東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『柩』
ハムシーンと呼ばれる砂嵐のシーズンも終わり掛けた、二〇〇七年の四月下旬。
生暖かい風と共に、サハラ砂漠より巻き上げられた細かな砂が舞い降りて来て、空の蒼をオレンジに、街の色彩を薄灰に染める時期の終わり。
それは同時に、滅多に雨の降らない、エジプト・アラブ共和国の首都・カイロに、それでも極々稀に、本当に細やかにだけ降る雨の終わりも告げている。
それを知らしめるように、その日のカイロの夜は、星が目映かった。
「なー、甲ちゃん。よくさ、小説とか漫画とかでさ、綺麗な星が沢山見える空とかを、宝石箱引っ繰り返したような、って言うじゃん?」
「言うな。在り来たりだが」
「うん。在り来たりなんだけど。……それをさ、メレ・ダイヤぶちまけたみたいな、って言い換えると、あっと言う間に安っぽくならない?」
「……………………九ちゃん。お前は本当に、時々、激しく俗物的だな」
──そんな、満天の星が……、とまではいかないが、それなりに見応えはある夜空の下を、世界最大規模のトレジャーハンター・ギルド、ロゼッタ協会に所属する宝探し屋の葉佩九龍と、そのバディの皆守甲太郎は、協会設立の図書館に向かっていた。
カイロ市内の新市街地の片隅にあるそれは、職員及び協会員並びに、例えば甲太郎のようなハンターのバディと言った協力者、それに、協会本部が特別に許可した者──噂では、それなりの『お布施』を収めた者──の他は立ち入ることも許されない、が、古今東西の書籍その他が、全てをデジタル化するのは絶対に不可能なだけの量、ぎゅうぎゅうに押し込められている施設だ。
職員以外は、協会員と言えど施設使用料をきっちり取られる、ロゼッタの『小銭稼ぎ』の場所でもあるが、蔵書と資料の豊富さ故に、宝探し屋達が調べ物に没頭するには持って来いで、何処からどう見ても、一見は、現代の若者の街着、と言う出で立ちの九龍と甲太郎も、知りたいことの手掛かりを掴む為に、そこへと続く夜道を辿っていた。
生活リズムも時間の感覚も、一般人とは掛け離れ過ぎているトレジャーハンター達の為に、ロゼッタの私設図書館は、二十四時間利用可能だが、夜更けに、その門を叩く者は余り多くない。
《秘宝》を手にすべく、絶え間なく蠢いている彼等のような人種とて、何もなければ夜には眠る。
そんな夜更けに、二人が調べ物に勤しもうとしているのは、ハンターランキングの上位常連者になってきたが為、日々、追われるようにこなしている仕事の隙間を縫って、涙ぐましく睡眠時間も削り、何とか生み出せた時間を忙しなく活用しているからだ。
だから、うっかりすると襲われる睡魔を撃退する為にも、誠に下らない会話を交わしながら、二人は、辿り着いたロゼッタ協会私設図書館の正面玄関を潜った。
──────彼等の、その行為は。
この時より数ヶ月後に起こった、と或る事件の引き金だった。
……この数年。
彼等や、彼等を取り巻く人々に齎される、馬鹿騒ぎとも言える事件の引き金を引くのは、大抵の場合、九龍と甲太郎の二人…………──否、葉佩九龍。
九龍は兎も角。
日本の東京都新宿区所在の私立・天香学園高校に在籍中、秘かに、三年寝太郎、との渾名を冠され、自身も、睡眠時間は十時間、と断言し、何時でも何処でも年がら年中寝ていた、そして、何時でも何処でも年がら年中眠っていられる甲太郎もが、睡魔と戦いつつの調べ物に勤しまなくてはならなかったのは、彼等の調べ物が、ロゼッタ経由で引き受けた宝探しの依頼や、ロゼッタに要請された任務に必要となるものではなかったからだ。
──元々は、半ば成り行きで、宝探し屋などと言うヤクザな商売をしていた九龍だったけれど、バディとしてだけでなく、生涯の伴侶ともなった甲太郎と巡り逢った天香学園にての出来事を経て、宝探し屋であり続けようと定めた彼の一生涯の命題は、未だこの世界の何処かに眠っているのだろう、《天御子》と呼ばれる者達が創り上げた《九龍の秘宝》を全て探し出して、この世から抹殺することだ。
それは、誰に頼まれた訳でもない、九龍自身で決めたことで、だからこそ、彼は宝探し屋であり続けようと心に誓った。
九龍が『そう』と定めたから、《九龍の秘宝》を全て探し出してこの世から抹殺することも、彼のバディであり続けることも、彼に己の人生と未来をやった甲太郎の中でも揺るがない。
なので、自分達二人だけの目的の為に、毎日に忙殺されようとも、本来なら夢の中の時間帯であろうとも、踏ん張るしか彼等に道はなく。
「ちょーっと、思った通りのこと言っただけなのに、まーた、甲ちゃんに蹴られた。挙げ句、俗物的とか言われた……」
訪れた図書館の受付にて、「本当にロゼッタってケチ臭い」と思いつつ使用料を支払い、閲覧室の一画を陣取った九龍は、ぶーぶーと愚痴垂れながら、薄手のパーカーのポケットから『H.A.N.T』を取り出し開いた。
「事実だろ。メレ・ダイヤを安っぽいって例える奴の、何処が俗物的じゃないんだ?」
「……へーへー。もー、それでいいですよー、だ」
「……そりゃ良かった。──で? 九ちゃん、何から調べる? 手当たり次第に調べた処で埒が明かないぞ。相手は『アレ』だ。『ここ』も、アレの残りは入手したいだろうから、俺達が何を探ってるか勘付かれないように調べる必要もあるしな」
そんな風な九龍の愚痴垂れは真剣に毎度のことなので、誠に軽く流し、甲太郎は声を潜めた。
「それは、俺だって充分承知してるって。慎重にはやるつもり。まーかして!」
「……疑わしい」
「本当だっての! 俺達が下手打ったら、兄
「…………声がデカい。弁えてるなら、もっと小声で喋れ。幾ら、今はここにいるのが俺達だけだからって、気を抜くんじゃない、馬鹿九龍」
甲太郎の言葉通り、その時、閲覧室には彼等以外誰もいなかったから、ほんの少しばかり油断したのか、九龍は声潜めた甲太郎とは対照的に元気な声を張り上げ、故に、目一杯嗜められ、
「へーい……」
「で?」
「あ、うん。──取り敢えずさ、調べ物始める前に、ちょーっと、この間こっそり立ててみた俺の仮説、聞いてくんない?」
少しばかり唇を尖らせながらも、余り堪えていない様子で、彼は、仮説に耳を貸せ、と言い出した。
「聞くだけならな」
一応、声だけは潜めた彼に苦笑を返しつつ、甲太郎は、羽織っていたジャケットの内ポケットからアロマのパイプを取り出し、悠々と燻らせながら、傍らの椅子にふんぞり返った。