東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編
『真刀』
二〇〇九年二月上旬 青森県十和田市 十和田湖畔。
腰より抜き去ったばかりの愛刀を、蓬莱寺京梧は真一文字に振った。
途端、大した抗いも見せず、彼の目の前にてゆらゆらと揺れていた異形のモノは、煙の如く掻き消えた。
「洒落でなく、これで終いか……?」
その余りの手応えの無さ、そして呆気無さに、勢い、彼はムッとしたが、僅か一振りのみで、滅ぼすべき異形のモノが費えてしまったのに間違いはないと、辺りを覆う氣も気配も主張しており、「張り合いのねぇ……」とか何とか、ぶすっと彼は呟く。
────語れば長い諸々の事情を抱える京梧には、未だに、青森県、と言われるよりも、陸奥国、と言われた方が遥かにピンと来る十和田湖の畔まで、彼と、性別は同じくすれども伴侶としか言い様の無い緋勇龍斗の二人が、現在の住まいである東京都新宿区は西新宿の片隅にある道場から、遠路遥々異形退治に赴いたのは、京梧のかつての戦友である鳴滝冬吾より依頼された仕事だったからだ。
鳴滝が、何故、京梧にしてみれば肩透かしを喰らったとしか思えない、他愛無いにも程がある些細な仕事を、わざわざ東京在住の自分達に頼んできたのかの理由は、彼も龍斗も知らないし、二人共に興味も無いが、様々な形で社会に害を為す者達を『始末』する集団、と言う裏の顔を持つ拳武館及び拳武館高校の館長、との立場も持っている鳴滝は、何時まで経っても、きちんとは『今の世』の勝手を掴み切れない京梧や龍斗には想像も付かない、浮き世の義理その他を抱えていて、今回の件も、京梧に言わせれば碌でもない柵に絡んでいるのかも知れない。
そして、京梧や龍斗は、そのような事情を抱える仕事を持ち込む先としては、打って付けなのかも知れない。
しかし、京梧には、薄々の察しは付く鳴滝の事情など本当にどうでも良く、仕事を引き受けたのは、単に、良く言っても清貧としか例えられない、彼等の家計事情的に有り難い報酬と引き換えだったからで、腹立たしい程呆気無い仕事だったが、片付きはしたし、ここまでの足代その他も鳴滝持ちだから、龍斗と二人、物見遊山と洒落込んでから帰るか、と頭を切り替えた彼は、抜いたままだった刀を鞘に納め、宿へ戻ろうと身を返した。
そこよりは少しばかり離れた所に湧いた異形も、疾っくに龍斗が何とかしただろう、とも思いながら。
「京梧」
と、案の定、絶望的なまでの迷子癖を持っているくせに、氣を頼りに京梧の居場所を辿るのは決して違わずやってみせる龍斗が、片付いた、と言わんばかりの顔をして、ひょっこり、雪に塗れた樹の影より姿見せたので、立ち止まり、ここだ、と京梧は軽く右手を上げる。
「そっちも片付いたか?」
「ああ。鳴滝館長が約束してくれた通りの賃金を貰ったら、気が引けてしまうかも知れないくらい、雑作無かった」
「こっちもだ。詰まらねぇったらなかった。……ま、でも、簡単な仕事だったお陰で、ちったぁのんびり出来るな」
「そうだな。道場の方は、龍麻と京一に任せてあるから、案じずとも良かろうし。……それにしても、この辺りは雪深い。早く宿に戻ろう」
「判ってるって。夕飯にゃ大分早いが、何か食って、風呂に浸かろうぜ、ひーちゃん」
「あの宿の湯も、温泉なのだろう? きっと、体が温まる。この真冬に、こんなにも雪深い陸奥国まで来たのに、お前は何時もの着物に羽織を引っ掛けただけの格好なのだから、気を付けなければ風邪を引いてしまう」
「馬鹿言うな。風邪なん──」
深く積もった雪を、きゅっと鳴る音させつつ踏みしだいてやって来た龍斗と、微かに漣
「──え? 京梧!」
「おわっ!!」
それは、折悪く、雪の上に足裏が着けられた瞬間で、ぐらりと京梧の体は傾ぎ、足先を覆う綸子の黒足袋は草履より滑り落ちて、踏ん張りはしたものの、雪に足を取られた。
…………抗わず、そのまま倒れておけば、冷たい雪に塗れただけで済んだだろうに、酷く安定の悪い姿勢のまま、つい、彼は再度踏ん張ってしまい。
勢い余り、真後ろへと反った彼の体は、きっちり重力に従い、背後に広がる十和田湖の水面へ、どっぼんっ! ……と激しい音と水飛沫を立てて落ちた。
見事に頭から。
咄嗟に伸ばされた龍斗の手も擦り抜けて。
膝上まで雪が積もる真冬の時期に、京梧が頭から十和田湖に突っ込み、全身が氷と化したかと思える程に凍えた日の三日程前。
やはり、二〇〇九年の二月上旬。
カンボジア王国北西部 シェムリアップ州トンレサップ湖北岸 アンコール遺跡群。
先程より走り続けている足も留めず、ステアーAUG─A3をフルオートで撃ち込み、数多バラ撒いた銃弾で以て追い縋ろうとする者達を牽制して前を向き直ると、葉佩九龍は、切羽詰まった、泣き出してしまいそうにも見える顔で、傍らの彼を見上げた。
「甲ちゃんっっ!!」
「………………っっ……。……そ、の……突き当たり、を、右に……っ」
「う、うん! 了解!」
彼の傍らの『彼』──九龍と肩を並べて駆けつつも、苦悶と言える風に酷く顔を歪めている皆守甲太郎は、絶え絶えの息ながらもルートのナビゲートをし、が、気遣うように、チラチラ、己の顔を覗き込む九龍も、不安気に伸ばされる彼の手も、制することが出来ずにいた。
それでも、甲太郎も九龍も走るスピードを尚も速め、所々に罅割れが走る、古びた遺跡の古びた石畳を蹴り続けて、突き当たった通路を右に折れ、更に駆け抜けた先に出現した分厚い石の扉を目視すると、今の彼に出せる最大速度で扉に駆け寄った甲太郎は、一層その面を歪めながらも、振り抜いた利き足で扉を強引に抉じ開ける。
「九ちゃん……っっ。……くっ……」
「甲ちゃん、判ってるから行って! 入れってばっっ!」
開いたそこへ、先に……、と促してきた彼の背を九龍は突き飛ばす風に押して、自らも中へと飛び込むと、
「下がって!!」
体当たりで扉を閉ざしてより、アサルトベストから引き摺り出した手榴弾の安全ピンを抜き、扉を挟むように立っていた、既に崩れ掛けの石柱の根元目掛けて放り投げた。
甲太郎の腕を引き、最初に目に付いた物陰に隠れ、息を詰めている間に手榴弾は炸裂し、石柱は彼の思惑通り崩れ落ちて、二人が潜ったばかりの扉を塞ぐ。
「甲ちゃん!」
念の為、と破壊したばかりの石柱の反対側に立っていた、対のそれも同じく破壊し、人力では開けぬだろうまで、しっかり扉を塞いだ九龍は、一先ずは『安全地帯』に辿り着けた安堵を覚えたのか、張り詰めていた糸が切れてしまったように、ずるりと、音を立ててその場に頽れ掛けた甲太郎の傍らに駆け寄った。