東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『花守』
日本最大の霊峰、富士の裾野の東側を通る『ふじあざみライン』辺りより発った、葉佩九龍や皆守甲太郎達が乗り込んだ一台の4WDが東京都新宿区に入ったのは、一日が激しく動き始めて程無い、午前八時を少しばかり過ぎた頃だった。
日の出頃に現地を発てた為、静岡県内の一般道路や東名高速道路は順調且つ快適だったが、首都高速に入った途端、のろのろとしか進めなくなってしまって、「今頃、龍斗さん、盛大に拗ねてるだろうなあ……」などと暢気に思いつつ、九龍は、漸く新宿区内の道路を行き出した車のハンドルを握る、千貫厳十朗にストップを掛ける。
「九龍様、何か?」
「千貫さん、すみませんけど、コンビニ寄って下さい」
もう間もなく天香学園の正門も見えてくるだろうに、停まって欲しいと言い出した彼を、千貫はバックミラー越しに見遣りながら訝しみつつも、言われた通り、通りすがりのコンビニエンスストア前で4WDを停車させ、
「直ぐ済みますんで!」
ダッと車内より飛び出して行った九龍は、宣言通り、数分と掛けずに戻って来た。
「九ちゃん? どうした?」
「ん? 一寸、些細な買い物」
出て行った時同様、飛び込む風に乗車した彼を、今度は甲太郎が、一体何を、と訝しんだが、九龍は、にぱらっと、何処となくだらしない風に笑んで、黙秘権を発動した。
天香学園高等学校敷地内の阿門邸に帰り着き、早くに目覚めたのか、ひょっとしたら眠れずにいたのか、その真相の程は判らぬが、疾うに起き出していた顔付きや態度で一同の帰還を待ち侘びていた双樹咲重に出迎えて貰って後、本当に執事の鏡としか言い様が無い千貫が瞬く間に拵えた朝食を揃って摂って、眠いから風呂は後回し! とし、レンタル中の客間に傾れ込んで、ふかふかのベッドにも傾れ込んで、懇々と眠り続けて数時間。
すっかり日も暮れた頃に漸く起き出した九龍が、放っておけば翌日の朝までも眠り続けるだろう甲太郎を蹴っ飛ばして起こし、手っ取り早くシャワーのみ浴びて、又、千貫作の食事を振る舞って貰ってから更に二、三時間後。
そろそろ、夜が更け始めて来ると言う頃に。
「こーーおーーちゃーーん。てーーいーーとーー」
天香在籍中の秘かな渾名、『三年寝太郎』に未だに恥じぬ部分が多々な甲太郎と、昨日の今日だから、流石に今夜は早めに就寝すると言い出した阿門帝等の服の裾をガシっと掴んで、九龍は、ニッタリ……、と少々不気味に笑んだ。
「……何だ、九ちゃん?」
「何か、話でもあるのか、葉佩」
敢えて言うならば、ぼっへー……、と言った感じで、碌に会話も交わさず寛いでいた、阿門邸の居間のソファから立ち上がろうとした処を捕獲され、甲太郎はあからさまに嫌そうな顔をしつつ、阿門も眉間に若干皺を寄せ、揃って九龍を振り返る。
「付き合って」
「……何に」
「そーさねー、真剣にやると割に白熱するから、ババ抜き辺りがいいかなあ。朝、寄って貰ったコンビニで、トランプ買って来たから」
「…………断る。俺は眠い」
「駄目。付き合って。てか、付き合え」
「何で」
「何ででも。甲ちゃんにも帝等にも、拒否権はありません」
「だ・か・ら。何で!? 俺は眠いと、たった今も言ったろうがっ。寝かせろ、馬鹿九龍っ」
「だ・か・ら。俺も言ってる。駄目ったら駄目。ぜーーったい、駄目。俺が満足するまでは駄目。多分、朝まで満足しないだろうけど、駄目」
明らかに何かを企んでいる顔をして、付き合え、と九龍が言い出したことは、選りに選ってババ抜きで、「はあ?」と一層顔を顰めた甲太郎は、ギリ……ッと、銜えていたアロマのマウスピースを音がする程噛み締めたが、九龍は、ツーーン、とそっぽを向いた。
「あのな、九ちゃん…………」
「皆守。葉佩のこの様子では、恐らく、言い争うよりも大人しく言う通りにした方が、却って睡眠時間が確保出来る」
そんな二人を見比べてから、繁々と九龍を眺めた阿門は、この分では逆らうだけ時間の無駄かも知れぬと判断し、溜息付き付き、早々に白旗を揚げる。
「全く……。どういうつもりなんだか知らないが…………」
さっさと抵抗を止めた友を横目で睨みながらも、確かに、九龍の我が儘を聞き届けてやった方が、幾分か話は早いかも知れない、と思い直した甲太郎も、渋々、降参を宣言し。その日も阿門邸に泊まることにしていたらしい咲重も巻き添えに、四名は、九龍が言い出しっぺのトランプ大会を始めた。
ババ抜きをして、神経衰弱をして、七並べをして、大富豪やセブンブリッジもして、夜食作りを賭けたポーカーまでこなして、時刻も丑三つ時に差し掛かったのに、九龍の駄々捏ねは終わらなかった。
宝探しに挑んで来た三人は固より、咲重とて寝不足で、九龍自身、半分程瞼が落ち掛けていたが、眠気覚ましの熱いコーヒー片手に、何とか彼は踏ん張り続けた。
けれどもやがて、隙無くネイルの施された綺麗な手にカードを握ったまま、咲重はうたた寝を始め、寝入ってしまった彼女に阿門がショールを掛けてやる様を眺めながら、甲太郎がギブアップした。
「九ちゃん、頼むから勘弁してくれないか……」
「駄目」
「………………何で。どうして、そこまで、こんなことに拘るんだ、お前は。いい加減、白状しろ」
「……だってさー。あそこの洞がさー、物の見事に崩れるとこ見てたらさー。思い出しちゃったんだもーん。天香の遺跡も、こんな風に崩れちゃったよなー、って。馬鹿野郎様な連中が拵える場所は、皆、ちょっかい出されると崩れるように出来てるのかなー、とかも思ってさー。だってのにさー、至極当然、あそこから抜け出してく甲ちゃんと帝等見てたらさー、『あの時』は、甲ちゃんも帝等も逃げてくんなかったよなー、とかも思っちゃってさー」
──甲太郎がギブアップしたから、ではなく。
本当は眠気が限界を越えていたのだろう、トロンとした目付きになって久しい九龍は、掴んでいたトランプカードが膝の上に零れ落ちていくのにも気付かず、うっかり且つ目一杯口を滑らせ、思考が停止し始めたらしい彼の『白状』を聞き終えた途端、ガタリと立ち上がった甲太郎は、九龍の両脇から腕を差し入れ、羽交い締めにし、引き摺り出す。
「……悪い、阿門」
「言うな。俺も、詫びられる立場にはいない」
ズルズル、歯向かう間も与えられず引き摺られ始めた九龍は、「未だ起きてるーー……」と往生際悪く、が、力無く喚いたけれど、甲太郎は聞く耳持たず、酷く複雑な表情になった阿門に一言詫びを告げてから、トランプ大会が繰り広げられたその部屋を出て行った。