朝日が顔を出したばかりとは言え、既に、陸上自衛隊富士駐屯地は動き出していてもおかしくなかったが、幸いにも誰にも見咎められることなく、一行は、東富士演習場内を抜け、各々の車を隠した『ふじあざみライン』に辿り着いた。
その後、あの路への最寄りの口を塞いでしまった為、子孫達の車に便乗して東京まで戻るしか術がなくなってしまった、が、猫が己の出せる限界を超えた速度を怖がるのと同じ理屈で車を不得手としている龍斗が、車は一寸……、と尻込みを始めた所為で軽い悶着は起こったけれど、そんな騒ぎも、京梧と京一と龍麻の三人掛かりで強引に龍斗を車内に閉じ込めると言う、力技以外の何物でもない方法で解決し、都合三台の車は、思い思い、東京目指し、霊峰の裾野を後にした。
────そうして、『騒ぎの日』から数日が経って。
阿門の屋敷に転がり込んでいた九龍と甲太郎が、西新宿の道場へと戻って来た翌日。
昨日今日と、ムッツリした顔して腕を組み、『監督』と称して仁王立ちした京梧と龍斗に命じられるまま、隅から隅まで輝かんばかりにさせられた、道場の床磨きと言う名の罰を終えて、二、三時間程、甲太郎と共に己達の部屋のベッドの上で屍と化していた九龍は、徐に起き上がると、未だ屍状態の甲太郎を一人残し、真夏の夕暮れ色に綺麗に染まった、道場裏手の庭に出た。
それも又、家主達の趣味で庭の片隅に置かれている竹製の縁台に腰下ろし、暫し、茜色の空を眺めたり、かと思えば地面へと眼差しを落としながら、その辺に転がっていた小石を蹴っ飛ばしてみたりしてから、彼は、羽織っていたパーカーのポケットより、あの柩の中から持ち帰って来た例の本のような物と、『H.A.N.T』を引き摺り出す。
────富士から新宿へと戻って、阿門の屋敷に転がり込んでいた約二日半の間、彼は、『H.A.N.T』の中に入れてある『素敵お便利』を駆使して、何とか、中身を読もうとした。
けれど、シュメール語と思しきそれは甚く難解で、そればかりか、全てが全てシュメール語にて綴られていると言う訳でもなさそうで、あの時、瑞麗が言っていた通り、古文書学者でもなければ解読は不可能と思えたが、どうにかこうにか、所々は拾うことが出来た。
…………切れ切れにしか解読出来なかったけれど。
故に、誰が──天御子達が綴ったのか否かも判らなかったけれど。
『それ』には、人間──否、地球上の生き物に当て嵌めて言うならば、子を想う親の気持ち、と相成るだろう言葉達と、この地上を這いずり回るヒトと言う名の『物達』を全て費やしてでも、必ずや甦りを果たしてみせる、と言う風な意味の、渇望を通り越し、執念としか言い様の無い言葉達が綴られているのだけは判り。
「……自分達を神と定めるような馬鹿野郎様達には、自分の子供のこと想う気持ちはあっても、他の生き物のこと想う気持ちはないってか。人間なんか、実験台や、実験の為の材料以下ってか。…………解れったって、馬鹿野郎様達には、実験台や材料にされた奴の気持ちなんて、解りっこないだろうけど。俺には解るんだぞ。有り難くもないけど。そん時のことなんて、もう憶えてもないけど。……くっそ、覚えてろよ。お前達が、物としか思わない人間様の根性、絶対に見せ付けてやるからな」
パラパラと、気のない感じで捲っていたそれを、ぱたりと閉じた九龍は、この世界の何処かに、今も尚、天御子達が創り上げた《九龍の秘宝》が眠っているならば、その全てを見付け出して、この世から抹殺してやる、と改めて胸に誓った。
例え、生涯を懸けてでも。己の全てを懸けてでも。
必ず……、と。
そうして彼は、自身の両の手よりも小さなそれを音立てて破き、足許に落とした、ゴミと化したそれを蹴っ飛ばして纏めると、再びパーカーのポケットを探り、マッチを取り出そうとした。
「お?」
しかし、ポケットに突っ込まれた彼の手が出されるより早く、傍らで、Zippoのライターの蓋が鳴る音がし、既にゴミでしかないそれに、火が点けられる。
「……甲ちゃん」
「次は、何処を探す?」
「…………何処にしよっか。いっそ、全世界遺跡巡りツアーとかして、片っ端から掘り返してみる?」
