「『あの箱の中身は何なのか推理』して、中身は『不死の鍵』で、あの場所で行われてたことは、甦り──黄泉還りだ、って話になった時に。甲ちゃんが呟いたんですよね、『どうやって、甦りなんか……』って。……とどのつまり、それが正解だったんですよ。あの場所を拵えたり、あの箱を安置したりした連中にも、あの世からの甦りなんか出来なかった。俺達が、ゲット出来るかも知れないブツは本物の『不死の鍵』で、あそこでは甦りに関わる何かが、って答えを出しちゃったのは、それだけのヒントと証拠があったからで、実際、『不死の鍵』には、甦りの為の方法が書いてあって、甦りの為の実験とかもされたんじゃないかな、とは思いますけど。……出来なかった。成功しなかった。だから、甦らせたかった者を、あの箱──『柩』に納めて葬った。…………だとするなら、あの場所はお墓です」
「……もっと早くに、気付くべきだったんだがな。全ての可能性を検討するって作業を怠った挙げ句、何だ彼
「ほんとにねー…………。見っけたウジャトの護符のこと、もっと考えれば良かった。柩だったりお墓だったりに描かれたり、入れられたりするあの護符が転がってたんだから、いちばー……ん単純に考えれば、あそこはお墓で、あれは棺桶、って可能性だって検討出来たのに。……あー、馬鹿だ、俺」
さくさくと、土を踏みしだく音をさせながら歩き続ける九龍は語り続けもして、渋い顔になった甲太郎の言うことに、あーもー……、と肩を落として落ち込んだ。
「ま、今回は、九ちゃんだけのミスじゃないから、そう落ち込むな」
「甲ちゃんは、俺に引き摺られちゃったようなもんだけどね。けど、まあ、ハンターとバディと、仲良く連帯責任ってことにさせて頂くとしましょうかね」
「それは拒否する」
「………………どーして、そこで愛を薄めるかな……。相棒に、最後まで労りと言う名の愛を注ごうよ、甲ちゃん」
「断る」
「えーーー……」
「まあまあ。それよりも、九龍君。こっちにも都合があるからさー、『帰る為の場所』ってのの意味を、お兄さんに教えてくれないか」
落ち込んだ九龍を慰めるかと思いきや、甲太郎は最後で突き放して、益々項垂れた彼に、鴉室が続きを促した。
「三十代に突入した宇宙刑事を、お兄さん、と言っていいのかどうかは、後でゆっくり、ルイ先生の意見を伺うとして。──俺が、あそこを『帰る為の場所』だって思った理由は、三つです。一つ目は、変な反応した金属探知機。二つ目は、上層の水溜まりに超純水と同居してた重水。三つ目は、結局、果たせなかった『甦り』。……あの場所を拵えた連中は、死んでしまった彼、若しくは彼女を、ヘルメス・トルスメギストゥスが伝えた秘術や龍脈の力を使って、生き返らせようとしたんでしょうね。でも、出来なかった。けど、諦めなかった。決して、不老不死を諦めなかったみたいに」
「甦りを諦めない……と、金属探知機が変な反応示して、重水……?」
「……宇宙刑事、言ってること、ちょーーっと支離滅裂ですよー? ……金属探知機が妙としか言えない反応示したのは、最新式の探知機狂わせるだけの金属反応示す『何か』が、あそこの何処かに埋まってた、って証明かと。……んで。俺も、ついさっき思い出したことなんですけど。重水って、電気分解すると重水素が生産出来て、そこから生まれる重水素ガスは、核融合発電の燃料になるんですよねー。俺達の科学では、未だ、不可能に近い夢みたいな話ですけどねー」
「ふんふん…………」
「────甦りは果たせなかった。仕方無く、死んでしまった者の為の柩も拵えて、あそこをお墓にした。けれど、連中は諦めなかった。何時の日か、黄泉からの還りも果たせると。そして、願った通り甦りが果たせたら、生き返らせた者を、あそこに埋まってたんだろう『何か』で、『遠い所』──人の掌に乗せられる程度の量で関東平野丸ごと吹き飛ばせるエネルギー抱え込める、核融合発電みたいな物が必要になるくらい『遠い所』に、帰らせようと決めた。あの場所は、黄泉からの還りと、『遠い所』への帰りを果たす為の場所だった。ひたすらにあの場所を流れ続ける龍脈の力を借りて、朽ちることなくなった亡骸を、還して、帰す為の。…………だけど。何時まで経っても、甦りなんて果たせなかった。だから、あの場所は、墓であり続けるしかなかった。あの箱は、柩であり続けるしかなかった。………………ま、そんなとこですかねー」
