東京魔人學園伝奇+九龍妖魔學園紀 捏造未来編

『迷子騒動』

人が。

何時何処で何者と巡り逢い、何時何処で何者と行き会うか、それが、偶然でなく、必然だとするなら。

その必然を、別の言葉で言い表せば、運命、になる。

二〇〇五年の五月も終わり掛けた、後十日もすれば、梅雨入りの声が聞こえてもおかしくないその日、日没直後。

格闘技ファンの間で人気を博している、現役プロレスラーの醍醐雄矢は、新宿駅西口前にいた。

二日程前、所属しているプロレス団体の地方巡業を終え、新宿に戻って来た彼のその日は、誠に久し振りの休日で、彼の休日に合わせて公休をもぎ取ってみせた、母校の真神学園高校を卒業する寸前から交際している、現・新宿署交通課所属の名物婦警である桜井小蒔とのデートを終えたばかりだった。

今尚親睦の深い大切な仲間達と忘れ得ぬ一年を過ごした、高校三年だったあの頃とは違い、醍醐も小蒔も、もう立派な大人だから、もっと遥かに遅い時間まで続くデートを、二人揃って内心では望んでいたけれど、その日は運悪く、公休日だと言うのに仕事絡みの所用より小蒔が逃れること叶わなくなってしまった為、健全以前の時間帯にデートを終える羽目になってしまったから、駅前で小蒔と別れた彼は、そこにいて。

醍醐が、新宿駅西口に佇み、一人で摂る羽目になってしまった夕飯をどうしようかと考えていた頃、M+M機関所属のエージェントであり退魔師である壬生紅葉は、新宿歌舞伎町付近にての、本当に細やかな退魔の仕事を片付け、新宿駅東口方面と西口方面を繋ぐ、大ガードを抜けていた。

初夏と言えるこの季節、纏うには余り相応しくない黒一色の薄手のコートの裾を、本当に軽くだけ翻し、大ガードを抜け切った彼は、地階に家電量販店がテナントとして入っている雑居ビルの角を曲がり、西口前を抜けようとして。

「……ん?」

「あれ?」

一人きりの夕飯をどうしようか悩み続けていた醍醐に行き会った。

「壬生? 壬生じゃないか」

「あ、やっぱり醍醐さん。少しばかり、久し振りかな?」

醍醐はその体躯故に、壬生はその出で立ち故に、人目を捉えるには充分で、擦れ違う寸前、互いが互いに気付いた彼等は、そのまま立ち話を始めた。

「どうしたんだ? こんな所で。……ああ、仕事か?」

「今日の仕事は、もう。醍醐さんこそ、忙しい身では?」

「今日はフリーなんだ。さっきまで小蒔と一緒だったんだが、なんんだで、一人で夕飯にしなきゃならない羽目になってしまってな。……そうだ、壬生。この後暇なら、どうだ? 飯でも食いに行かないか?」

「そうだなあ……。……たまには、そういうのも。──何処に?」

「飲みに行くのもいいが、ここの処、ずっと仕事の付き合いが続いていたからな……。…………久し振りに、学生の頃のようにラーメンでもどうだ?」

「……京一みたいなことを……。……でもまあ、それで」

「なら、行こうか」

歩道の隅に寄り、暫し語り合った二人は、学生だった頃を思い出して、王華にでも、と話を纏め、西新宿へと足先を向け。

醍醐と壬生が、連れ立って、王華への道を辿っていた頃。

日も暮れてしまったことだしと、新宿中央公園の片隅で開いている、ひよこ占いの露店を畳み、今日は店仕舞いとした劉弦月は、新宿駅目指して歩いていた。

西口の繁華街の何処かで食事でも、のつもりで彼はその行動を取っていたから、足取りは散策めいていて。

ふらりふらり、今宵の腹具合を考えつつ暢気に進んでいた彼は、直ぐそこの角を、見知った背中が二つ曲がって行くのを見掛け、駆け出した。

「醍醐はーーん! 壬生はーーん!」

駆けながら、先行く背中達に声掛けてみれば、思った通り、それは、醍醐と壬生で。

「二人揃って、何処行くん?」

あ、という顔付きで振り返った二人に追い付いた劉は、笑みながら言った。

「劉じゃないか。……西口前で、偶然、壬生と行き会ってな。たまには王華で飯でも、ということになったんだ」

「相変わらず元気みたいだね、劉。仕事の方は?」

「今日は、もう店仕舞いや。二人、王華行くなら、わいも混ぜてぇな。わいも、何処ぞで飯でも思うとった処なんやー」

食事を摂りに行く途中なのだ、と言う彼等に、これ幸いと劉は便乗し、止めていた足を、彼等と連れ立って動かしながら、

「……あ、そうや。二人は、アニキと京はんが、未だ新宿におるって知っとるん?」

そうそう、と彼は、『噂話』をし始める。

「何だ、京一も龍麻も、未だ新宿にいたのか? もう疾っくに、又、海の向こうにでも行ってしまったかと思ってたんだが」

「僕もさ。例の、天香の一件が片付いたら、又何処かに、と龍麻が言っていたから、てっきり、彼等は性懲りも無く行方を晦ましたものだとばかり思っていたんだけれど」

「ああ、やはりか? 壬生。あの二人は、何時何時に何処に行く、なんてことを、きちんと仲間内に連絡するようなタイプじゃないから、逆に、連絡が何も無いのは、日本から消えた証拠なんだろうと、俺も思い込んでしまっていた」

「それが、ちゃうねん。想像通り、二人、四月の内に何処ぞにトンズラする算段立てとったらしいんやけど、何ぞ遭ったらしくて、未だ、大人しく新宿におんねん。わいも、詳しい事情は知らんのやけど、確か……ゴールデンウィークが終わった頃やったかいな、西新宿のスーパーで、偶然、アニキと京はんと行き会うてん。で、何時に日本を離れるつもりなんか訊いたら、一寸都合が出来たから、未だ暫くは日本にいるー、とか何とか、アニキ、言うとってな。……ちょい気になるさかい、醍醐はんや壬生はん、何か聞いとらんかいなー? 思うたんやけど。やっぱ、二人にも判らんかー……」

劉が始めた『噂話』は、仲間内全員の肝を冷やすことばかりをする筆頭の、龍麻と京一のことで。

何故、疾っくに『再度の行方不明者』になっていると思っていた彼等が、未だに新宿にいるのだろう? 劉が今言った、遭ったらしい何か、とは何だろう? ……と、思わず、醍醐と壬生は顔を見合わせ、次いで、劉とも顔を見合わせた。

「考え過ぎならいいんだが……」

「……ええ。……でも、あの二人は年中、僕達の心臓に悪いことばかりをしてくれるから……」

「『遭ったらしい何か』が、大したことでなければ、取り越し苦労で終わるけれども……」

「でも……、彼等が仕出かすことも、巻き込まれることも、余り、予想が……」

本当に、気苦労が絶えない……、と醍醐も壬生も、深い溜息を付き。

「…………なあ? 醍醐はん、壬生はん。空っ恍けて、アニキと京はんトコ、顔出してみよか? たまたま近くで行き会うて、アニキ達、どないしてるかって話になった、言うて。……嘘やないやん?」

一つの提案を、劉は出し。

「………………そうだな。そうしてみるか」

「……そうだね……」

頷き合った三人は、王華での夕飯を取り止め、京一と龍麻が借りている部屋へ、押し掛けてみることにした。