「九ちゃんが、本気でそうしたいと思ってるなら、俺はそれで構わないが?」
「そうさねぇ……。半分くらいは本気だけど。何をどうするにせよ、又、何とかしてロゼッタ騙くらかさないと、九龍の秘宝探しには行けないしなあ……。んで以て、ロゼッタ騙す為には、真面目にお仕事してますよアピールしなきゃ駄目なんだよねー……」
「確かに。……仕方無い。暫くの間だけでも、真面目に、『普通』に、仕事に励むとするか、九ちゃん」
「そうしましょー、甲ちゃん。未だ未だ、俺達の人生長いしね! 若いしね!」
チン……、と、今度はライターの蓋を閉める高い音を立てさせながら、多くを告げずとも己のことも己の気持ちも解ってくれる甲太郎に、微かに微笑まれつつ「次は?」と問われて、九龍は元気一杯に言いながら笑んだ。
花のように。
「九龍ー。甲太郎ー。食事の支度始めるよー」
「馬鹿シショーも龍斗サンも出掛けちまったからよ。カレーとラーメンの二本立てで行こうぜ」
九龍は縁台に腰掛けて、甲太郎はその傍らに立ったまま、笑みつつ見詰め合っていたら、道場から、ひょっこり、龍麻と京一が顔を覗かせた。
「はーーい。……って、こんな時間から御隠居さん達が出掛けるなんて、珍しいですな。急な仕事か何かです?」
「いや。何が遭ったんだか知らねえが、馬鹿シショーと千貫のジーサンの間で、意思の疎通みたいなのが生まれたらしくてな。ジーサンに招かれて、二人して天香のBarまで呑み行った。ルイちゃんも来るんだと。龍斗サンは龍斗サンで、ルイちゃんがお気に入りになったみたいでよ」
「……………………激しく嫌な組み合わせだな」
「嫌って言うか……、触らぬ神に祟りなし、な一団、の方が正解でないかい? 甲ちゃん」
「正直、俺もそんな風に思わなくはないけど、多分、触れない方が利口だって。──さ、夕飯にしようよ。九龍達、明後日に日本発つんだろう? 揃っての夕飯も、又、当分お預けだしね」
「あ、そうですな。御隠居さん達のことは忘れて、ご飯ー!」
「お前等、今度は何処に行かされんだ?」
「多分、シベリア。個人的には、ツングースカは断固拒否したいんだが。永久凍土なんか踏みたくも拝みたくもない。……京一さん達は、何時まで日本に?」
「八月が終わるまで。ホントは、ガキ共の武道教室終えたら……、って思ってたんだけどよ。せめて八月一杯は日本にいたらどうだ、とか何とか、龍斗サンに散々粘られて、ひーちゃんが根負けした」
────もう直ぐ、自分達にとっての『今年の夏』も終わってしまうから、残り僅かな時を惜しみつつ食事にしよう、と兄さん達が笑みながら言うから、九龍も甲太郎も、灰にしてしまったばかりの『ゴミ』を振り返りもせず離れて道場へ入り、四人は揃って、二階の茶の間へと上がって行った。
『今年の夏が終わった先』の話をしながら。
そんな彼等が、作り終えた、カレーとラーメンと言う、少々偏ったメニューが乗った卓袱台を囲み始めた頃、欠片も残さず燃え尽き、細かな灰となった『ゴミ』は、風に乗り、新宿の空の彼方へと、溶けて消えた。
End
後書きに代えて
原稿用紙換算で数十枚も書けば終わるって所まで書いといて、お前はどんだけこの話を放り出しといたんだ、と自分で自分に突っ込んでみたいですが。
「新たなる九龍の秘宝はあるかな?」話、漸く完結です。
2010年に書き始めて、Endマーク打ったのは2012年10月18日。色々諸々の事情+「私は短編が書きたい熱」が唐突にやって来た+「私は幻水が書きたい熱」が唐突にやって来た+「私はドラクエが書きたい熱」が(以下略)って辺りが敗因かと……。
──結局、ニューな九龍の秘宝(に繋がる手掛かり)はありませんでしたし、九龍がお馬鹿な所為で、あの路の洞窟一つぶっ壊れちゃいましたが、まあ、宝探しをやっていれば、そういこともあるよねー、と言うことで(笑)。
……それしても、私は本当にジジイなキャラが好きだな。千貫さん、愛してる。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。