……あのな、九ちゃ──」
「──だから。そこんとこは割り切れてるんだってば。そういうんじゃないんだってばさ」
「じゃあ、何だよ」
「そこを速攻で答えられるくらいなら、俺、こんな風になってないし、こんなことも言わない」
「……それを、割り切れてないって言うんじゃないのか。何をどう取り繕ってみたって、あの時に俺がやらかしたことは、死ぬまでお前を傷付けたままなんじゃ────」
「──あーもー、うるさーーーーい! 後ろ向きなことなんか言うな! 死ぬとかも言うな、今は間違っても言うなーーー! ちゃんと割り切れてるんだってば! もう甲ちゃんが謝る必要は無いんだってば! そういうことじゃなくて! 全然違くて! 俺が未だに何かモヤモヤしてるのは、青春初期にありがちな、甘じょっぱい何かへのモヤモヤと一緒なの!」
そのまま、二人は日課の口喧嘩とは意味合いの違う言い合いを始め、九龍はベットの上でジタバタと暴れまくった果て、甲太郎の頭に空手チョップをくれた。
「甘じょっぱい? 甘酸っぱいの間違いだろう?」
「ちがーーーう! ってか、突っ込むとこはそこじゃないっ!」
「いや、そこは突っ込むだろ。甘じょっぱい青春って何だよ、焼き損ねた煎餅じゃあるまいし」
「……だからさ…………。青春の味が甘酸っぱかろうが甘じょっぱかろうが、今はどうでもいいんだってば! その辺のことは、そんなようなことってしといてくれれば、それでOKなのっ!」
「馬鹿な言い合いになったのは、お前の所為だろうが…………」
手刀にビシリと頭を打たれ、据えた目で九龍を振り仰ぎつつも、甲太郎は冷静に突っ込む。
「うっ……。え、えっと……、兎に角! 兎に角……何だろ?」
「お前なあ…………。ったく……」
と、そんなこんなな騒ぎを繰り広げてしまった為か、九龍は混乱を来したようで、あれ? と首傾げて悩み始め、どうしてかシュン……としてしまった彼の様に、甲太郎は曖昧な感じで笑った。
「……なあ、九ちゃん」
「何? 甲ちゃん」
「俺は、もう二度と、お前を置き去りにしてまで早まった真似はしないと、もう一度誓う」
「…………うん」
「それから。お前を先には逝かせないとも誓ってやる。……だから、今夜はもう、この話は終いだ」
そうして、儚くも見える笑みを浮かべたまま、甲太郎は告げる。
「……うん。…………そだね、もう、こんな話は止めるとしますか。今でも、ちゃーんと甲ちゃんが反省したままでいてくれるって、再確認出来ただけでいいや」
己を振り仰ぐ角度で注がれる、彼の笑みを暫し見下ろし、一度だけ頷いて、九龍も、にぱらっと笑んだ。
「じゃ、気分を変えて! 風呂でも入って来よっかな」
「ああ。それに、風呂を使うなら今の内だ」
「へ? なして?」
「多分、諸悪の根源の隠居共も、感化されちまっただろう京一さん達も、それ処じゃないだろうから」
「……あ、成程。…………お盛んだこと」
「おや。他人事だな、九ちゃん」
「他人事だもん。少なくとも、風呂入り終えるまでは、他人事」
────そのまま二人は、少々の間、微笑み合って、理性のない人達はこれだから、と隠居達や兄さん達が肴の馬鹿話を始めた。
End
後書きに代えて
2011年……くらいじゃないかな、何時からだったか、もう私も覚えてないくらい晒されてた拍手小説です。
既に、弁明の余地とか、そういう問題ですらない(スライディング土下座)。
──『死』に絡むことに付いて、同じようなシチュエーションで、同じような会話を、各ジャンルのキャラ達にさせてみたよ、がテーマな話@魔人&九龍捏造未来編。
梧主 → 心中する気満々な人達。
京主 → 一番、人として真っ当な思考の二人かも知れない。
皆主 → 未だ未だ若くてお子ちゃまな人達。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。