退魔師としての腕前は、まあ……確かなのだろうが、兄さん達同様、頭脳労働の方は今一つ、な鴉室の混乱した風な発言に苦笑しながらも、九龍は、色褪せたような表情になって、あの場所は、多分……、と告げ切り、最後に、パッと面を塗り替え、困ったように笑む。
「……と言う訳で。色々諸々、検討不足だった所為で、洞一つ、ぶっ壊しちゃいました。……えへ…………。でも! ほんとに反省してますから! 同じようなミスは二度と犯さないようにしますんで、今回だけは勘弁して下さい、ルイ先生! 壬生さんも弦月さんも! ほんっ……と御免なさい! 京梧さんも龍斗さんも御免なさいっっ。二度と、俺と甲ちゃんだけでの悪さなんか企まないんで、これ以上のお説教は勘弁して下さいっ。ほんで、今日のことは、ここだけの話にしてやって下さいっ。後生ですからっっ!」
笑んだと思えば、今度は、パンっ! と顔の前で両手を合わせ、彼は一同を拝み倒す風になり、
「あーのー? 九龍君? 何で、俺には謝ら──」
「──今回だけだからな。二度はないぞ、龍」
どうして、列挙した名の中に、自分のものがない……? と問おうとした鴉室を制して、瑞麗は、はあ……、と溜息を吐いた。
「説教の代わりに、道場の床磨きで勘弁してやる」
「はい! そりゃもう、幾らでも! きっちり磨き上げさせて頂きますんで!」
「阿門。すまなかったな、こんな騒ぎに付き合わせちまって」
「……いや。興味深くなかったと言えば嘘になるし、最初から、此処を出たら付き合ったのも忘れる付き合い、と言う約束なのだから、お前達が気にすることはない」
京梧は、この上叱る代わりに労働を言い付け、許して貰えそう! と、はしゃぎ出した九龍の横で、甲太郎と阿門は、友人同士の会話を始める。
「結局、骨折り損で終わっちまったな、ひーちゃん」
「うん。……ま、でも仕方無いよ。今回のことだって、何も彼も全部、『かも知れない』で始まったんだし。少しでも可能性があれば……、ってだけで挑んでみたんだしね」
「確かに。……又、気長にやるとすっか」
「うん」
「あ、そうだ。東京に戻ったら、紫暮さんにも謝っておかないと……」
「紫暮はんが、一番災難やったかもやしなー」
きゃあきゃあと、何時も通り、うるさく喚き始めた九龍の直ぐ後ろに続きながら、京一も龍麻も、壬生も劉も、漸く、肩の力を全て抜いて思い思い喋り始め、まるで、鍾乳洞見学にやって来た観光客が、賑やかにお目当ての場所を散策している如くな風情で、一行は地の底の路を行き────やがて。
此処へと潜り込む際に人々が使った、岩肌から生えている風にしか見えない混鋼ロープの垂れ下がる場所まで彼等は帰り着いた。
一人一人、ロープを頼りに『外界』へと戻り、ハルニレの木を伝って地上へ下り立った時には、もう、東の空には朝日が浮かんでいた。
「自衛隊の皆さんに見付かる前に、トンズラするとしますか」
「そうだな。……帰るか、新宿に」
顔を覗かせ始めている朝日を浴びて、んーー! と一つ伸びをし、やはり、人々の先頭に立って九龍と甲太郎は歩き出す。
明るくなってきてしまったから、とっとと抜け出さないと要らぬ悶着が起こり兼ねないと、龍麻や京一達も、壬生達も、進む足を早めたが。
「龍斗?」
「……塞いでしまう。その方が良いだろうから」
最後に地上へと下り立った龍斗は、京梧を付き合わせ、何時の頃からか陸上自衛隊員達の間では、『一寸したミステリースポット』として語り継がれてきた場を振り返ると、ポッと黄金色に輝かせた右手を振った。
すれば、数拍程の後、最も高い枝先に、地の底へと続く口を有していたハルニレの木は、瞬く間に葉を落とし、何かに切り取られたかのように、尖端の枝をぽろりと落とした。
そんな様を、暫しだけ眺めた彼が身を返せば、数メートル先に、唯一人、瑞麗が佇んでおり。
見詰めてくる彼女へ、微かにだけ微笑むと龍斗は、立てた右手の人差し指を、そっと、唇に当てた。